562 名前: CASE:Holy Grail 3rd ◆rwDSHkQLqQ [sage] 投稿日: 2007/05/09(水) 14:08:55

 ――同年4月 冬木と呼ばれる街。


 ユミナスフィール・アインツベルンは荒野にいた。
 鉄屑で埋まった、錆び色の荒野。
 振り返れば遠ざかる地獄。
 耳に残る叫喚。目に焼きつく炎。

 その地を彷徨いながら、少女は気付く。
 これは夢だ、と。

 かつてこの地には鉤十字をつけた鉄の狼たちがいた。
 だが、彼らはもう、ここにはいない。
 ナチスドイツと呼ばれた彼らの存在は、もう灯火のようで。

 ユミナは、その事実を知識としてしか知らない。
 彼女が知っているのは今、世界中で戦争が起こっているということ。
 そして同盟国――彼女の暮すドイツと、そして日本という国が負けかけているということ。
 その程度でしかなかった。

 だが、リヒャルト――ユミナの護衛につけられた、影のような男。
 武装SS――兵隊だと言った彼に、好奇心から問うたのだ。
「戦争とはどのようなものですか」
 魔術師同士の暗闘ではなく、人と人とが表立って殺しあう場所。
 好奇心猫を殺すというが、それを聞いたのが間違いだった。

 無論、リヒャルトとて好き好んで口を開いたわけではない。
 戦争の――戦争の中でも、特に悲惨な一面は避けて会話をした。
 だが、淡々とした語り口は、かえって彼女の心に食い込み、そして夢を見せたのだ。

 目覚めた時。
 そして自分の体が震えていることに気が付いたとき。
 ユミナは、はっきりと自覚した。
 自分はリヒャルトが怖いのだと。

 あんな人間が、果たして人間と呼べるのか否か。
 ベットの上で肩を抱き、自身もまたホムンクルスという人外の存在でありながら、彼女は思ってしまった。
 或いはそれは、それこそ『兵士』として以外に呼べないのではないだろうか。

 ――それ故に、聖杯戦争の駒としてこれ以上の存在はないのだと。
 彼女の父である”お館様”なら仰っただろうか。

「あんな地獄を見れば、心が乾いてしまう」

 ……乾いた心は、元に戻るのだろうか。
 ――朝食の席で、何か。
 そう、戦いとは違うことでも切り出してみようか――……。

563 名前: CASE:Holy Grail 3rd ◆rwDSHkQLqQ [sage] 投稿日: 2007/05/09(水) 14:10:41

 ――――同日。アインツベルン城。


「――繰り返して確認するが。
 つまりユミナ。君は、戦闘行動がとれない、という認識で良いんだな?」

「は、はい。そ、そういう事に、なります」

 朝食の席で語られたことは、やはり聖杯戦争についてだった。
 ドイツから日本までの長い船旅の間、幾度と無く交わされた会話ではあったが、
 しかしそれが実戦を目前にしているとなれば受け取る気持ちも変わるというものだ。
 少なくとも未だユミナスフィールには、実感が持てない。
 一方でリヒャルトはと言えば、既に何らかの作戦を考えている様子。
 思い切りの悪い自分に対し、ちょっとだけユミナは落ちこんだ。

「それを補助する英霊を召還。……と言っても英霊なんぞ、戦闘が得意な連中ばかりだろう。
 何か――召還する宛はあるのか?」

 はい、と頷くのを見て、リヒャルトは「そうか」と呟いて納得する。
 魔術については何も――基本知識は教えられたが――知らない身だ。
 その類の分野については、今のところ彼女に任せておいた方が良いだろう。

 それきり会話が途切れる。
 ――多分。

 多分、切り出すのならば今しかないだろう。

「あ、あのっ」

「うん?」

「リヒャルトは、この後、どうするつもりなんですか?」

「ああ。とりあえず地図は受け取ったが……。
 まだ冬木については何も知らないからな。
 とりあえず散策をしておこうと思っている。
 確か積荷の中には車もあっただろう?」

 それならば――

『冬木の休日』:わたしも一緒に行きます、と言った。
『冬木より愛をこめて』:結局、彼独りで行かせてしまった。

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最終更新:2007年07月14日 02:04