913 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 四日目:夜・罠の突破] 投稿日: 2007/01/10(水) 04:05:02

思考がぐるぐると回転する。
行動を直ぐにでも起こさねばならないというのに、そこに立ち尽くしたまま思考を回す。
だが、僅かに聞こえた物音が思考の全てを止めさせた。
「……ん?」
今、何か聞こえた。
床に、金属状の何かが落ちたような音だ。

偶然か、罠か。
「どちらにせよ……」
向かう他ない。
罠にしろ、偶然にせよ、このビルという推測が正しければ敵は音の先に居る。
罠だとすれば、その成否を確かめに、偶然だとすれば、音の正体を確かめに向かうはずだ。
慎重に歩き出す。

金属音がもう一度鳴る。
すぐ近く、明らかな金属音、位置までは極めて近い。
音は数メートル先の部屋の中から聞こえた。
音の反響や、ドアが金属製であることなど問題にならない。
ドアノブに手を掛ける。
爆発物やトラップの危険性は『よく分かっていた』から開けることはなかった。
「……え?」
有り得ざる筈の知識が残留している。
消え去らぬ未来の記憶が、僅かに警告を発する。
その内容までは理解できなかった。
だが心臓と、既に失われた左腕は警告を発していた。

心臓の鼓動が高鳴る。
未だ敵の正体は不明。
恐らく表で戦うサーヴァントのマスター。
罠の可能性は極めて高い。
……それだけで、その己の物でない思考だけで意味が分かってしまった。
映画ではよくある光景だ。
「俺、正気じゃないかもな」
自嘲気味に笑う。
今、衛宮士郎は決してアテにならない未知であるはずの知識と、豊富ではない映画の鑑賞経験だけで己の命を賭けようとしている。

ノブから手を離し、内部の様子を伺う。
ドアの隙間から中の様子は殆ど見えない。
だが、背後の月が僅かに何かを照らすのが見えた。
「……持ってきておいて正解だったか」
蝶番から開く方向を確認し、腕に軽く巻き付けて持ってきておいた電気コードを外し、ドアノブに巻き付ける。
そのまま周囲を警戒しつつ垂れ下げて別の物陰に隠れ、思い切りコードを引っ張る。
ドアが跳ねるように開き、同時に爆発が廊下に撒き散らされ、その爆風の先の壁も窓も、ドアすらも外へと吹き飛ばす。


914 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 四日目:夜・罠の突破] 投稿日: 2007/01/10(水) 04:05:47

その爆風が視界を遮る。
そう判断すると同時に強化された鉄パイプを手にして姿勢は低く、部屋の内部へ突撃する。
爆風で遮られた視界の先、僅かに人影が見える。
爆煙から飛び出す最後の一歩を思い切り踏み出す。
バックステップで飛び退くと同時に銃口を向け、発砲する。
だが、拳銃を扱う経験が浅いのか、銃弾は至近距離にも関わらず後方へと逸れていく。
その隙に鉄パイプが振るわれ、鉄パイプが折れ曲がる。
「なっ……防壁?」
強化された鉄パイプは虚空で折れ曲がっていた。
驚きは一秒にも満たないがその間に距離を開けられ次弾が発砲される。
「くっ……」
頭部だけは護ろうと鉄パイプで護る。
銃弾は鉄パイプに弾かれ壁にめり込む。
衝撃は反動で逸らされ連射は出来ぬようだが、それとて楽観できる物ではない。
「こんのっ……!」
ならばと半ばヤケ気味にパイプを投げつけ、もう一つの武器をポケットから取り出す。
銃弾が放たれる直前だったのか、それは虚空で曲がることも跳ね返されることもなく拳銃に命中し、銃弾は天井へ向かって放たれる。

その光景で僅かだが理解できた。
魔術であろう防壁、防御は相当に出来るが攻撃の瞬間は解除せねばならないということか。
そう思考するまでに距離は殆どゼロになる。
取り出し終えたネイルガン<<釘打機>>を相手の頭部に突きつけ、それと同時に相手も銃口を頭部に突きつけた。

目測だが防壁は身体から十センチ以上離れていた。
五寸釘のネイルガンの先端が触れるほど近づけたこの状況では展開は出来ないはずだ。
だがそれと、『そのはず』などという軽い条件と引き替えに衛宮士郎も銃口の前に晒されてしまった。
その為か、それ故か、完全に二人の動きは止まっていた。
「クレイモアのトラップに引っかからぬとはな……お前は何者だ?」
実に楽しげに男は言った。
一歩間違えば互いに死ぬという事実を認識してさえいないような軽い声。
その軽い声に、少しだけ怒りを覚えた。
「俺が聞きたいことは一つだ、お前は外の殺人鬼のマスターか?」
銃口を無視して問う。
……いざとなれば相打ちにしてでも。
その決意とともに問う。
はて、と、少しの間不思議そうにしていた男は、やがて得心が行ったとばかりに破願する。
「ああ、俺は確かにバーサーカーのマスターだよ、アイツも気の毒になあ……」
その返答は、今以上に怒りを誘う。
だがそれでも衛宮士郎は理解しなければならない、今なんと言ったのか、その意味を。
「気の毒だと? 殺された人達じゃなく、殺した方がか!」
強い口調にも、男はまるで怖じることなく。
「ああ、そうさ、異常で異質でイカレて、だからあいつの被害者なんてものまで存在する……ほら、気の毒だろ? 自分が望んだわけじゃないのになあ。
 あいつはただ、特種な特性と嗜好を持っていただけさ、二重人格と食屍嗜好なんて、世が世ならただの変人で済むだけの特徴をな。
 此処とは違う世界でも、この世界で人として生まれたっていうのに、それを持ってしまったから反英霊なんてモノにされてしまった。
 大別してしまえば好き嫌いでしかないのにな……そんなアイツだから、俺は否定できないね」
肯定する言葉を切り、男が笑う。
「俺は否定する」
言葉が切られると同時に反論する。
「そうであったとしても、それを認めてしまえば、快楽殺人だって娯楽として容認することになる!
 その嗜好のために自分勝手に人を傷つけて、殺して……それは裁かれなければならないはずだろ!」
「例えば、あいつがそれを望んでないとしても? 欲しくて得た物じゃなく、例えば先天的に、例えば洗脳で、刷り込まれた物だとしても? そんな奴でも罪の意識が、贖罪が必要だというのか? お前は」
「……例えそうだとしても、人を傷つけた人間は裁かれなければならない、俺は、通り魔の被害者を不運だって見捨てるようにはなりたくない。
 図らずも通り魔になる人間は不幸かも知れない、だとしても、誰だったとしても、どんな事情があったとしても、背負うべき罪は、背負っていかなければいけないだろ!」
それは己に言い聞かせるように。

かつて、衛宮士郎にも思い出があった。
多分今でも、生きている温かさが。
地獄に堕ちて尚忘れぬであろう、彼女のことを思えば、今も心に痛みが走った。
そんな彼女のことを忘れることは、衛宮士郎には決して出来なかった。
それが許されぬ事でも、その罪への想いは決して消えない。
だから、そう答えた。
自分がこの道を行くと決心したから。

「そうか――」
その答えを、男はどう受け取ったのか。
「ならば、此処で共に死ぬか?」
途方もない満面の笑みと共に、引き金に力が込められるのを感じた。


坊やだからさ:ネイルガンを発射する
当たらなければどうということはない!:零距離投影を敢行する
ええい!:それと同時に部屋が爆裂した

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最終更新:2007年05月21日 02:16