246 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/21(月) 01:07:56


「お」
「あ」
「む」
「げ」

 四人四色の驚きの声が上がる。
 階段を下りようとした角で、偶然にも見知った顔と出会ってしまった。
 相手は三人組だったので、先ほどの驚きの声の内訳は俺一つ相手三つである。

「こんにちは、衛宮くん。今から購買に行くのかな?」

 お辞儀しながら尋ねてきたのは、三枝由紀香。
 陸上部のマネージャーで、三人組の良心となごみ担当。
 言うなれば1/3の純情な感情。

「見たところ手持ち無沙汰のようだ。今日は弁当ではなかったと見える」

 腕を組みながら俺を評しているのは、氷室鐘。
 同じく陸上部の、こちらは選手であり高飛びのエース。
 歳に見合わぬそのクールな思慮深さと洞察力から、教室の長老の異名を持つ。

「ふーん。てことは、今日は生徒会長と一緒じゃないわけね。
 なにかい? 腰巾着はもう卒業したのかい?」

 腰に手を当ててこちらを半眼で見ているのは、蒔寺楓。
 これまた陸上部のスプリンター。
 自称だか通称だかわからないが、『冬木の黒豹』と呼ばれる、らしい。
 ……個人的には冬木の動物シリーズはもう打ち止めにして欲しいのだが。

「別に一成の腰巾着になった憶えはない。今日は単純に弁当を作る時間がなかっただけだ」

 手をひらひら振って、無手であることをアピールする。
 蒔寺の問いにだけ答えたような形になったが、一応三人全員に対しての返答である。

「そっちは……あれ、そっちも購買なのか?」

 少々意外だった。
 三人の向かう方向を見る限り、どうやら行き先が同じだったようだ。
 少なくとも三枝は、遠坂に弁当を渡していた光景を見たことがあるから、弁当持参派だと思っていたのだが……?

「あ、うん。お昼ごはんを買いに行くところ」

「蒔の買い足しと……あと、私もそちらと同じようなものだ」

 なるほど。
 どうやら蒔寺は弁当を用意してきたものの、それを昼休みになる前に食い尽くしてしまったらしい。
 氷室は弁当を持参しなかったクチらしいが……三枝はその付き添いか。
 そこで唐突に、三枝がぽん、と手を叩いて提案してきた。

「あ、そうだ。良かったら、衛宮くん、私のお弁当食べる?」」

「は? いや、流石に女の子のお弁当を強奪するような真似は」

「ううん、実は、遠坂さんにって思って作ってきたんだけど、断られちゃって……」

 ちょっと残念そうにうなだれる三枝。
 毎度毎度、遠坂をお昼に誘っているという三枝だが、そうか、今日も断られていたのか。
 遠坂の奴、さてはまた屋上かどこかでなにか企んでるんじゃあるまいな?

「だからね、一人分お弁当が余っちゃってるの。だから……」

「ちょっと待ったー! なんでぽっと出の衛宮に由紀っちの弁当を差し出さなきゃならんのさ!
 それはアタシの大切な栄養源だってーの!」

 そこで間に割って入ってきたのは、冬木の黒豹こと蒔寺楓。
 なにやら珍妙な姿勢で構えを取って威嚇してきている。
 蒔寺……早弁だけでは飽き足らず、購買と三枝の弁当でグランドスラムでも狙う気なのか。

247 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/21(月) 01:09:29


「……それでか、蒔の字が先ほど遠坂嬢にけん制を仕掛けていたのは」

 そしてそれを横から呆れたように見ている氷室。
 恐らく蒔寺は縄張りを主張する犬のように唸りを上げていたのだろう。
 もっともそれが遠坂に影響を及ぼしたのかは図りかねるが。

「飢えた獣は山に帰れ! むしろ……ん? 待てよ?」

 と、そこで今まで俺を睨んでいた冬木の黒豹が、いいことを思いついたかのように口元をニヤリと歪ませた。

「そうだ、衛宮。せっかくだからさ、アンタ、私たちの代わりにひとっ走り購買まで行ってきてくれない?」

 それは端的に言ってパシれってことか、蒔寺。
 確かに、今頃は混雑しているであろう購買に四人連れで行くよりは効率はいいだろうが。

「ええー、そんなの、衛宮くんに悪いよ蒔ちゃん」

 眉を八の字にして抗議する三枝だが、蒔寺はどこ吹く風だ。

「いーじゃん、行ってきてくれたらアレだぞ、特別に私たちと一緒に昼飯を食べる栄誉を与えて遣わすぞ?」

 それは果たしてパシリの代償として妥当なのか。
 どうも、三枝のほうの提案に乗れば無償で手に入りそうなんだが。
 俺が答える前に、隣から氷室が蒔寺に釘を刺す。

「蒔の字、いくら衛宮が便利屋だからと言っても女性の使い走りに使われるのは気の毒だろう。
 それに、自分で走ろうとしないのでは君のアイデンティティーに関わるのではないか?」

「ぬ? よくわからんがなんだそのアイアンティーというのは? ゴルフ用品か?」

 しかしぬかには釘は刺さらないのだった。
 この場合のぬかが何の例えなのかは、本人の名誉の為に伏せておくことにする。

「ええとお、たしか存在意義、だったよね?」

「……ようするに飛べない豚はただの豚だということだ、冬木の黒豹」

 氷室の解説も聞いたのか聞かないのか。
 蒔寺はうんうんと頷くと俺に人差し指を突きつけて構えを取る。

「なるほど! つまり便利じゃない衛宮はただの衛宮ってことだな!
 そーいうわけだから心置きなく使い走られなよ衛宮!
 みんなは一人の為に、一人はみんなの為にって言うだろ!」

「いや、間違ってはいないが、致命的に間違った用法だぞ、それ」

 あとただの衛宮ってなんだ。

「……どうするんだ衛宮?
 なんなら使い走るのは蒔の分だけでもいいぞ。
 私は一緒に買いに行っても構わんからな」

 自分の荷物は自分で持つ、と氷室が進言してくれている。
 ここは――。


α:三枝の弁当をいただくことにしよう。
β:蒔寺の言うとおりにパシリをしよう。
γ:氷室と二人で購買にいくことにしよう。

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最終更新:2006年09月03日 18:26