333 名前:隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 四日目・夜:境目] 投稿日: 2007/02/08(木) 05:30:50
時間は僅かに戻る。
S市内の二カ所で、全く同時に、同じ声が発せられた。
『はあ……』
それぞれに意味は違う。
一方は呆れ、一方は沈んでいた。
「どうしたんだい? キャスター君」
室内で、姿の消えた少年に声を掛ける。
暫くの間は彼が霊体状態で偵察を行い情報収集を行うと昨日決めた。
「ああ、いえ、ちょっと問題が起きましたのでその説明を」
「どうしたんだい?」
机に座り、来週提出の宿題に取りかかるのを止めて、声の方向に顔を向ける。
キャスターが実体化する。
「どうやら、霊体化で姿を消す事は出来ても消耗は抑えられない、それどころか、消耗が抑えられるとかそう言ったこともないようです」
キャスターはこの一日の経験を語る。
「そっか、つまり消えてるだけって事になるのか……それで、大丈夫なのかい?」
軽く笑みを見せる。
「……怒ったり、原因を聞いたりしないのですか?」
「別に怒る理由にはならないでしょ? 僕はどれが普通かなんて事は知らないというよりも、そっちの方が普通だと思ってるし、君の方に不都合がないなら気にはしないよ」
ああ、でも理由は聞きたいかなと、康一が続ける。
「昨日も話したとおり、僕はまだ生きている存在なんです、でも僕と言う存在は『座』を捏造して現れた存在ですから、それが不完全に動作してって事だと……」
「ふうん……」
その言葉を聞いて少し考え始めた。
宿題のことはそれで吹っ飛んでしまった。
「一般人も多く住む住んでるのか、君のところは」
神父に簡単に事情を話すと、呆れられてしまった。
「それならばそれだけの傷を見せたまま帰宅というのは問題があろう? ブラック、この人達を頼む、私はハンヴィーの人に」
「はい、わかりました」
神父達以外の頭に疑問符が浮かぶ。
ブラック神父が小さく何事か呟くと、傷が急速に塞がった。
「え?」
「白魔術……それもかなりのものね」
治療系の魔術がそれほど得意でなく、専攻もしていない凛も、この異常なほどの回復には目を剥いた。
「言っておきますが基本的に表面の回復くらいですからね、ある程度の無茶は出来るでしょうけど、それだって完治じゃないんですから。
他の人に気付かれない程度の回復だと言うことは、頭に止めておいてください」
少年はきっちりと釘を刺す事を忘れなかった。
「それにしても、この速度は凄いわね……十分に一線級じゃない」
心から感心していると良く分かる言葉だった。
士郎の銃創がみるみる内に回復していく姿は、かつての回復を思い起こす。
「はは、その分他の系統は使えませんけどね……さ、次は君だ、怪我の方は大丈夫かい?」
「ええ、普通に動く分にはなんとか」
フェイトに微笑みかける少年は、慈愛に満ちていた。
334 名前:隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 四日目・夜:迎えの歌] 投稿日: 2007/02/08(木) 05:31:56
一時間後
「……歌?」
歌声が玄関から聞こえてきた。
「あ、シロウ、おかえりなさい!」
イリヤが気付いて走り寄ってくる。
「良かった、シロウ無事だったのね」
「ああ、大丈夫だ、ありがとう、イリヤ」
抱きつこうとしたイリヤの動きが止まる。
「シロウ……その子はどうしたの?」
見覚えのない少女を指差す。
「ああ、この子はノインって言って……ウチで預かることになったんだ」
「ふぅん」
言われて少女を見るイリヤの目は露骨に細くなる。
見られるノインは士郎の後ろにサッと隠れる。
「……いいわ、シロウの決めたことだから」
そう言って一度くるりと回る。
再び顔を見せたときには笑顔になっていた。
そのまま士郎の手を取る。
「さ、入りましょ? サクラ達も待っているわ」
非日常のままだったことが幸いしたと言えるだろう。
最大のトラブルメーカーが眠りについている今、身の潔白を証明するのにそれほど時間はかからなかった。
何しろ記憶喪失である。
何しろ衛宮士郎である。
彼の性格をよく知る家族なればこそ、反対をすることはなかった。
「……詳しい話は明日にしない?」
「そうですね、先輩達もお疲れのようですし」
「それじゃ桜、ノインを頼めるか?」
「え? はい、先輩がそう言うなら……でも良いんですか? ノインちゃん、先輩の事しか信頼してないように見えるんですが」
見れば、ノインは背中に張り付いておどおどと周囲を見回している。
その明らかな怯えはある程度仕方がないが、諭しておかねばならない。
「ノイン、俺を信頼してくれてるんだったら桜を、みんなを信頼してくれ、怖がったりする必要はないし、みんないい人なんだから」
目を見て諭す。
ノインも目を見てじっとしていたが、
「……うん、士郎がそう言うなら」
決意するように、こくりと頷いて見せた。
「決まりだな、それじゃあ桜、ノインを頼むな」
「はい、頼まれました、おやすみなさい、先輩」
桜が手を差し出さすと、ノインもおずおずと手を伸ばして手を握った。
自室の布団を敷き、ごろりと横になる。
「あ……」
そういえば一度出掛けたし、汗もかなり流した。
風呂にはいるべきだったと思い出すが、一度横になってしまえば睡魔の誘惑に勝つことは出来なかった。
肉体的にも、精神的にも、魔力的にも疲れ切っている。
一度心の手綱が緩んでしまえば、あっさりと捕らえられ、眠りへと落ちて行った。
この流れは恐らく、トラブルメーカーの彼女が居たとしてもそう変わることはないだろう。
そう、ここ数日続く朝のトラブルさえなければ。
I love trouble:朝の目覚めは絶叫によってもたらされた
I love peaceful time:朝の目覚めは心地よい重みによってもたらされた
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最終更新:2007年05月21日 18:14