740 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 吊るされた男の正位置] 投稿日: 2007/03/15(木) 01:35:34

 そこには在りえないモノが居た。

 ソレは、公園のベンチでごうごうと眠っていた。

 ソレは、闇のように濃い黒髪をしていた。

 ―――ソレは、衛宮士郎の貌をしていた。

「なんだ、杏里か」
「……そいつを知っているのか、凛」
「衛宮杏里。わたしのクラスメイトよ。とりあえず彼は聖杯戦争には関係ないわ」

 エミヤアンリ。知らない。思い出せないのではなく、そんな存在など、最初から知らない。
 それに―――

「そいつが聖杯戦争に関係ないだと? そんなはずはない」
「え? 何でそう言い切れるの?」
「そいつは……サーヴァントだ」
「なっ……!?」

 私の言葉に、慌てて凛はソレと距離を取る。

「……確かなの? アーチャー」
「間違いない。サーヴァントはサーヴァントを感知できる」
「でも、サーヴァントって眠らないはずじゃ」
「睡眠が不要なだけだ。眠ろうと思えば眠れる」

 凛は、眠ってるソレを見ながら、しばらく思案していたが、
「……とりあえず彼がサーヴァントだと気づいてない振りをして、話しかけてみるわ」
 と、再びソレに近づいた。

「危険だ、凛」
「大丈夫よ、できる限り情報を引き出してみせるわ。でも一応アーチャーも、何かあった時のために霊体化したまま、後ろで待機していて」
 私にそう指示を出し、凛はソレを揺り起こし始めた。

「もしもし、衛宮くん? こんな所で寝てると、風邪を引くわよ」
「……ん? 桜か? ……どうせ起こしてくれるんなら、ついでにおはようのチュウを……」

「って桜にナニさせようとしてるのよアンタはーーーーー!!!」
「ごふっ!?」

 ソレの鳩尾に、凛の拳が見事にめり込んだ。

「な、何事? 桜じゃなくて藤ねえだったのか?」
「おはようございます、衛宮くん。間桐さんでも藤村先生でもなくて、すみません」
「あれ? 遠坂?」

 ようやくソレが目を覚ました。
 ……どうやら水月を極められたことは記憶から抜け落ちているらしい。

「こんな所で何してんだ? オマエ今日休んでたから、士郎とか美綴とか由紀っちが心配してたぜ?」
「……別に大した理由じゃないわよ。
 そもそも、ここで授業サボって寝ていた貴方に言われたくはないわね」
「何言ってんだ。もう今日の授業はとっくに終わってんのに」
「え? もうそんな時間?」
「オレはバイトの途中でここに寄って寝てただけだ」
「……結局サボりじゃない」
「いーの、いーの。どうせ泰山(ウチ)から出前取るヤツなんざあのモジャ神父だけだし、そのモジャ神父ん所からの帰りだし」
「モジャ神父……綺礼のことか」
「ん? 知り合いか?」
「できれば知り合いたくなかった知り合いよ。貴方と同じくらい」
「そりゃまたずいぶんソイツを嫌ってんだな」

 ヒヒ、とヤツは寝転がったまま下品に笑う。

『凛、いつまで無駄話をしている』
 念話で語りかける。
『……ゴメン、そろそろ問い詰めてみる』

 と、ソレが私の方に視線を向け、たちまち表情を強張らせた。

「……おい、遠坂。オマエの後ろに居るソレは……何だ?」
 ソレは私を指して、凛に問いかけた。
「え? アンタ……アーチャーが見えるの?」
 思わず、凛はそう返してしまう。
 その言葉を聞いた瞬間、

「……さらば遠坂!」

 ソレはベンチから飛び起きて、公園の出口目がけて一目散に逃げ出した!
「え? な……ちょっと待ちなさい! 追うわよ、アーチャー!」
「了解した!」

 すぐさま実体化して、ヤツを追う。だが……
「スクーター!?」
 公園の入り口に停めてあった、赤いボディに黒字で『紅洲宴歳館 泰山』というロゴの入ったスクーターに飛び乗り、ヤツは走り去った。
 公園の外には人目がある。私は実体化して追いかけるわけにはいかず、凛の足ではスクーターには追いつけない。
「あ~ばよ。とっつぁ~ん!」
「だ、誰がとっつぁんか!」
 私と、激昂する凛を尻目に、ヤツは走り去ってしまった。

「……ごめん、アーチャー。結局、何も聞き出せなかった」
「いや、ヤツがサーヴァントであることに気づいていながら、迂闊に動いた私のミスだ」
 ヤツがサーヴァントなら、霊体化している私の存在に気づくのは当たり前だ。
 それを失念していたのは痛手だった。

741 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 吊るされた男の正位置] 投稿日: 2007/03/15(木) 01:36:22

 時刻は夜の七時。
 新都で最も高い建造物、センタービルの屋上に私たちはやってきた。

「どう? ここなら見通しがいいでしょ、アーチャー」
「確かにいい場所だ。初めからここに来れば歩き回る必要もなかったのだが」
 屋上から見下ろす新都の町並みは、無機質だが、懐かしい。

「なに言ってるのよ。確かにここは見晴らしはいいけど、実際に歩いてみないとわからない事もあるじゃない。
 それに、歩いたからこそ、杏里がサーヴァントだってわかったんだし」
「その衛宮杏里とやらについてだが。凛、君が知っている限りのヤツに関する情報を教えてくれ」
 私の知る聖杯戦争にはいなかった、イレギュラーのサーヴァント。
 私の知らない、衛宮の名前を持つ存在。
 その情報が欲しい。
「わかったわ。まずは―――」

 衛宮杏里。
 表向きには穂群原学園の学生として、凛と同じ二年A組に在籍している。
 衛宮士郎とは双子の兄弟ということになっているらしい。
「その衛宮士郎が衛宮杏里のマスターなのだろうか」
「わざわざサーヴァントと家族として暮らしている以上、その可能性は高いわね」
 ―――だとすれば、この世界の衛宮士郎が彼女を呼ぶ事はないのだろうか。

「中学校に入学した頃から杏里の事を知っているって人もいるから、少なくとも杏里は五年前から現界してることになるわね」
「少なくとも五年、か」
「でも……そんなに前からサーヴァントを召喚することって可能なのかしら」
「召喚するだけならば可能だろう。問題は維持だな。聖杯からの魔力の供給なしで英霊を現界させ続けるには、膨大な量の魔力が必要となる。並の魔術師の魔力では到底足りるまい」

「じゃあ……どうやって?」
「君たち流のやり方だ。足りない分は余所から持ってくればいい」
「それって……まさか」
「……一番効率的かつ手っ取り早いのは魂食いだ」
 凛の表情が強張る。
「……じゃあ、衛宮杏里は」
「最悪、無差別に人間を襲い、その魂を食らって今まで現界を続けてきた可能性もある」
「……」
「あくまで今のは最悪の仮定だ。だが、衛宮杏里という存在が普通のサーヴァントでないことは確かだろうな」

 再び新都の町並みを見下ろす。
 先ほどは懐かしく感じたはずの町並みが、今はどこか不気味なものに感じられる。

 衛宮杏里。私の知らないサーヴァントにして、私の知らない「衛宮」
 ヤツがナニモノなのか、しっかりと見極める必要がある。

「………………」
 ふと、凛がビルから何かを見下ろしてるのに気づいた。
「凛。何か見つけたのか」
「下を見て、アーチャー。アイツが、士郎。……衛宮士郎よ」

 ビルの下にはこの世界の衛宮士郎がいた。
 霊体である私は見えないだろうが、凛の姿はあちらからも見えているはずだ。
 衛宮杏里というイレギュラーがいるこの世界の衛宮士郎は、果たして、どういう存在となっているのだろうか。

「……とにかく、衛宮杏里と衛宮士郎については徹底的な調査が必要ね。
 アーチャー、明日からはその方針で動くわよ」
「了解だ、凛」

 凛に続き、センタービルを後にする。
 衛宮士郎。衛宮杏里。彼らがどんな存在であろうと、私のやることは決まっている。
 だが、彼らが私の目的の障害となるのなら、その時は―――

 運命の輪の正位置:衛宮士郎視点

 隠者の正位置:衛宮杏里視点

 戦車の正位置:エミヤ視点

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最終更新:2007年03月22日 20:16