730 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 正義の正位置他] 投稿日: 2007/03/14(水) 03:23:13

 私の真名は―――衛宮士郎。
 真名を思い出したことが呼び水となり、生前の記憶が少しずつ蘇ってくる。

 子供の頃、火災で全てを失った事。
 衛宮切嗣に救われた事。
 正義の味方になるという、切嗣との約束。
 聖杯戦争で出会い、別れた騎士王。
 固有結界『無限の剣製』
 世界との契約。

「そうだ、私は―――」
 知っている。
 この聖杯戦争を知っている。
 この聖杯戦争に参加したことがある。

 ―――だから、聖杯の正体が何であるかも、知っている。

『この世全ての悪』に汚染された魔力の渦。
 破壊によってのみ願いを叶える壊れた願望器。
 それが、冬木の聖杯の正体だ。

 だとすれば、私の目的は、聖杯の入手ではなく、―――破壊。
 かつての大火災のような悲劇が起こらないように。
 一人でも犠牲者が少なくなるように。

 死後、抑止の守護者となった私は、常に手遅れとなった現場にのみ呼び出された。
 救える者の残っていない地獄。
 誰も救えないという絶望の繰り返し。
 だが、今回は違う。
 まだ間に合う。
 まだ犠牲者を出さずに、終わらせることができる。

「問題は、マスターの理解を得られるかどうか、だな」
 何しろ、目的の物をいきなり破壊しろ、というわけだ。
 苦労して得た優勝カップをいきなり壊せ、と言われて彼女が納得するかどうか。
 彼女の信頼を完全に得られるまでは、伏せておいた方がいいだろう。

「……む? そういえば彼女は……」
 どうも見覚えがある。生前、彼女を知っていたような気がする。
 気がするのだが、どうもあと一歩と言う所で思い出せない。

「……だが、聖杯戦争に参加しているということは、まず間違いなく彼女はこの世界の衛宮士郎と出会うことになるな」
 そうなると、彼女に妙な先入観を持たせないためにも、私の真名もまだ伏せておいた方がいいだろう。

「……すると、まだしばらくは記憶喪失の振りをしておくべきか」
 彼女を騙すのは心苦しいが、混乱を避けるためだ。いたしかたない。
 実際、全ての記憶を取り戻せたわけではないのだし。

731 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 正義の正位置他] 投稿日: 2007/03/14(水) 03:25:30

部屋の掃除も概ね終わり、日も高く昇ったころに、我がマスターは居間に現れた。
「……うわ。見直したかも、これ」
 ……掃除の腕前で見直されても、嬉しくないのだが。

 寝起きの彼女に紅茶を淹れる。
 勝手知ったる人の家。
 掃除をしてるうちに何がどこにあるか把握した、というのもあるが、やはり私はこの家を知っているらしい。
 彼女は、最初は勝手に家の中の物を使われた事に憮然としていたが、私の淹れた紅茶の味は気に入ってくれたようだ。

「ふむ。ふむふむ」
「……ちょっと。なに笑ってるのよ、アンタ」
「なに、感想が聞きたかったが、その顔では聞くまでもないと思っただけだ」
「――――っ!」
 だん、とティーカップがテーブルに叩きつけられる。
 ……うーむ、どうも彼女の反応が、面白い。

「……それより―――貴方、自分の正体は思い出せた?」
 彼女の質問に首を振って答える。
 ……すまない、まだ私の正体を明かすわけにはいかない。

「分かった、貴方の記憶に関しては追々対策を考えとく。
 じゃ、出かけましょアーチャー。召喚されたばかりで勝手も分からないでしょ? 街を案内してあげるから」
 ふむ、確かに街を歩けばいろいろと思い出せるものもあるかもしれない。だが―――

「―――それよりマスター。君、大切な事を忘れていないか」
「え? 大切な事って、なに?」
「……まったく。君、まだ本調子ではないぞ。契約において最も重要な交換を、私たちはいまだしていない」
 まあ、真名を伏せている私が言うのは、何だが。
「―――あ。しまった、名前」
「思い当たったか。まあ、今からでも遅くはないさ。それでマスター、君の名前は? これからは何と呼べばいい」

「………わたし、遠坂凛よ。貴方の好きなように呼んでいいわ」

 遠坂凛。
 遠坂。
 ああ、思い出した。
 聖杯戦争での戦友にして、私の魔術の師匠。
 そうだ、卓越した魔術師であることなど関係ない。
 彼女に呼び出された事自体が幸運だったのだ。

「それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に似合っている」
「―――――――――」
「凛? どうした、なにやら顔色がおかしいが」
「―――――う、うるさいっ! いいからさっさと行くわよアーチャー! と、とにかくのんびりしている暇なんてないんだから……!」
 顔を背けて歩き出す凛。
 ……いかんな、生前とのギャップもあって、やはり面白い。

 先ほどの凛にかけた言葉で、ふと彼女の言葉が蘇ってきた。

   『それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に似合っている』
 ―――それではシロウと。ええ、私としてはこの発音の方が好ましい


 深山町を一回りし、大橋を渡り、新都を歩き、新都の中央にある公園にやってきた。
「ここが新都の公園よ。これで主立った所は歩いて回った訳だけど、感想は?」

 感想も何もない。ここに来たことで、あの大火災が、あの赤い世界の記憶が鮮明に蘇ってきた。
「十年前の話よ。このあたり一帯で大きな火事があったんだって。火は一日燃え続けて、雨が降りだした頃に消えたんだとか。
 その後、町は復興したけど、ここだけはそのままなの。
 焼け野原になって、何もなくなったから公園にしたらしいわ」

 説明されるまでもない。私は、実際にその炎の中を歩いていたのだ。

「……気づいたみたいね。そうよ、ここが前回の聖杯戦争決着の地。私も事情は知らないけど、前回の聖杯戦争はここで決着して、それきり」

 そう、ここでの火災の原因は聖杯戦争。汚染された聖杯の力によるものだ。
 やはり、聖杯はなんとしても破壊しなければ―――

「アーチャー、誰かが公園にいるわ」
 凛の声に思索を中断する。
 公園にいるのは―――

 月の正位置:「令呪に反応があったわ。敵のマスターみたいね」

 吊るされた男の正位置:黒髪の衛宮士郎だと……!?

 女教皇の正位置:銀髪のシスターだった

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最終更新:2007年03月14日 06:14