942 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/11/15(水) 04:09:24
interlude――
同時刻・S市杜王町郊外
その戦いは、無言で始まった。
無言で投擲される短剣。
その最初の一撃で勝負は始まり、終わりに向かう。
「この戦法、アサシンか!?」
その声に応えることはない。
一の短剣で対象の運動性を、二の短剣で行動法則を測る。
繰り返される投擲で、切り刻み、疲弊させ、心臓を破壊する。
それだけのことが彼には可能であったし、そう訓練され、そう在れかしとされてきた、伝統的なアサシンの戦術。
並の人間ならば最初の一投で死ぬだけの投擲を三十。
既に三十を投擲している。
だが、目の前の存在は、致命傷を負うどころか息を乱すことすらなく、全ての短剣を叩き落とす。
「やれやれ」
笑みさえ浮かべて、『アサシン』を見据える。
その表情は平素となんら変わらない。
両手を荷物で塞がれ、さらには森の中を全力疾走しているというのに、呼吸に乱れは存在しない。
だが、それでもアサシンは見切った。
持久力はともかく、瞬間的な身体能力は己に分がある事。
短剣を叩き落とすことが可能でも、こちらを攻撃するだけのことが出来ぬ事を。
七本の同時投擲。
僅かな緩急と共に投擲されたそれは速度差によって機動を幻惑する。
さらに空中で短剣に短剣を命中させてさらに幻惑を施す。
短剣を凝視すればするほど幻惑され、その全てを回避することは矢避けの加護を持たぬ物には決して不可能。
短剣はまたも叩き落とされ、数本が後方の樹木へ突き刺さる。
だがそれは織り込まれた物。
続いて投擲された三本の短剣は、足下に突き刺さり、狙い通り地面を崩す。
アサシンの観察時間は終わった。
「ぬっ!」
崩れた先には川。
そこに片足でも踏み入れてしまえば、動きはどうしても鈍くなる。
故に、ここに勝負を決するべく、アサシンがその宝具を解放する――
川の中心。
そこに、短剣を投げつけながらアサシンは着地する。
対象の初動が一瞬だけ鈍る。
短剣は叩き落とされるだろう、だが、対象の攻撃可能距離は精々数メートルと判明している。
そう、両者の距離は10メートル程もある。
対象の一撃がどれほどの威力であろうと、有効的に攻撃することは不可能。
妄想心音の展開から発動までの僅かな時間を潰すには十分――!
「待っていたぞアサシン……この瞬間を!」
その叫びと同時、アサシンは有り得ざる物を見た。
時刻は紛れもなく夜。
故にそれは宝具による物と見えた。
そう、有り得ざる物だ。
夜に、太陽の光を見るなんてことは――
「パウッ!」
水面を叩く音が聞こえる。
それと同時、アサシンの腕が展開されると同時に、全ての動きが止められる。
――シビレ!?
全身を襲う途方もない麻痺。
瞬間、気絶しなかっただけでも僥倖。
己の身体の改造に、この瞬間だけは感謝した。
だがアサシンは知らない。
チベット奥地に伝わる『仙道の技』を!
その独特の呼吸によって生まれる『生命賛歌』のエネルギーを!
人体の細胞一つ一つから生み出される、『太陽の波紋』を!
「流し込む! 太陽の波紋!」
アサシンは驚愕する。
距離は、疾うに詰められている。
手に持っていた荷物――ワインとグラスは宙を舞っていた。
聞き慣れぬ、途方もない呼吸音と同期し、両の手が光る。
そう認識すると同時、人体の急所という急所に連撃が叩き込まれる。
『山吹色の波紋疾走<<サンライトイエローオーバードライブ>>!』
同時に、アサシンの全身を痺れさせた一撃、その数倍の威力を持った連撃がアサシンの全身で炸裂した。
――interlude out
949 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/11/16(木) 04:22:11
23:50・衛宮邸
「士郎、キャスター、セイバー達の援護に向かって」
念には念を入れる。
最強の戦力を敢えて補佐させる事。
それが彼女の決断。
「ああ、分かった、『キャスター』、急ごう」
彼女を名前で呼ぶことはしなかった。
今は戦時だからと納得させる。
ここから霧島家まで距離はそうない。
走れば並の人間の足でも数分あれば到着は可能だ。
「気をつけなさい、どうなっているか状況は不明だから」
振り返ることはなかったが、頷いたのが僅かに見えた。
「いいのか?」
ジェネラルが問う。
「ええ、キャスターの宝具は敵味方の区別がなく現実を浸食させる……ならば遊撃に出すのが最良の筈よ」
「難しい判断ですけど……でもその是非はまだ不明、ならそれが最良であるために、全力をここで尽くすのみ、ですわね」
ルヴィアが笑う。
「はい、頑張りましょう」
桜の笑顔は、緊張に満ちた場を和ませる。
「イリヤ、悪いけど貴方は家の中で結界のサポートに回って」
「分かっているわ、少なくとも今の私は足手まといだもの」
そう言ってイリヤは座布団に座る。
異世界の魔術、その構造の把握と補強に全力を尽くすと、知り合ったばかりの少女達を守ると、イリヤは言った。
庭に出る。
結界の有効範囲は家がギリギリ収まる程度に狭く、ただし可能な限り強力に。
――なのは、フェイト、結界発動!
『レイジングハート!』
<<Yes,my master>>
『バルディッシュ!』
<<Yes,sir>>
二人の手に、杖、そして斧が出現する。
ぐん、と。
二人の少女の呼びかけと共に遠坂凛の全身から魔力が抜け落ちる。
手にした宝石からありったけ己の魔力の充足に用いる。
「なんて消費量……宝石一つ使っちゃったじゃない……」
彼女が倫敦で備蓄した多数の宝石の一つ、そこに込められた魔力の殆どが吹き飛ぶ。
「なるほど、『天狗の鼻も折れる』……実感しますわね」
ルヴィアが言う。
出来上がった結界は、途方もなく強力な代物だった。
恐らく、彼女達がこの結界の敵対者ならば解除に不眠不休で丸2日はかかるだろう。
勿論、妨害は受けずという条件付きでの話だ。
「話はそこまで、敵数、500以上、一部が展開、包囲体勢に入ったようだ、『斥候、帰還せよ』」
「待って、士郎達は?」
「……大丈夫のようだ、直ぐに到着する」
言葉はそこまで、彼女たちは、その意識の全てを敵対する者へと向けた。
23:53・霧島家
セイバーとバゼットは左右に分かれ、注意を逸らしつつ接近する。
「おいおい、怖い事するなよ、俺達は敵同士じゃあないぜ?」
「主を支配するなどという行為、見逃せるとでも思っているのですか?」
バゼットが言う。
ルーンは既に起動させている。
切っ掛けさえあれば、すぐにでも飛び出す。
だが、その切っ掛けが掴めない。
隙だらけに見えて、その実飛び込める隙は殆ど無い。
そしてその僅かな隙の位置は、少女が立っている。
――卑怯な
奥歯を噛みしめる。
その想いは、セイバーも同じだった。
「やれやれ、殺気立っちゃって怖いなあ……ホントに仕方ないよねえ、霧島君」
口元を笑顔で染めながら少女を呼ぶ。
少女が、ポケットから数個の宝石を取り出し、転がす。
それを好機と見て、二人が同時に飛び出し。
次の瞬間、空間が歪んだ。
「な……これは……!」
慣性を押し殺すように動きを止める。
「知らないかもしれないが、SC空間<<Schrödinger Cat Field>>、そう呼ばれる物さ」
転がり落ちた宝石から、白い存在が立ち上がる。
「そしてこいつがディゾナント<<Dissonant>>、中々イケてるだろう?」
意志なきディゾナントが牙を剥く。
それと同時。
「バゼット! 先生! 無事か?」
空間の歪みへ、二人は突入した。
最終更新:2007年05月21日 01:50