710 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/13(火) 23:44:24
夕暮れ時、冬木のとある武家屋敷で二人の子供が会話をしていた。
といっても赤毛の少年が一方的に話しかけているだけで
青紫の髪が美しい少女は無言を貫いている。
「それでな、爺さんは夏休みの宿題を手伝ってはくれなかったんだ。
”正義の魔法使いごっこばかりしてるから……”って言ってさ」
「逃げ出さない様に見張られて食事はチョコレート一枚と緑茶だけ。
腹が減ってたまらなかったんだけど、爺さんも飯を食べていない事に気がついて
申し訳なかったよ。深夜にやっと終わった時、爺さんが夕飯を持ってきてくれたんだ」
「凄く、不味かったんだ。うどんを作ってくれたんだけど
うどんの生地が溶けておかゆスープを飲んでるみたいだった」
「だけど嬉しかった。料理なんて出来るたまじゃないのに
俺のために作ってくれたんだと思うと箸が止まらなかったよ」
士郎は翁との約束を守ろうと桜の事を尋ねたり、
自分の事を話しかけてはいたが、この一ヶ月間に成果を挙げた事は無い。
少女は無言で生きる意志が感じられない瞳を士郎に向けるだけ。
このままじゃいけない。士郎は思わずにはいられなかった。
この世には幸せが満ちている。
少女の世を見る瞳は盲目に等しい。
忘れてしまったのか、元から無かったのかはわからない。
陽光が優しき春、新たな始まりを感じさせて人の心は躍動する。
熱き夏、蝉が熱狂する中、冷えた飲み物は尊い。
色付いた紅葉が美しき秋。哀愁を漂わせた風景は美しい。
寒風吹き荒ぶ冬、コタツは暖かく、身体と心を掴み離さない。
好きな家族や友人とそれらを楽しむのは無上の喜びなのだ。
伝えたかった。望み、努力するなら誰しも幸せになれるのだと。
士郎がかつての楽しき出来事を話す中、少女に変化が訪れる。
瞳に涙を滲ませて、への字に曲がった口元から怨嗟を伴った小さな声を発した。
「なんでそんな事を話すんですか?
貴方は何がしたいんですか」
711 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/13(火) 23:49:00
桜は祖父に命令されて一つ年上の少年の家に通っていたが、
これほどの苦痛だとは思っていなかった。
赤毛の少年は自分が来ると手製の御菓子とほうじ茶を手に歓待する。
それは別にいい、美味な物を食べるのは嫌ではない。
だが、彼は近所の姉や父との幸せな思い出を語る。
深い情愛を隠そうともせずに笑顔で話す少年を前に桜は日々憎しみを募らせていた。
そんなに己の家族を称賛したいのか、と問いたかった。
虫同然の生活に叩き込み、自分を売り払った私の父とは
違う事を自慢されるのは我慢できない。
蟲が這いずり回る倉へ放り込まれ、身体が改造されてゆくのもすべて、
すべて父が悪いのだ。今までの優しさは嘘だった。
自分を暗き部屋へ追い込むために家族として接してきたのだと思うと殺意が止まらない。
姉だって許せない、自分がこんな目に遭っているというのに。
強き魔術師を目指し、名の通り凛として歩むその姿は綺麗だった。
──嗚呼、このリボンさえ無ければ私はきっと殺せるのに。
姉の美しい横顔に醜い蟲を投げつけてやりたかった。
蟲倉へ引きずり込んで自分と同じ目に遭わせたかった。
しかし、別れの日にくれたリボンと言葉が邪魔をするのだ。
いっそ捨ててしまえと幾度思った事か。
出来なかった。捨ててしまえば幸せなどかけらも無かった事になってしまう。
桜にとって虚偽と悪意で構成された家庭だというのに、
あの日々を置き去りにするのは無理だった。
望みは無い。自分は偽りの過去を憎しみ、愛して。絶望に沈むしか無いのだ。
幸せを謳う少年が悪いわけでは無い。
ただ、自分には手に入らぬモノをずっと聞かされるのに耐え切れなくなりつつある。
向かいに座る少年は立ち上がり、近寄ってくる。
今日まで無視し続けてきたが最後の一線を越える台詞を彼は吐いた。
712 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/13(火) 23:51:28
「桜、楽しい事は自分で見つけたり、誰かに教えてもらうんだ。
望めば誰だって幸せになれるさ」
胸に留めた憎しみが桜の理性の鉄鎖を弾き飛ばして全身を駆け巡る。
蟲に嬲られる空間の何処に楽しみを見いだせと?
地獄へ追いやった昔の家族に何を教えて貰えばいい?
祖父となった悪魔にでも訊けと?
桜も立ち上がり、怒りを込めて士郎の髪を引っ張った。
空いた片手で彼の口元へ握り締めた拳を振るう。
──黙って下さい。もう喋らないで欲しいんです。
一度悪意に身を任せてみれば、身体は軽やかに動く。
暴力は加速してとどまる事を知らない。
腹を蹴る。髪の毛を引き千切らんばかりに引く。
神経を苛立たせる口を殴打する。
呼吸を止めろと言わんばかりに鼻も叩く。
幾ほど時間が経過したのか桜にはわからない。
腕が上がらなくなるまで止めなかった。
どれだけ痛めつけても彼は自分の暴力から逃げ出しはせず、
その瞳は強い意志を持って甘受していた。
唇が切れて流血している、目蓋は紫色に腫れ上がり見るに耐えない。
それでもこの黒い情念は止まらず口で責め立てる。
「貴方に何がわかるんですか!
何も、何も知らないくせにッ!」
「俺は、桜の事を何も知らない。
ちっとも話してくれなかったじゃないか。
そのままで満足か? 自分から幸せを探した事はあるか?
誰もくれなかったのか?」
──まだその口で言うの!?
疲労と激怒で震える手を持って士郎の胸を叩く桜。
力は抜けてたいした威力ではないと分かっていても止められない。
いつの間にか肩を掴まれている。
自分の行いが返ってくるのかと怖れが迫るが負けたくは無かった。
反撃してやると胸に決めて桜は睨み返す。
713 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/13(火) 23:53:08
赤銅色の瞳に害意は無かった。
父と信じていた男と同じ様な視線で自分を見ている。
肩からかつて身に受けていた温もりが伝わってくる様で悲しみが止まらない。
表現出来ない恐怖を感じて逃げようとしたが少年の手は桜を捕らえて離さない。
彼は血に染まった口元から言葉を告げた。
「俺は桜の事を知りたい。
何が気に触ったのか分からないけど桜にとって酷い事を言ったなら謝る。
その気持ち、全部受け止めるよ」
「桜が生きる事を諦めている様に見えた。
その必要は無いと思う。何処かに落ちてるさ。
一緒に探してみないか?」
「それでも見つからなかったら、俺が渡す。
爺さんや藤ねえから貰ったんだ。桜にたくさんあげても
全然減らないくらい持ってるから」
優しさを乗せた声が桜を狂わせる。
肩越しに感じる彼の手が心地よい重みを持って躯を刺激する。
姿を見たら自分の暴力で彼はボロボロになっていた。
こんな真似をした自分になんらかの形で情をくれると彼は言った。
離せなかった。手を差し出してくれたのだ。
もう諦めた幸せが帰ってくるのかもしれない。
そう思うと涙が零れる。今までの苦痛によって磨り減った心が戻ってくる。
汚れた蟲に改造された桜の肢体に快楽が走る。
慰めるように髪を撫でてくる少年、いや、
男を前に官能だけではない何かを胸の奥から感じて暖かい。
どうせ自分が比喩無しに虫けらだと知れば
告げなかった事を罵り、逃げてしまうだろう。
──ならばその日が来るまで握っていても良いのではないか。
A プロローグ終了(本編へ、続いて武装選択)
a 士郎の右手に衝角 (いつか回転するかもしれない)
b 士郎の右手に長剣 (レイテルバラッシュ。『half-basket-guard』)
c 士郎の両手に巨大火縄銃(トラドール。『toredar』いつか銃剣になるかもしれない)
d 車輪つき大砲 (ファルコン砲。当れば凄いかもしれない)
e 強化魔術のみ (今までの士郎に違和感のある人はどぞ)
B 士郎からSHIROUにクラスチェンジ(ジョーク)
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最終更新:2007年03月14日 02:40