600 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/27(日) 01:50:59


 氷室を俺の家に招待してみよう。

「……レアだなぁ」

 放課後、部活動の終了時刻を迎えたグラウンド。
 その片隅、まだ開かれたままの校門にもたれかかりながら、俺は今更自分の選択に首を捻っていた。
 陸上部の連中は、ついさっきグラウンドから引き上げていった。
 トラック・アンド・フィールドのうち、トラック組のほうは、なにやら死ぬほど活発な上級生に追い掛け回されていたが……まあいつものことだろう。
 恐らく今頃ミーティングを、例の上級生あたりを中心に行なっているに違いない。

「俺の家に、氷室が、か……」

 ちょっとだけ想像してみる。
 武家屋敷の玄関をくぐり、板張りの廊下を抜けると、居間には正座して茶をすする氷室の姿。
 客の姿を認めた氷室は、湯飲みを静かに卓に置き、

『おや、ようこそいらした。
 たいしたもてなしも出来ないが、まあ掛けてくれたまえ』

「……すげえ、俺よりはまり役だ」

 想像の中の氷室は俺の家の風格に見事に適応していた。
 道場で瞑目するセイバーとはまた違った、自然体での日本家屋との融合とでも言おうか。
 現家主としては、甚だ複雑ではあるが。

「……いや待て。絵になるかどうかはこの際問題じゃなくて」

 問題なのは人目につくか、ということだったはずだ。
 確かに、俺の家ならば他人の目を気にすることはない。
 なにしろ俺の家なのだから、他人など呼び込まなければ入ってくる道理は無い。
 問題は他人ではない、住人が割と多く滞在している点。
 部活動が終わった時間だと、桜や遠坂も家にいる可能性がある。
 さらにはライダーやセイバーもいる時間帯なので、正直人目につかないとは言いがたい。

 しかし、考えようによっては俺の家はこれ以上ないほど安全であるとも言える。
 特に、神秘の隠匿という点から見ればこれ以上最適な場所も少ないだろう。
 なにしろ十人が100%神秘関係者、中には神秘そのものも一緒になって飯を食っているのだから。

 だがなんだ、この不安とも疑念ともつかないもやもやした感覚は。
 知らないうちに平均台から足を踏み外しているような、バランスの崩壊。
 俺は、何かとても大切なことを、気付かずにいる……?

「衛宮、待たせたか?」

 俺の懸念は、背後から飛んできた氷室の声にかき消された。
 見れば、教室で着替えてきたらしい、制服姿の氷室がこちらへ歩いてくるところだった。

「いや、そうでもない。こっちも一成の頼まれごとを今さっき終わらせたところだ」

 頭の霧を振り払って、改めて氷室と相対する。
 氷室は相変わらずのポーカーフェイスだが、先ほどまでの運動のためか、心持ち顔が紅潮しているように見えた。

「そうか。それで、話というのはどこで聞けばいい?」

「それなんだが……」

 俺は一旦言葉を切ると、学校の敷地と公用道路の境目に立った。
 ええい、こうなったら真正面からぶつかっていけ。

「場所は俺の家、でどうだろう」

601 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/08/27(日) 01:52:16


 言った。
 言ってしまった。
 言ってから、なんで教室とかじゃなくてわざわざ俺の家で? などと今更ながら面食らった。

「な、に……!?」

 だが、氷室の面食らいの度合いは、俺のそれをはるかに上回っていた。
 わずかに紅潮していた顔は更に赤く、動じることの無い表情は面白いほど驚きに歪む。
 恐らく氷室のこんな表情を見たのはこの学校では俺が三人目くらいではなかろうか。
 そのくらい、氷室の驚き顔はレアなのだった。
 ちなみに言うまでもなく、一人目と二人目は彼女の親友の二人である。

「え、っと、どうかしたか、氷室?」

 初めてみる狼狽にかなり驚きながら、俺は氷室の様子を窺う。

「……衛宮はこれほど早く決断を踏み切る男だったのか……
 いや、それとも最初からそのつもりでいたのか……?
 これでは、まるで……」

 氷室は俺から視線をそらせながら、何事かぶつぶつと独り言を呟いていたが、
 あいにく俺には何のことだかさっぱり判らない。

「おーい、氷室ー?」

「え、あ、ん!?」

 俺が目の前で少し大きめの声で呼びかけてみると、氷室はギクシャクと再起動した。

「だからさ、話し合いは俺の家でいいかって。いい緑茶と茶請けくらいは振舞うぞ」

「……う、うむ、そうだな、わかった。
 こうなれば、私も覚悟を決めよう。
 で、では行こうか」

「……?
 よくわからないが、まあいいか」

 再三首を捻りながら、家への帰り路を歩き出す。
 やはりギクシャクとしたまま、氷室は俺の斜め後ろをついてくる。

 ……。

 その姿を見ながら、俺は先ほどのもやが再び頭をもたげるのを感知した。
 なんだ?
 この感覚は氷室と関係しているのか?
 いや、氷室を家に誘おうと考えた時から、このもやが芽生えたのだから、当然と言えば当然だろう。
 では、一体このもやはなんなのだろうか。

 氷室。
 俺の家。
 薔薇の指輪。
 水銀燈。


 俺の中に生まれた懸念、それは――。


α:俺の目的が薔薇の指輪だと、氷室は気付いているんじゃないか?
β:氷室と水銀燈が出会ったら、何かとんでもないことになるんじゃないか?
γ:良く考えたら女の子を自分の家に連れ込むって大変なことじゃないか?

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最終更新:2006年09月03日 18:35