767 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 隠者の正位置] 投稿日: 2007/03/16(金) 07:58:34

 珍しく六時前に目が覚めたので、二度寝の誘惑を退けて、洗顔を済ませ、居間にやってきた。
 ……既に桜が台所で朝飯を作っていた。
 考えてみれば、桜はこの家で寝起きしているわけではなく、毎朝間桐家からこの家に通ってきているのだ。
「……桜っていつも何時に起きてるんだ?」
「大体、五時くらいですかね」
 すげえ、毎朝五時起きとかオレには絶対ムリ。

「おはようございます、杏里先輩。今朝は珍しく早起きですね」
「はよ。士郎はまだ起きてねえみてえだな」
 ホント珍しい。士郎より先に目が覚めちまった。
 ……やっぱり昨日の事が気になってんのかね。

 昨日、遠坂の連れていたアイツ、多分サーヴァントだ。
 アーチャーって呼んでいたし、まず間違いないだろう。
 問題は、なんでそんなもんが今頃出てくるのかってこと。
 サーヴァントが現れたってことはもれなく聖杯戦争が始まるってことなんだが―――

 ……勘弁してくれ。今頃そんなもんに巻き込まれたくねえ。
 聖杯戦争ってのは要するに聖杯を賭けた殺し合いだ。
 殺し合いその物は別に嫌いじゃない、っていうかむしろ大好物なのだが、今はこの日常を満喫中なのだ。
 だっていうのに、殺し合いなんぞで壊されてしまうのはあまりにももったいない。

 ……でも、遠坂のヤツにバレちまったんだよなぁ。
 遠坂にオレがサーヴァントを見る事ができるってのを知られちまった。
 いや、それ以前にあのアーチャーってのがオレが人間じゃねえことに気づいていたか。
 どっちみち、オレがサーヴァントだって思いっきり疑われちまってるだろうなぁ……

 士郎が起きてきたのは六時過ぎだった。
 なんでも、昔の夢をみて寝覚めが悪かったとのこと。
 ……そっか、また士郎のヤツ、あの時の夢を見ちまったんだ。

 朝飯を終えて、藤ねえが家を出た後、オレたちも戸締まりをして家を出た。
「あの、わたし今日の夜から月曜日までお手伝いに来れませんけど、よろしいですか?」
「えー、桜、土日は来れねえの?」
「仕方ないだろ、杏里。土日だし、桜だって付き合いがあるんだから、気にする事ないぞ」
「え―――そんな、違います……! そういうんじゃないんです、本当に個人的な用事で、ちゃんと部活にだって出るんですから! だ、だからなにかあったら道場に来てくれればなんとかします!
 別に土日だから遊びに行くわけじゃないです、だから、あの……ヘンな勘違いはしないでもらえると、助かります」

 ……桜、暴走しすぎだ。ほれみろ、士郎も何がなんだか、という顔で困っている。
 まあ、士郎が鈍いのはいつもの事だ。仕方ない、ここは鋭いオレがなんとかしよう。
「……桜、落ち着け。オレにはわかってるから。
 ……あの日だろ?」
「そ、それも違いますっ!」
 あれ?

「ま、まあとにかく土日は来れないってことだろ、何かあったら道場に行くよ」
「あ、はい、そうしてもらえれば嬉しいです」
 士郎にそう言われて、ようやく桜が落ち着いた。
 そうして視線を下げた桜の顔が、一転して強ばった。
「士郎先輩、手―――」
 見ると、士郎の左手から、赤い血が零れていた。
「あれ?」
 士郎が学生服の裾をたくしあげると、ミミズ腫れのような痣ができていた。
「なんだこれ。昨日の夜、ガラクタいじってて切ったかな。
 ま、痛みもないしすぐに引くだろ。大丈夫、気にするほどじゃない」
「……はい。士郎先輩がそう言うのでしたら、気にしません」
 血を見て気分を悪くしたのか、桜はうつむいたまま黙ってしまった。

「…………」
 士郎と桜に気づかれないようにオレも左手を確認する。
 やはり、士郎と同じようなミミズ腫れができていた。
 オレは士郎の殻を被ってるため、士郎に起こったことはオレにも影響してしまう。
 別に士郎が怪我したらオレも同じように怪我する、というような単純なものじゃないんだが、この手の痣や傷痕はオレにも現れてしまうのだ。
「……ま、士郎のいうように、こんなものすぐ引くよな」
 たくしあげた裾を戻し、士郎と桜の後を追った。

768 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 隠者の正位置] 投稿日: 2007/03/16(金) 07:59:42

 学園に着いて、部活がある桜と別れる。
 なんかさっきから酷い違和感を感じる。
 なんだこれ。なんか空気が重いというか、汚れてるというか。
 むしろオレにとっては慣れ親しんだ感覚がするんですけど。
「……気のせいか、これ。なんか変な感じがする」
 士郎も違和感に気づいたらしい。
「あー、今朝夢見が悪かったとか言ってただろ。そのせいじゃね?」
「……そうかな。やっぱ疲れてるのかな、俺」
 違う。明らかに誰かがこの学園に何かしでかしやがった。
 多分、聖杯戦争がらみだ。
 でも、できればオレは関わりたくないし、士郎や桜、藤ねえにも関わって欲しくない。
「ま、今日は早めに帰って休めや」
「……そうする」

 そう、聖杯戦争なんてオレは関わりたくない。
 関わりたくない。
「関わりたくないって言ってんのにぃ……」
 なんか教室入った瞬間からずっと遠坂が睨んでくるんですけど。
 しかもしっかり後ろに赤いのもいるし。
 そっと遠坂の背後の赤いのの様子を見てみる。
 うわっ! 睨んではる! あの赤いの、むっちゃオレを睨んではるぅ!

 幸いにして、今日は土曜日だったので、ストレスでオレの胃に穴に空く前に授業は終わった。
 逃げ出すように教室を飛び出ると、二年C組の教室の前で士郎と慎二が話をしていた。
 あいかわらず慎二は何人かの取り巻きの女の子を引き連れている。
 ……いつも思うが、なんであのシスコンワカメがモテるんだ。やはり顔か。顔だというのか!
「士郎、慎二と何を話してたんだ?」
 慎二との話が終わったようなので士郎に声をかける。
「ああ、ちょっと弓道場の掃除を頼まれたんだ。今日は遅くなりそうだから、杏里は先に帰っていてくれ」
「……オマエね、確かオレ、今朝、早めに帰って休めと言わなかったか?」
「ああ、でももう頼まれちまったし」
 まったく。いつもの事だが、こいつのお人よしにもほどがある。
「……仕方ねえな。今回は特別サービスだ、オレも手伝って……」
 ……なんか背後から殺気が。

「あれ? 遠坂?」
 士郎の声に振り向くと、そこには、寒気がするほどの笑顔の遠坂が。
 赤いのの姿が見えないのは、とりあえず話し合いましょ、という意思表示だろうか。

「こんにちは、衛宮くんに衛宮くん。……二人揃ってるから変な挨拶になっちゃったけど」

 ……よし、3・2・1で逃げよう。
 3……

「ああ、気にしなくていいぞ。それより、俺たちに用事か?」

 2……

「ええ。ちょっとお話を伺いたい事が……」

「フライング!」
「なっ!?」
「杏里!?」
 自分で自分を裏切るまさかのフライング。
 どうだ! これでちょっと稼いだ気がするぜ! 意味ないけどな!

「このぉ、待ちなさーい!!」
「遠坂も!?」
 やはり追いかけてくる遠坂。
 そして完全に置いてけぼりの士郎。
「待てと言われて待つバカはいねー!」
 叫びながら一気に階段を駆け下りる。
 そのまま校舎の外へ。

769 名前: 運命夜行  ◆ujszivMec6 [sage 隠者の正位置] 投稿日: 2007/03/16(金) 08:01:02

 グラウンドを駆け抜け、弓道場方面へ。
「うわ、今の衛宮くんと遠坂さん?」
「結構足速いな、あいつら」
「ふむ、今度陸上部にスカウトしてみるかね」

 弓道場から裏手の林、そして再びグラウンドへ。
「い、今の杏里先輩と遠坂先輩!?」
「……何やってんだ、あいつらは」
「杏里のやつ、遠坂さんを怒らせたのかしら」

 グラウンドから校門を出て、商店街方面へ。
「待てってばー!」
「ヒトに待てという時は、まず自分が待つのが礼儀だろーが!」
「そんなわけないでしょーが!!」

 商店街を駆け抜け、迷わず泰山に飛び込む。
「いらっしゃ……な、何事アルか、衛宮のボウズ!」
「すまん魃さん、ちょっと通してくれ!」
 なんかマーボー食ってるモジャ神父と銀髪シスターを無視して、厨房裏の勝手口から脱出!
 どうだ、これで……うわ躊躇なく店内を駆け抜けてきたよアイツ!
「待たんかー!」
「待つかー!」
「……言峰神父、今のは」
「……信じられんかも知れんが、今のが冬木の管理者だ」

 商店街を出て、人通りのない住宅街へ
 と、なにか黒いものがオレの頬を掠めた。
 振り返ると、なんか遠坂がこっちを指差して……って指から黒い弾丸が!?
 あれがガンド撃ちってヤツか!?
 そうか、遠坂がマスターだとすれば、魔術師でもおかしくないわなぁ……

「って冷静に分析してる場合じゃねー!」
 遠坂は次々に黒い弾丸を撃ちだしてくる。
 ぐっ! 背中に一発もらっちまった!
 とたんに、なんかオレの身体を寒気が走る。
 が、オレの走る速度は変わらない。

「な、なんでアンタ、ガンドが直撃して平気なのよー!」
 実は平気じゃない。
 ただ、この手の呪いには慣れているだけである。

「このぉ……!」
 さらにガンドを乱射してくる遠坂。
「げふっ!?」
 い、今の呪いだけじゃなくて普通に痛かったぞ!
 さすがにスピードが落ちて、追いつかれそうになる。

「よし、これで捕まえた!」
「……チッ、こうなりゃ奥の手だ!『偽り写し記す万象』―――!」
「なっ!?」
『偽り写し記す万象』とは、オレの持つ唯一の宝具だ。
『遍く示し記す万象』の偽物であり、受けた傷や呪いをそのまま相手に返すだけの、シンプルな呪いである。
「くっ……の、呪い返し……!?」
「ぎゃはは、アディオース、遠坂!」
 自ら放った呪いにやられた遠坂を残し、オレは走り去った。

 ……さて、ようやく遠坂を撒いたわけだが、まだ油断はならない。
 おそらくまだこの辺を探してるだろうし、赤いのも応援に呼ぶかもしれない。
 とりあえず、住宅街のはずれの林の中に逃げ込んでみたが―――
「……おや? こんなとこにこんなのが建ってたんだ」
 見るからに廃墟な感じの洋館が。
 ちょうどいい、ほとぼりが冷めるまでここに隠れていよう。

「おじゃましまーす……」
 鍵のかかってない玄関を開け、中に入る。
 ……なんだ、血の匂い?

「……何事だよ、コレは」
 洋館の奥の部屋は、血の海だった。
 濃密な鉄の匂いに頭がクラクラする。
 ……クラクラ、スル

 血痕は、壁の一部まで続いていた。
 この壁の奥はは隠し部屋になっているようだが、血痕のせいで全く隠せていない。
 オレは好奇心の命ずるまま、隠し扉をこじ開けて、中を覗いてみた。

 ―――隠し部屋の中には、女の、シタイが……

 ……いや、まだ生きている。呼吸をしている。
 まだ、助かるかもしれない。
 だが、おそらくはコイツも聖杯戦争がらみだ。
 いっそ見なかった事にして放っておくべきか。

 ……いや、どうせ放っテおくナラ―――

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最終更新:2007年03月24日 13:14