379 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage五日目・昼:岸部露伴の追跡] 投稿日: 2007/04/19(木) 04:07:57

周知のことではあるが、岸部露伴はリアリティというものを非常に大事にする。
それは名のある登場人物だけでなく、モブキャラに至るまで彼がかつて体験した人物達を背景に持っている。
彼にとっての警察官とは、一年ほど前に取材したある巡査長のものが最も強烈だ。
数話に渡って数コマ出てくるだけの作品上では名前のない警察官だったが、主人公が事件の根幹へ向かうための手掛かりとなる人物だったこともあり、実際に事件現場の取材に行くなど入念に取材をしたのだ。
それだけではなく、警察官個人だけではリアリティが足りないと考えて管区警察局内の装備や事件対応能力の過多などまで調べ上げ、素晴らしいリアリティを生み、一部にカルト的なファンが生まれるほどであった。

その事について他人がどう考えているにせよ、それ程の取材したという事実を、その内容を忘れるはずはない。
故にその警察官の異常は即座に目に付いた。
警官が防弾盾も含めて銃器で武装している。
何らかの重大事件が起きていれば、そして彼が銃器対策部隊、詰まるところの機動隊であればそれも有り得たろう。
だがこの場で起こっていた事件は既に終わっている。
それに服装は一般警官のものだ。
それがあんな武装をしているとすれば、まだ事件が終わっていないか、何らかの事情があるか。
「……どっちにしろ興味が湧くじゃないか」
視線に気付いたのか、一度だけ睨み付けて立ち去っていく。
だがその程度のことで怯む岸部露伴ではない。
立ち去っていく警察官を堂々と追跡する。
まるで自分にありとあらゆるネタを提供するのが当然であるかのような――事実そう考えているのだが――立ち振る舞いは追跡している者のそれではない。
その堂々とした追跡の中で、露伴は僅かに違和感を覚えた。
「元々人通りの少ない場所だが……人が一人も居ないのはどういうわけだ?」
ちらりと通りのコンビニを見れば、人は居るらしい。
だが買い物を終えたばかりの男性も店から出てくる気配も無く店の中を彷徨いている。
その事を訝しみながらも追跡を続行する。
向こうも気付いているのだろうが、余りにも堂々としすぎたその行動に戸惑っているようにも見える。
「街中では邪魔が入るかも知れないが、『読ませて』貰うよ……じっくりとね」
追跡を初めて何度目か、含み笑いを漏らす。
その笑みは彼を知る者ですら見たことが無いほどの凄まじい笑み。
良いネタを収拾した帰りに更に良いネタに巡り会えるかも知れないという歓喜は、岸部露伴にとってこれ以上ない程の喜びである。


で、あるが故に。
既に罠に絡め取られているなんてことを考えもしない。

警官が消えた建物の入り口。
それを確認してから建物の全体を見渡す。
「ここは……肉工場か」
その建物は岸部露伴にも見覚えがある。
以前取材した精肉工場は既に草が生い茂る廃墟と化し、人を寄せ付けぬ魔窟と化している。
「倒産の原因はBSE<<狂牛病>>の影響だったかな……美味かったが」
取材したときのことはともかく、それ以後のことは知りはしない。
ともかく、ここに入ったことは間違いないはずだ。

錆びが付いたドアは先程開けられたとは思えないほど重い物だったが、気にせず開けると、中の様子が詳らかに見えた。
大量の残骸。
打ち捨てられた荷物、そして不良の溜まり場だったのか、薬物の臭いと壁に残された大量の落書きを視認する。
奥へと進むと、異音と共にドアが閉まり、視界が急速に狭まる。
天窓と、トタン屋根や壁に開いた穴から差し込む僅かな光だけの世界。
「辛気くさい所だな……だがますますネタになりそうだ」
こんな所に好きこのんで来る輩など居るはずがない。
あるとすれば、何らかの違法行為という事になるだろう。
警察の不祥事などネタにはならないかも知れないが、そこに至る心理などは十分にネタになるだろう。

積もった埃に残された多数の、とはいえ恐らく一人の足跡。
幾度となくここを歩いたのだろう、僅かな光の中でもはっきりと見える。
「ここか……確か屠殺場だったな」
思い出したのは屠殺の瞬間をスケッチした記憶があった為だ。
マンガのシーンで描いたらここだけは止めてくれと吐きそうになっていた編集者に止められた事も思い出す。
おかげでその週の他のシーンはあっさりと通ったものだ。

思い出に浸るのを終え扉を開ける。


潜む闇:そこは死体置き場だった
歪んだ正義:そこには銃口を向けた警官が立っていた

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最終更新:2007年05月21日 20:25