588 名前 :371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/05/13(日) 00:22:38
「あなたの望みを叶えましょう、真紅」
手は、掌を上にして、真紅へ向けて差し出された。
なんだ?
あの薔薇水晶っていうドール、真紅と戦いに来たんじゃないのか?
「……私の、望み?」
当の真紅も薔薇水晶の言葉は予想外だったのか、眉をひそめて差し出された手を見つめる。
当然、安易にその手をとるような真似はしない。
「おかしなことを言うのだわ。
私たちの望むことなど、あるとしたらそれは――」
「アリスに、なること」
薔薇水晶が真紅の言葉にかぶせるように、後を継ぐ。
真紅も、さしたる驚きも見せずにその言葉を肯定してみせる。
「そうよ。
それが薔薇乙女《ローゼンメイデン》の宿命。
あなたも薔薇乙女《ローゼンメイデン》ならば、この意味がわかるでしょう?」
アリスになれるのは、一人だけ。
全てのローザミスティカを集めた薔薇乙女《ローゼンメイデン》だけが、アリスを待っているローゼンに会う事が出来る……か。
だが、薔薇水晶は、真紅の言葉を理解しているのかいないのか、それでもなお差し伸べた手を下げようとはしなかった。
「かわいそう……真紅、貴女はかわいそう。
貴女の望みは目的じゃなくて、その方法……アリスゲームを変えることでしょう?」
「!?」
初めて。
初めて真紅が驚きに目を見開いた。
俺がこの場からやりとりを見始めてから、一度も崩れることのなかった表情が、薔薇水晶の一言で大きく揺らいだ。
「な、なにを、一体……」
「貴女はアリスゲームに疑いを抱いている」
「っ!」
持ち直そうとしらを切る真紅に、追い討ちをかけるように言葉を放つ薔薇水晶。
アリスゲームに疑いを、だと……どういうことだ?
「戦うのは構わない。
けれど、果たしてそれは命を奪うことと同義なの?
命を奪うことが、優れた薔薇乙女《ローゼンメイデン》の証になり得るの?
ナゼ、お父様はこのような宿命を私たちに?」
次々と薔薇水晶が投げかける疑問。
それらは皆、おそらくは真紅が抱いていた疑問なのだろう。
その証拠に、真紅は顔を俯かせ、かすかに拳を震わせている。
「かわいそうな真紅。
殺さずに済むなら、その方がいいと思っているのね。
……それが叶わぬ望みだと、本当は諦めているのに」
「……っ!
貴女に、そんなことを言われるような……!!」
「でも、私は貴女の望みを叶えましょう」
ついに真紅の感情の糸が切れた……が、それすらも予測していたかのように、薔薇水晶が言葉を遮る。
相変わらず抑揚のない声だったが、今の真紅には大声よりもよく響いたに違いない。
「……なんですって?」
「もう誰も、貴女が究極の少女に至る過程で、傷つかない為に。
真紅……私が、貴女を導いていく」
そう言うと、今までずっと差し出していた手を、改めて前へ出す。
「さあ、この手を……」
真紅は、薔薇水晶に向けていた視線を、次第に下に落としていく。
その心中は、俺には察することは出来ない。
そして、次の瞬間、俺の耳に聞こえてきたのは――。
α:「貴女は……一帯何を考えているの?」――迷うような、真紅の声。
β:「ふざけるんじゃ、ないわよぉ……」――隣からの、怒りの声。
γ:「耳を貸す必要はあるまい、真紅」――飛来する、夫婦剣の風切り音。
δ:「――へえ。こんなところに覗きがいたとはな」――背後からの、嘲るような声。
ε:「……トリビァル!」――どこからともなく、謎の声。
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最終更新:2007年05月13日 16:40