414 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/25(金) 00:34:45


 ここは氷室についてきてもらおう。
 三人分の昼飯を抱えて持つのは大変そうだし。
 ……それでも、俺と蒔寺の分だけで結構な量になりそうな気はするが。

「わかった、蒔寺の分は買ってきてやる。氷室、すまないが付き合ってくれるか」

「ああ、承知した」

 俺の言葉に、氷室はすんなりと頷いてくれた。
 だが、それに不満そうな声を上げた女が一人。

「……またあっさり引き受けるね衛宮。
 もうちっと引っ張ってくれないとこっちも拍子抜けなんだが」

「ごねても仕方ないだろ。それに、昼休みだっていつまでも続くわけじゃないんだ」

 そうこうしている間にも時間は過ぎているのだ。
 タイムイズマネー。
 蒔寺と連れ立っていくよりも、こっちのほうが効率がいいだろう、というのも理由の一つだ。

「へぇ、じゃあなんで氷室だけ連れて行くんだこのムッツリスケベ!
 氷室もついでなんだから、こいつに頼めばいーじゃんかぁ!」

「誰がムッツリスケベだ、誰が」

 こいつ、と言いながら俺を指差す蒔寺。
 鼻先に突きつけられたその指を思わず右手でそらしてやる。
 対する氷室はわずかに目を細めてため息を吐く。

「あいにく、私は君ほど豪儀な性質を持ち合わせてはいないのでな」

「なにをぅ? この穂群原の乙女に向かって豪儀とは何事かぁ!?
 大体ね、あたしが豪儀なんじゃなくて衛宮が働き蜂性質なだけだろ。
 こいつは働かないとストレスが溜まるワーカーホリック症候群だからね」

「え、衛宮くん病気だったの!?」

 人を勝手に現代病患者に仕立て上げないでいただきたい。
 しかし、このままだと話が進まないので、仕方なく流すことにする。

「三枝さん、アレは悪質な冗談の類なのであまり真に受けないように。
 それより蒔寺。注文はなんだ?」

「あ、アタシ焼きそばパンとサラダサンドとコロッケパンとチョココロネ、
 飲み物はレモンティーでよろしくー!」

 一転して、矢継ぎ早に品名をまくし立てる蒔寺。
 こいつ、持参した弁当を平らげた上にまだそんなに食うというのかっ。

「……いいけど。代金は後でちゃんと払えよ、蒔寺」

「では行こうか、衛宮。そろそろ購買戦線も佳境だろう」

 注文を頭の中で復唱していると、氷室が先に階段へ向かっていた。
 確かに、時間はそろそろ昼休みに入ってから十分を過ぎようとしている。

「じゃ、じゃあわたしたちは先に教室に戻ってるね」

「360秒以内に戻って来いよー!」

 という二人の声を背中に受けながら、俺は氷室とともに購買へ向かった。

415 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/25(金) 00:38:32


 購買はごった返す生徒の人だかりで、一種の祭と化していた。
 並ぶ生徒たちの最前列では、殺到する注文の応対にかかりっきりのおばちゃんたちの姿が見える。
 俺たちはなんとかその中に入り込み、順番待ちをしている最中だった。

「ところで……氷室って昼は購買派だったのか?」

 待っている間、ふと気になったことを後ろに居る氷室に訪ねてみた。
 彼女ら三人組とは、蒔寺が備品の修理を押し付けたりされたので、それなりに見知った関係だが、氷室が昼食に購買を利用していた、というのは初耳だった。

「いや、基本的には弁当を持参している」

 俺の背中越しに、氷室はしれっと答えた。

「今日はたまたま……いや、ここ数日はたまたま、持ってこられなかっただけだ」

 わざわざ言い直す氷室。
 その言い方に……少し、違和感を覚えた。

「ここんとこ弁当なしって……なんかあったのか?」

「衛宮が気にするようなことではないさ。それより……とっ」

 氷室が何か言いかけたと同時に、不意に後ろから押されたのか、氷室の身体が前方によろめいた。
 ちなみに、氷室の前に立っているのは言うまでもなく俺である。

「おっ……」

 反射的に身体を捻って氷室の身体を支えようとする。
 ……ところで。
 至近距離で、更にこちらへよろめいてきた氷室を、俺が腕で支えるとどういうことになるだろうか。

「……あ」

「……う」

 答え。
 丁度俺の腕の中に、氷室がすっぽりと納まってしまったのだった。
 お互いに一文字だけ声を出した後、何故か沈黙してしまう俺と氷室。
 先に口を開いたのは、俺のほうだった。

「えっと、その、だ、大丈夫か氷室」

「…………ああ、問題ない。すまないな、衛宮」

「いや、俺のほうこそ……」

 支えるつもりが、こんな体勢になってしまって申し訳ないというか。
 女の子をこういう風にしているのはひどく恥ずかしいものがある。
 しかし……こうして密着してみて判ったが、氷室の身体は小さかった。
 いや、背の高さで言えば蒔寺、氷室、三枝の順で高いのだろうが、氷室の身長は最近身長が伸び始めた俺よりも、頭半分ほど低い。
 加えて俺が両手で支えている氷室の背中と二の腕は、適度な筋肉と女の子らしい柔らかさを兼ね揃えていて実に……。

「衛宮、その……前、列が開いているぞ」

「え?」

 氷室の声で、我に返った。
 見れば、俺の列の前の生徒は既に注文を済ませ、次は俺の番になろうとしていた。
 更に言えば俺は未だに氷室を支えたままであって、つまり氷室IN俺の腕。

「あ、す、すまん氷室っ!」

 慌てて氷室から身体を離す。
 氷室はそのまま、一人でしっかりと立って…………あれ?

「……気にしないでいい。あれは不可抗力だろう。
 それより、早く注文を済ませてしまえ」

「あ、ああ。……すいません、えーと、焼きそばパンとカツサンドと……」

 蒔寺の分のパンを注文しながら、俺の頭の中は別のことで動転していた。
 ……先ほど身体を離すとき、ちらりと見えた氷室の左手。
 その指先に、薔薇の指輪が鈍く光っていたのだから。


α:放課後、氷室にもう一度会ってみよう。
β:水銀燈との約束のため、まっすぐ帰る。

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最終更新:2006年09月03日 18:28