966 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/17(木) 23:15:53


「士郎―、おねえちゃんもう行くねー」

 土蔵の外から無闇に元気な声が聞こえてきた。
 この声は藤ねえか。
 いつもなら朝食を食べ終えると同時にダッシュで出て行く藤ねえだが、
 今日は朝食が早かったためか少しのんびりと出かけるようだ。
 ……まあ、なんだ。
 藤ねえの「のんびり」は、全速力となんら意味が変わらないのだが。

「もう藤ねえが出かける時間か……悪い、水銀燈。俺ももう行くから」

「ふん、なるべく早く帰ってきなさぁい」

 丁度良く食べ終えた水銀燈が、静かに箸をおきながら釘を刺すが、
 言われるまでも無い。
 今日はアルバイトも入っていないし、
 一成からの頼み事がなければ帰りが遅くなることはないだろう。

「それと……」

 俺が食器を下げようとした瞬間、水銀燈が再び口を開いた。
 ……まだ何かあるのだろうか?
 水銀燈は俺と俺の持つ食器を交互に見比べて、
 一旦口ごもると、そっぽを向きながら小さく言った。

「……ごちそうさま。悪くはなかったわ」

 ……おお。
 三日目にして初めて、水銀燈から食事の感想を聞くことが出来た。
 顔を横に向けながら言っているものの、
 俺は水銀燈の頬が微妙に赤くなっているのを見逃さなかった。
 もちろんそんなことは絶対口には出さないが。

「おう、お気に召したのなら恐悦至極だ。じゃ、食器下げるぞ」

 俺はかなり気分を良くしながら、土蔵の扉を足で蹴り開けたのだった。

967 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/17(木) 23:18:00


 投影食器を処分し、盆を片付けた後。
 玄関まで行ってみると、藤ねえが今まさに家の門をくぐって出かけようとするところだった。

「あ、士郎どこにいたのよ。声かけても返事が無いからちょっと探しちゃったじゃない」

 別に俺の見送りがなければならない、というルールは無いのだが、
 呼んでも返事が無いのは確かに拙かったか。

「すまん、ちょっと立て込んでた。藤ねえはそろそろ出るのか?」

「そうだけど……なんか士郎、やけに嬉しそうね?」

「え? そうか?」

 どうやら水銀燈に食事を褒められたのが予想以上に嬉しかったようだ。
 自分でも知らず知らずのうちに顔が緩んでいたらしい。
 口元を押さえて表情を整えていると、藤ねえが少しだけ不審そうな顔で質問をしてきた。

「そういえばさー、なんとなく聞きそびれてたけど」

 藤ねえが俺を見ながら……いや、この視線は俺の左手を見ている?

「士郎、その指輪どうしたの?」

「え?」

 ハタと気がつく。
 俺の左手の薬指に嵌められているのは薔薇の指輪。
 水銀燈との契約の証であるその指輪は、契約が破棄されない限り外すことができない。
 しまった、コイツのことをなんて言うか考えていなかった……!

「それ、三日くらい前からずっとつけてるよね?」

「あ、ああ。土蔵の中で見つけたんだ。なんか綺麗だったからさ」

 咄嗟に苦し紛れの嘘をつく。
 しかし、と言うかやはり、と言うか、目の前のヒト科トラ目はそれでは納得しなかったらしい。
 獲物に狙いを定めた野生の獣のごとく、俺の周囲を旋回する藤ねえ。

「ふーん、へぇー?」

「なんだよ、その意味深な笑いは」

 にやにやと、嫌な予感のする笑顔を浮かべながら、藤ねえは爆弾を投下した。

「べっつにー?
 ただ、士郎がそんな指輪つけてるの初めてだし。
 案外、桜ちゃんとか遠坂さんあたりからのプレゼントじゃないのかな、と」

「な――」

 一瞬だけ、藤ねえの言葉通りのシチュエーションを想像してしまった。
 いきなり何を言い出すのか、このばか虎はっ。

968 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/17(木) 23:19:47


「ば、馬鹿言うなっ。そんなこと、あるわけないだろ」

 もし本当に桜や遠坂からのプレゼントだったら、恥ずかしくて付けてられるかっ。

「照れちゃってー。あ、それともセイバーちゃんからとか?
 んー、意外と意外じゃないといいますか、ありそうな気もするわよねー」

 誤解、全くの誤解なのだが、他の住人に聞かれたらひどく拙い。

 聞かれる→乱入→更なる勘違い→(中略)→死

 うお、なんだこの理不尽なピタゴラスイッチ……!
 なんとか話を逸らさないと……そうだ!

「ほ、ほら、早くしないと教師の癖に学校遅れるぞっ」

 時計を見れば、時間は既にいつもより少し遅れ気味だった。
 ただでさえギリギリな藤ねえの出勤が更に危険になりつつある。
 これではのんびりどころかロケットタイガーと化しても間に合うかどうか。

「む……、まあいいわ、今回はこれ以上詮索しないであげましょう。
 むふふ、学校終わったらじっくり話し合おうねー!」

 言うや否や、扉の脇に寄せてあったスクーターに飛び乗ると、
 ばひゅんという効果音でも付きそうな勢いで走り去っていく我が家の虎。
 それを半ば呆然と見送りながら、俺は深くため息をついた。

「……はぁ」

 しかし、拙いな。
 このままでは、いつ誰に四六時中指輪を嵌めていることを訊かれるかわかったもんじゃない。
 左手をポケットに突っ込んだり、後ろ手で隠したりでは限界があるだろうし。
 さて、どうする?


α:包帯でも巻いて隠すか?
β:軍手でもはめて隠すか?
γ:いっそ、隠さないでおくか?

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最終更新:2006年09月03日 18:22