809 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/18(日) 23:24:15

 歩いている。
 深い紅に染められた大地をおぼつかない足取りで歩いている。
 目に映るものはすべからく燃やされている。
 何処まで行っても風景は変わらず空も、人の建てた建造物も、ヒトさえも
逃れる術を持たず飲み込まれてゆく。

 呻き声が聞こえる。救ってくれという願いが彼方此方から。
 心の中で謝罪をして歩み続ける。
 どうしようも無いのだ。止まってしまったらもう動けない。
 それは終わりだ。あの怖気を誘う鳴き声が届かない所まで逃げなければ。
 取り付かれた様に進んできたがそれも限界。地にふした身体を回転させて空を見上げる。
 希望よりもずっと異形の影は近く、火の粉を噴上げる紅がその巨躯を照らしていた。
 小さな意思は諦念に取って代わり、少年は目蓋を閉じた。

 浮遊感を感じる。
 異変を察してもう開けるつもりの無かった目蓋を開く。
 無表情な顔をしたスーツ姿の男が自分を抱き上げている。
 ──何をしてるんだ? 速く逃げなければ飲まれてしまうのに。 

 意思を確かめるように瞳を覗いたら自分が写っている。
 何事か語りかけているが聴こえない。
 感情の感じられない瞳から涙が頬をつたって流れだした。


 士郎は揺さぶりを受けて夢から覚めた。
 開け放たれた土蔵の扉から陽光が挿して少女の影を写している。
 柔らかな声色で意識の覚醒を促されて本を手に立ち上がる。

 「おはようございます、先輩」 

 「おはよう、桜」

810 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/18(日) 23:25:07

 穂群原学園の制服に身を包んだ桜が待っていた。
 朝の冷涼な空気に甘い香りを感じて士郎は落ち着きを喪失する。
 いつの間にか年月が経過し、出会った頃とはお互い変わっていた。
 子供の頃は意識する事は無かったが、中学に入ってからは体格も
性差を感じさせるモノになっており不用意に接触されるのは若干、苦手となっていた。

 そんな事を桜は欠片も見せずに台所へ向う士郎の少し後ろをついてくる。
 仲良くなればこの少女は引っ込み思案で言いたい事も言えず耐える性質であった事を知った。
 当時の自分はそんな桜を激発させるぐらいの事をしでかしたのかと思うと胸が痛い。

 「もう朝食の準備出来てますよ。
  読書に夢中になるのは構いませんけど
  まだ寒いですから、ちゃんとお布団で睡眠をとって下さいね」

 「桜、ありがとう。いつもごめんな」

 いいえ、と何でもない事の様に返事をして微笑む彼女に感謝を伝える。
 かつては料理が出来なかったのに、今では腕前を上げて追い抜かれつつある。
 女の子と何をして遊べばいいのか分からなかった幼少のみぎり、 
料理ならと思い立ち、二人で食材を買いに行って調理するという
一般の遊戯とは毛並みの違う事をしていたためか二人とも家庭料理の範囲内で
美味なる物を作る事はたやすかった。

 もっとも、士郎はアラビア語とクルド語で記載された
文章を読み取るのに夢中になり最近では作っていない。
 切嗣の残した本を解読するためアラビア語の和訳辞書を片手に挑んでいる。

 得た物はある。この魔術書は自身と親和性が高く、内容を見ようとすれば
中身を教えようとするように語り掛けてくる場合もある。
 その多くは一定の条件下、過去や未来での時間帯しか読めない様な
記述式になっていてハードルは果てしなく高い。 

 今までに閲覧した結果、士郎には一つの命題が生まれた。
 生命のあるうちに届くかはわからないが、歩まなければそもそも始まらない。

811 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/18(日) 23:26:32

作業着から学生服に着替えて居間に向えば食卓には既に誰かが待っていた。
 律儀に二人が来るまで待っていた様で美味そうな料理を前に唸っている。

 「おーそーいー!
  お姉ちゃんお腹減って死にそうー!」

 「おまたせ、藤ねえ」

 「先生、料理は逃げませんから……」

 黄色に黒のラインが入った虎っぽい服装が
似合う彼女は二人と同じ学園に勤める英語教師である。
 子供っぽく、素直に生きてきたためか生徒に寛容であり、
戒める所はキッチリと戒めるそのスタイルは人気がある。

 義父が亡くなって以来、親身になって世話をしてくれた人物であり、
毎朝現れては食卓のご馳走を奪ってゆく愉快な虎である。
 衛宮家のエンゲル係数を一人で上昇させて行く姿は
強大で向う所敵無し、といった所だろうか。

 桜と慎二で遊びながら揚げ物料理を作ろうとした際には
後ろでずっと見てくれていたり、とにかく士郎には甘い姉であった。
 食事が進む中、テレビから流れる奇怪なニュースが耳に聞こえる。

 「んー、ガス漏れ事故も気になるけどこっちも気になるよね」

 「冬木市ってたまに不思議な事件が起こりますよね……」

 士郎はアナウンサーに意識を走らせる。
 綺麗な口元から抑揚の無い声で語る内容は凄惨な出来事であった。
 新都で起きた建設現場の材料落下によって
両手足と首を残して胴体だけ無くなってしまったらしい。
 確か、少し前にも同じ様な事故があったはずだ。
 それもやはり胴体だけ消えてしまっている。

 二度目。同じ様な事故や事件である訳が無い。
 だというのに同一箇所が欠けている。
 記憶を好き勝手に改竄して忘れた振りをして人は生きている。
 殺されたのに、そうである事さえ伝えられず事実を曲げられて報道されるのみ。
 士郎の胸に怒りが灯る。命を奪われた人の家族は悲嘆に暮れているだろう。
 他人の幸せな日々を踏み躙った代価は払わせてやる。
 箸を持つ手に力が入る。三人目が出る前に討たなければ。

812 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/18(日) 23:28:00

 「士郎、ご飯粒ついてる」

 いつの間にか接近された大河に口元を指先で撫でられて
引っ付いていた米粒を指につけて口に運ぶ。
 その仕草はまるで親猫が子猫の口元を舐める様で、
羞恥に耐える士郎を見て"にへらー"と意地の悪い笑みを浮かべる。

 「変な顔してたから悪戯したくなっちゃった。
  もう子供じゃないんだから正義の味方ごっこは止めときなさい」

 顔は笑っているが声は真剣そのものなので冗句を言う
場面でない事を察して気を引き締める。

 「分かってる」 

 「ならよし!」

 嘘は言ってない。"ごっこ"は止めた。
 それで居られる様な世の中なら構わなかったが怪異は現れてしまった。
 ならば往くしか無いではないか。

 満足した大河はのんびりと緑茶を啜っている。
 いつも気に掛けてくれる姉を前に誤魔化すのは罪悪感を覚える。

 「先生、時間大丈夫ですか?」

 やや刺々しい声で桜は話し出す。
 なにか気に触る事でもあったのかと思い返すがわからない。
 大河は慌てて鞄を手に玄関へ駆け出した。

 「遅刻するー!! 士郎、学校サボっちゃダメよ?
  部活にもちゃんと着なさい。桜ちゃん、見張っててね!」

 見送ると、大河はアスファルトを力強く蹴り、次の足を踏み出している。
 その姿は草原を走る野生動物の様で、逞しい生命力を人に印象付けていた。


 今日はどうするか? 居間に戻る際に悩んでいた所、
桜から切羽詰った様な声で呼び止められる。

 「あ、あの先輩! 聖杯なんて知りませんよね……?」

 「昔の聖人が使ってた道具だろう。それがどうかしたのか?」

 「何でも無いんです、突然変な事訊いてごめんなさい」

 落ち着き無く慌てて白い繊細な両手を胸の前で左右に振る桜を前に
士郎は違和感を覚えるが、時間がもう無い。

 ──どうしよう?


 A 新都へ色々探しに行く(イリヤ)
 B 藤ねえの言いつけを守って学校へ行く(慎二)

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最終更新:2007年03月19日 09:00