207 名前:隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 四日目・夜:発動] 投稿日: 2007/01/25(木) 04:45:14
静寂。
そんな中で衛宮士郎は声もなく息を乱していた。
右手を切り落とし、身体に剣を突き刺し、左腕さえも剣によって床と一体化させ、さらに男の上に馬乗りになっているにも関わらず、である。
苦しめていたのは過去。
決して消えることのない、思い返せば自責の念しか浮かばぬ罪の意識に他ならなかった。
その事には、息が乱れていることは男も気付いていた。
だが、そこにつけ込もうというという気は起きなる事はなかった。
完全を目指していた自分が、必勝を期して望んだ初戦で敗れたという事実は、完全に戦意を折るに十分であった。
仮にここでこの男を倒したとしても、自分は決して完全には至らず、故に聖杯にも至ることはあるまいと、悲観的な部分が告げていた。
だから静寂を破ったのは彼であった。
「私の負けか」
消えるような呟きではあったが、その余りにも堂々とした言葉は衛宮士郎を落ち着かせてしまっていた。
「やれやれ……完全勝利を目指して望んだ戦いだというのに、このザマではな」
そういって自嘲気味に笑う。
「勝利者にプレゼントだ、俺のコートの右……胸ポケットに鍵が入っている、受け取れ」
そう言われて、コートをまさぐると、そこには言葉通り鍵が入っていた。
男は身動ぎ一つすることなく、その姿に真実敗北を認めたのだなと考えざるを得ない説得力を感じさせた。
「冬木市……と言って分かるか?」
頷いたのを確認して、男は続ける。
「結構、その市の開発が進んでいる方の、駅の近くに俺のような身元不明に近い、密入国の人間が多く住む安アパートがあるのは知っているか?」
そこまでは知らない、冬木の住人であろうとそんな裏事情は知らず、首を横に振った。
「ま、いいさ、その部屋の、キーに書かれた番号の部屋に、俺が今夜使わなかった武器がある、好きに使ってくれ、家賃未払いで引き払われるのは来月の筈だ」
手に入れたばかりの鍵を見ながら、士郎は立ち上がって聞いた。
「……それで、アンタはどうするんだ?」
自嘲気味に男は笑う。
その質問に直接答えることはなく、そうではない言葉で男は答えた。
「勿論、勝者の特典を得るには条件がある」
底意地悪く男は笑う。
「今夜――最後まで生き残ることさ」
唐突だが、冬木の聖杯戦争は五度行われた。
取り分け『最強』であったのはバーサーカーだ。
他の全てを取り除く事で強さを得たバーサーカーは、マイナーな英霊であろうと大英雄を倒しうる実力を持つ。
だが、それと引き替えに消費する魔力は途方もなく、五度目の聖杯戦争という例外を除き、全てのマスターは魔力切れで自滅したという。
そして男は、笑みを持って死を受け入れた。
――全ての能力制限を解除する、狂い果てろ、バーサーカー
それが男の、ゲオルグ・ブッシュ最後の意志であった。
――なんだい、死んじまうのか、アンタ
これ以上ないほどに満たされていく魔力を嗤う。
己が吸い取っている主の生命力を嗤う。
殺せなくなるのは残念だと嗤う。
消えるのは残念だと嗤う。
消え去る直前に下された命令に嗤う。
どこまでも嗤う。
突如、バーサーカーの気配が変わった事をセイバーは見て取った。
「士郎君が何かやった……?」
マスターを倒したことを、彼は知らない。
そして、下された最終突撃命令を知らない。
「何にせよ、状況は変わりましたね」
虚空に浮かぶバーサーカーがいよいよ動き出す。
その確信と共に壁を蹴り、ビルの屋上に着地する。
一呼吸だけ錬気し、敵を見据える。
その直後――
強大なプレッシャー:左右に位置するビルの給水塔が押し潰すように迫ってきた。
迫るプレッシャー:黒い気を纏い、バーサーカーが突撃してきた
放たれるプレッシャー:身に纏う気の一部を固め、連射しながら接近してきた
閉ざされるプレッシャー:突如、二人は外界から隔絶された
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最終更新:2007年05月21日 17:33