916 名前: くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ [sage] 投稿日: 2007/03/21(水) 20:50:34
朝練に間に合うよう少し早めに出立した二人は商店街を通っていた。
見渡せばまだ開店していない店舗が多く、食欲を掻き立てる香ばしいパンを売り物にした店や
落ち着いた雰囲気の喫茶店くらいしか開いていない。
士郎は桜と会話をしつつ足を学園へ赴かせていた。
話している内容は曖昧で意識を他の所へ強く向けてしまっている。
角を抜けた辺りで馴染みの顔を見つけた桜が声を掛ける。
「あ……、おはようございます。兄さん」
「やあ、衛宮に桜。仲良く登校かい?」
えらく機嫌が良さそうな慎二は足取りも軽くスキップさえしそうである。
士郎は何かあったのだろうかと思い尋ねる。
「慎二、良い事でもあったのか?」
制服に身を包んだ桜と同じ髪色の少年は問われて更に上機嫌になる。
「衛宮にはどうせ分からないだろうけどね。
始まるのさ、僕の物語が」
要領を得ない答えに士郎は戸惑うが、
彼の性格なら教えはしないが訊いて欲しいのだろうと結論づける。
「よく分からないけど、頑張れ」
慎二は虚を突かれたとでも言わんばかりの表情である。
憐れみを含んだ視線で首を横に振り出した。
「何を気にしてるのか知らないけど、
やりたい事があるならやればどうだ?
僕の話を真面目に聞いてないだろう」
──そうだ、全く持って慎二の言う通りじゃないか。
「先輩?」
立ち止まった士郎に気がついて桜が声を掛ける。
「ごめん桜。先に行っててくれ。
慎二、ありがとう。行ってくる」
二人が止める間も無く士郎は道を引き返し始めた。
士郎は駆け足で土蔵の扉を開け放ち目当ての物を探す。
普段の作業で青いシートを敷いてある場所から程近い壁に立て掛けられた弓。
白と黒の色で装飾された簡素な破魔弓である。
普通の和弓と比べると小さく、士郎と同じぐらいの長さしかない。
ケースに包んであった破魔矢を取り出し残を数える。
強化し切れないほどに量はある。七本しか無いが……
魔術書と破魔弓をケースに収納して制服姿のまま新都へ赴く。
普段別の目的で探索する時と違い、その風貌からは鬼気を隠せない。
街と町をつなぐ冬木大橋を渡る際に顔見知りから声を掛けられる。
「ボン、お出かけですかい?」
黒いスーツにサングラスが映える、藤村の者らしく厳つい顔が
威圧感を与えるが声色は近所の子供に話しかける様な音色である。
「はい。他校との弓道練習に」
「頑張ってくだせえ、あっしは切り取りですわ」
口元をニヒルに歪ませて立ち去る男を前にまた嘘を言ってしまったと後悔する。
大河に誘われて慎二と共に入部した士郎だったが真面目に部活動をした事は無い。
気がつけば冬木に現れだした異形を前に長大な射程を持つ弓矢は魅力的であった。
持ち歩くにしても部活であるという事が隠れ蓑となり堂々と往来を闊歩できる。
中学生の頃は無茶をしたモノだと回想する。
長めのスパナを強化して食屍鬼を追い払うのはもう御免だ、と思わずには居られない。
日は陰り、灰色のカーテンに覆われた空を眺めてしばし歩むと事件現場へ到着する。
英字で表記されたテープが侵入を拒んでいる。
「トレース、オン」
短く自己を覚醒させるキーワードを言い放つ。
若き狩人はその醜悪な足跡の観察と追跡を開始した──
夕暮れ時、緋色の空がいつもとは違った風景を照らしている。
確か日本では逢魔ヶ時と言うのだろうか、銀糸の髪が美しく、
紫を基準に異国の服装を装った少女はつまらぬ事を思う。
何者かにつけられている事を感じ取った異邦の少女は
誘う様に路地裏へと進路を定めて歩んでいた。
目に見えぬ脅威が背後から感じられるが焦りは無い。
自分の後ろには追跡者を上回る存在が霊体で潜んでいるのだ。
路地は行き止まり。灰色の壁を薄黒く煤が汚して掃除された気配は無い。
振り返り誰何の視線を向けると青い服装に身を包んだ中年が居た。
疑問が浮かぶ。この人物ではないと感情が訴える。
中年は人懐っこい笑みを浮かべて話しかけて来ようとした。
それは構わない。構わないのだが……
そんな事をしてる場合では無い!
驚愕の視線を向けているのに気がついた中年の男もまた振り返った。
奇怪な生物がこちらを眺めている。
藍色で鮫の様にザラついた光沢のある肌、
頭部から一角を伸ばしそこから魚のヒレの様なモノを醜悪に三百六十度揺らしている。
瞳があるべき部分は空洞であり半透明の糸を吐き出している。
見た目は猫に近い、だが地球の生物とは逸脱しており八十cm程の体躯を二足歩行で這って来るのだ。
背から口を開いた。びっちりと詰まった乱杭歯が獲物を咀嚼しようと迫りだす。
少女はその異質な姿を見ている。
意味の無い事ばかり思い浮かぶのだ。
空っぽの瞳から伸びた線は髭にあたるのだろうか?
何故二本足なのに首を下げて脚を回転させているのか?
通った跡、虹色に地面が濡れているのは?
二人の人物は同様に目の錯覚だと信じて再び直視する。
瞬きをしてみても、存在は消えず嬲るように上下に揺れて歩みを止めない。
その事実が、認められなかった。否──
男は何故この様な奇形と対峙しなければならないのか、己の不幸を嘆かずにはいられない。
幼い異邦人が一人街を歩く姿が気に掛かり追いかけてしまった。
だが、だがこれは運命なのだろう。
出遭うまで忘れていたが自分は同様の存在と一度相対した事がある。
当時、悪ガキだった自分はよろよろと歩む人影に興味をそそられてついていってしまった。
キョンシーは実在したのだ。黴臭い茶色の肌で手を前に伸ばした鼠のような顔であった。
あの時は正義の味方が助けてくれた。
スーツ姿の男が取り出した本が怪異を打ちのめしたのだ。
恐怖で座り込んでしまった自分に"良く頑張った"と告げて去ってゆく背中が大きくて、
いつかあの様な傑物になりたいと願い警察官となった。
何故、今まで忘れていたのだろう?
大人になれば正義のヒーローはかすれてしまった。
そんなモノになるのは無理だったから。
──今日、取り戻す。
かつてのヒーローは居ない。
だが、自分が目指した末に選んだこの服装は裏切れない。
後ろには異国の少女が呆然と佇むのみ。
腰のホルスターから取り出した型遅れのリボルバーを両手に構えて発砲する。
発射音が周囲の静寂を打破する様に反響した。
引き金が撃鉄を戻して弾丸が跳ぶ。
震える手で撃った為か外れる。
構わずに次弾を発射する。
気がつけば引き金を引いても弾は出てこない。
一発は命中したのだろうか、虹色の液体を体から流してなお迫ってくる。
口では無い場所から憤怒の声を上げて。
脚どころか体全体が震えて立っているのもやっとである。
それでも逃げ場は無い。せめて少女だけでもと、
克己を呼び起こして警棒を取り出し大声で叫ぶ。
「わ、私が注意を惹いている間に逃げなさい!」
士郎は馴染みの無い銃声を耳に入れ
普段とは違う赤色で染まった地面を蹴り足を加速させる。
急がなければ、また死んでしまう。誰だって幸せがあるのだ。
それをこうも簡単に奪ってゆく『奴ら』が許せなかった。
もはや自分の生涯における敵であるとさえ思う。
士郎が出会ったこの街に現れる『敵』は三種族。
食屍鬼と形状が把握出来ないネコ、天王星からのネコである。
どれも恐るべき姿と力を所持している。
中でも食屍鬼が追い込まれた時に呼び出す"夜のゴーント"と対峙するのは拙い。
雑居ビルと貸しビルの隙間に路地がある。
割と目立つ通路ではあるが、通行人は出来事に気がついていない。
無意識に見ない振りをしているのだ。
それを思うと士郎はやりきれない気持ちを隠せない。
怪異を前に警官が少女を庇うように対峙していた。
銃は弾丸を撃ち尽くしたのだろうか、
放り捨てられていて警官が手に持つのは貧弱な警棒一本のみ。
身を恐怖で震わせてなお立ち向かうその姿は士郎の心を奮い立たせる。
自分は今さっき何を考えていた?
見過ごせず立ち向かっている者が居るではないか!
勇気が胸の奥から湧いてくる。たとえ今日だけであっても自分は独りでは無いのだ。
魔道書が肩の辺りへ浮かび上がりページから金色のアラビア語が流れ出す。
ケースから迅速に弓を取り出し構える。
抜いた破魔矢をつがえて精神を集中する。
中てるために、その魔よけたる概念を"強化"するために。
「トレース、オン」
距離は十二mといった所、射程は問題ない。
体を巡る回路からスイッチを解放して身体と破魔弓、矢の順に強化する。
通常、物を強化するのは簡単らしいが、者はそうはいかない。
他人を強化するなど凄まじい難易度となるが自己は別物、
この魔術しか扱えない士郎は鍛錬を繰り返してきた故にかろうじて技術は届く。
──絶対中てる!
心に決めて弦から矢を放つ。
風切音をたてて二足しかない脚の片方に命中する。
表現しがたい声の様なモノを叫んで(Cat from Uranus)は振り返る。
憎しみを伝える様に地団太を踏み、二人に迫っていた速度とは違うスピードで射手へ肉薄する。
これでも遅くなった方である。脚に刺さらなければもはや抵抗は叶わなかったかもしれない。
次の矢をつがえても中るイメージがまったく浮かびはしない。
問題は無い。この矢で隙を作り、三本目で仕留める。
だが、間に合うだろうか? 士郎にはそこまでの判断は出来ない。
地面ではなく中空を駆ける奇形の猫。睨み付けて二射目を放つ。
おぞましき身体を半回転させて回避されたが、想定の範囲内だ。
第三の矢を手に弦を引くも、『敵』はすぐ其処に。
避ける事は望めない。士郎は顎の前に無防備と言っていいまま接近を許してしまう。
が、金色に揺れる言語が突進を僅かに逸らして斜め方向へ流す。
胴に体当たりを受けて士郎は回転を強制させられる。
重い苦痛が身を疾るが捻って弦から手を離す。
"強化"された矢によって壁へ磔にされた青黒い猫は
冒涜的な言葉を喚き散らしながら身から闇を渦巻かせて還って行く。
正義を体現する警察官を前に忘れていた恐怖が躯を駆け巡る。
あと幾度討てばいいのかと、荒く吐息をつむぐ口から声となって出そうだった。
──何度でもやってやるさ。
胸の奥から湧き出る疑問に答えて路地裏の奥を見る。
腰が抜けたのだろうか、座り込んでしまった警察官と
銀糸の様な細やかな髪色の少女に近づき話しかける。
「大丈夫だったか? 怪我は?」
「あ……うん、なんともないよ」
か細い声で少女は返事をするが、警察官の方は大丈夫そうでは無かった。
圧倒的な恐怖と向かい合った故か、
まだ黒々としているべき頭髪の一部が白髪に変わっている。
ぼんやりと壁を背にもたれ掛かって焦点の合わない目で路地を見つめていた。
「しばらくしたら忘れますから、もう平気ですよ」
士郎は自分の声が震えているのが分かる。
「あ、ああ。私はお巡りさんだからね」
気の抜けた声で小さく丸めた体から発した言葉は生涯忘れそうに無い。
脈絡の無い返事ではあったがそれを理由に彼は踏み込んだのだ。
士郎は感謝の動作と言葉を告げる。
「忘れません」
足取りは軽く、何処までも行ける様な万能感を与えてくれる。
敵を討った事、今日垣間見た人間の生き様に貰ったモノを糧に
次の日を迎えるために帰路へつく。
背後から少女の警察官に感謝を伝える声が聴こえた。
綺麗な色に変わった沈みかけの陽光を見て、唇がつり上がる。
重力に導かれて落ちてきた魔道書が肩に落ちる。
手に取り眺めると、濡れた黒い表紙が太陽に輝いていた。
A 帰路の途中にある公園で少女に呼び止められた。 (迂 回)
B 帰路の途中にある学園で異常な風景を見た。 (直 進)
C 帰路の途中にある公園のベンチにツナギを着た男が居た (ヤラナイカ)
D 帰路の途中、黒塗りベンツに追突した自動車の人が口論していた(アッ-!)
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最終更新:2007年03月21日 23:03