877 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/11/12(日) 03:20:17
「蒔寺」
出来る限り静かな、誰にも聞こえない声で話しかける。
「その……なんだ、お前に泣かれると……凄く困る」
何しろどう接して良いのか分からないのだ。
彼女はよく笑いよく遊び、様々な陽の面の体現者というイメージしかないのだから。
だから出来ることは、手に持つタオルを手渡すことだけだ。
「だからさ、泣くんじゃなくて、出来ればいつも笑っていてくれないか?」
「……な、泣いてねーやい」
言葉が聞こえたのか、返答が返り、タオルを受け取る。
声が少し裏返っている。
「それなら良いんだけどさ……」
タオルで顔を隠してしまって表情は読み取ることは出来ない。
「でも、ホントに泣きたかったら思い切り泣いた方が良いかもしれない、無理は良くないしな」
「……泣いてねーって言ってるだろ」
相変わらず声が裏返っている、でもその事には何も言うことは出来なかった。
「そうか……でも邪魔だったら言ってくれ、どっか行くから」
そこから先は無言。
背中合わせに座り込んだ。
そこに意味はなかった。
じっと見るのは憚られたし、どこかに行くのも憚られた。
だから出来るだけ近くで居ることを選択した。
「……なあ、衛宮」
先に無言を破ったのは蒔寺の方だった。
声は落ち着き、不気味なほどの静けさを感じさせた。
「無理は良くないって言ってたけどよ、無理してるのってお前の方じゃねーの?」
上を向いたのか、背中合わせのまま頭がぶつかる。
「……そうか?」
似たようなことを、最近よく聞かれると思う。
「今は違っても、親父さん死んじゃってさ、こんなデカイ家に一人で住んでたりとかしたんだろ?
……今くらいのトシならともかくさ、もっと、何年も前の子供の頃じゃんか、寂しくなかったのかよ?
そりゃ私だって一人暮らしには憧れてるけどさ、そういう自分の意志とは違う意味で一人だったんだろ……どうなんだよその辺は」
「そうだな……多分、悲しかったけど、寂しくはなかったよ、俺、多分どこか壊れてるからさ」
そう、寂しくしている事なんかできなかった。
切嗣に拾われたとき、きっと沢山の衛宮士郎が死んで、生まれて、幸せに戻れた衛宮士郎は殆ど居なかったんだと思う。
だから、幸せで居られた衛宮士郎は幸せで、その幸運に感謝することしか出来なかったんだと思う。
だから、悲しいけれど、寂しいなんて事は思えなかった。
そんなことを話した。
その為に今、衛宮士郎は一人でも多く救いたいと、一人でも多くの笑顔を見たいと思っている。
これ以上の衛宮士郎を出さないために。
「……馬鹿野郎だな、お前ってさ」
「ああ、本当にそうかもな」
「ホントに馬鹿野郎だからな、一つだけ言うぞ? 一回だけだからよく聞けよ?」
「ん? ああ……」
「そう言うのは壊れてるとかじゃねーんだ、意固地ってんだよ!
もっと前から、誰でも良いから少し位頼りにしろ! ガキに戻って覚えとけ!」
首筋に吐息と、ナニカが触れる。
振り返ると、蒔寺が、衛宮士郎の視界に映る限りの近さで微笑んでいた。
「それはサービスだ! 一回だけなんだからチョーシに乗ると今度は蹴るぞ?」
「ああ、蹴られるのは勘弁だな」
痛いし。
「よーし、それでよし、じゃ、また明日な! オヤスミッ!」
一気に立ち去る彼女に呆然として、続いて浮かんだのは笑み。
そして唐突に理解する。
ああ、そうか、衛宮士郎は正義の味方を目指していた。
だがそれは、一人で全てを救う事を意味していた。
一人で誰かを救う事が価値ある事じゃない。
誰かを救う事、それ自体に価値ある事なんだと、気がついた。
衛宮士郎は超人じゃない。
だから、みんなで全てを救う。
それが真実、衛宮士郎が目指すべき正義の味方なんだ。
桜は正義の味方になると言ってくれた。
だからまず自分と桜。
そして自分の知る沢山の人。
誰かを救えるならその人達に頼って、救う。
「そっか、俺は間違っていたってことなんだな」
立ち上がる。
よし、その為にも、頑張らなきゃいけないよな。
そろそろ晩の時刻が終わる、夜は近い。
あの時、イリヤを迎えに来た、『ヴェルナー』と呼ばれた男性は、少なくとも二組、この家を見張っている者が居ると言った。
襲撃があるとすれば、夜からだろう。
ならば――
最終更新:2007年05月21日 01:46