545 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 五日目・昼:桐原直樹] 投稿日: 2007/05/08(火) 04:58:07

家が崩れ落ちた瞬間を覚えていた。
あの瞬間の、優しく力強い手の平の感触を今も覚えていた。

本当はあの時『自分』も死ぬはずだったのだ。
崩れ落ちた瓦礫に挟まれた『桐お姉ちゃん』の姿は、忘れることなど出来るはずがない。
家の残骸に火が付いているのに助けられなくて、泣きじゃくっていた自分の頭を、唯一自由な右手で軽く撫でてくれたあの感触が忘れられない。
「ねえナオちゃん、大きくなったら何になりたい?」
ナオちゃんと呼ばれるのは好きじゃなかったけど、あんな中でそんなことを言って微笑んでくれたその姿は目に焼き付いている。
「正義の味方に、なりたい、桐お姉ちゃんを、助けられるような、正義の味方に……なりたいよ」
泣き続けていたけれど、不思議とちゃんと言えた。
「うん、それじゃあ頑張らないとね、ナオちゃん」
頭を撫でていた手が離れる。
「それじゃあ、正義の味方、警察のお兄ちゃん達を呼んでこられる?」
「うん、うん……うん……」
まるで機械のように何度も何度も頭を縦に振り続ける。
「それじゃあ……よーいどん、だよ?」
それでも、最初の一歩を踏み出せなかった。
火が近くまで来ていて、熱かったけれど、それでもお姉ちゃんの近くを離れられなかった。
「ほら、よーい、どんっ……」
笑顔で、優しく胸を押されて一歩を踏み出し、あとのことは余り覚えていない。
ただひたすらに全力で走り続け、そこで記憶は途切れていた。

気付けば病院のベッドに寝転がっていた。
そして、止めようもなく涙が再び溢れてきた。
二度と会えないんだと、子供心に分かったのだと気付いたのは、『桐原のおじちゃん』達が病室を尋ねてきたのと同じ頃だった。


――桐原直樹は旧姓を佐藤と言い、12年前肉親達を失うまで佐藤姓を名乗っていた。
そしてその後努力し、高校卒業後S市で警察官となった。
元より出世欲はなく、街を守る正義の味方の一人として生きていこうと決めたのだ。

そして、この数週間S市で頻発する様々な事件を警察官として、休暇の内は市民として追う内に、偶然見かけてしまったのだ。
英霊同志の戦い、聖杯戦争を。
目撃した戦いはすぐに終わってしまった。
「魔法使いシャルロット・ジャルディノの名を覚えて逝きなさい、魔術師」
戦い二人の後ろで微笑む女性の声はぞわりとするほど蠱惑的で。
気付かれた、と思ったときには既に切り裂かれていた。
「あらあら、お気の毒ですこと、でも光栄に思いなさい、魔術師でもないただの人間の分際で偉大なる魔法使いの姿を見られたのだから」
そう言いながら去っていく女の背中に、無性に怒りを覚えた。
あの女がこの事件の重要参考人だと、勘が告げている。
だがそれでも身体は動かなくて、余りの無念さで、残る力を振り絞るように歯噛みする。
思い出すのはこれまでの人生のこと。
無力故に失ってしまった、格闘家でもあった『お姉ちゃん』の言っていた『力なき正義は無力なり、正義無き力は暴力なり』と言う言葉を強く思う。
そして「力が欲しい、死にたくない」と心の底から思った時。

目の前に男が立っていることに気付いた。

546 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM [sage 五日目・昼:セイギノヒーロー] 投稿日: 2007/05/08(火) 04:59:41

気付けば『彼』は英雄になっていた。
ただ熱心に職務に励んだだけだった彼は、気付けば『そこ』に佇んでいたのだ。
彼には名前がなかった。
正確には英霊としての彼は、名前を失っていたのだ。
名前を伏せたまま全世界に伝播した『彼』の英雄としての功績は、神代の英霊とはほど遠く、余りにも小さすぎた。
雪の降る一月、『防衛隊』が国会議事堂を占拠し、国家転覆を目的としての12箇条要求を突きつけた。
それに対し東京警察本部は強襲部隊を派遣するものの、相手は国家防衛を担うべき部隊であり、大損害は避けられなかった。。
だが彼は単独で突入し、議事堂を占拠した防衛隊を殲滅し、のみならずクーデターの首謀者を追い詰め、ついには撃破さえしてしまった。
この功績だけであれば、もしくは顔や名前がメディアに露出していれば、そうなることはなかっただろう。
だが彼自身はそれを否定した、英雄として担がれる事を拒否したかったが故に、警察の報道官を通じて以下の声明を発した。
「私自身は他の同僚と比し、運が良かったのみであり、警官としての職務を果たしたに過ぎません。
 故にその功績をして称えられるべきは個人ではなく、組織であるはずです」
皮肉なことに、その声明は全世界に向けて放送され、『彼』を部隊の総意として祭り上げる結果となった。
故に彼に名前はない。
元より特殊部隊は突入時には犯人を殺害することが前提であった事もあり、人を殺すという『職務』に躊躇はあまりなかった。
ただ一人の守護者として世界に仕え、その職務に励む内に、その胸の内に新たな思いが生まれていった。
『名前が欲しい』と。
皮肉なことだが、名前を出すことを良しとしなかった彼は、どうしようもなく名前を欲しがるようになっていたのだ。

故に、この召還に応じた。


だが、目の前で倒れている男は、恐らく手遅れだと理解した。
少なくとも、機材もないこの状況で自分一人では救えないと理解した。
そして、この男がマスターだということも理解した。

故に申し出た。
「霊体である私と融合することでお前は生きながらえる、しかし、お前はお前でなくなるかも知れない」と。
それに対して桐原は条件付きで受け入れた。
「暗躍している奴ら……魔術師を捕まえるか、倒せるならばそれでも良い」と。

そうして二人の願いは、少しだけ歪んだ形で成就された。
名も無き英霊は桐原直樹という名前を得、桐原は魔術師に対抗する力を手に入れたのだ。

そして彼は幾人もの魔術師達と戦い抜き、そして今日敗れた。
だが彼に後悔はない。
『自分はもうこれ以上戦えはしないが、正義を貫く誰かがこの意志を継いでくれる』と信じて、満足げに逝ったのだ。



「――そう、だったんですか」
ヘブンズ・ドアーで破り取った『彼<<ページ>>』の話を、クロノ・ハラオウンは聞いていた。
内容を語る岸部露伴の顔も、良いネタを手に入れられたという喜びよりも、やりきれなさが浮かんでいた。
クロノはふらつきながらも、最早倒れて動かない彼の手を取る。
「貴方も、守られるべき人だったのですね」
無念さの余り、顔を伏せることしか出来ない。
もしかしたら、多くの人の良き隣人になれたかもしれない彼のことを思いを馳せれば、その心中はやりきれない思いで一杯になる。
「……人の巡り合わせも運命だ、って事さ……彼の死は運命で、彼はそれを乗り越えることは出来なかった」
クロノの肩に片手を乗せ、露伴が呟く。
「だが彼の人生は、僕が蘇らせる、作品上でね……僕にはその位しかできないからな」
「……そうですね」
その背中にマスターの接近を感じ、両手を胸元に開けると、クロノは立ち上がった。

そこに後悔はない。
彼のような悲劇をこれ以上生み出さないためにも、彼のことを心に刻んで、一度目を閉じ黙祷した。


かくしてS市における昼間の戦いは幕を閉じる。
時間を戻し、冬木市衛宮邸では


だだ甘空間:台所にて甘い匂いが漂っていた
木刀鍛錬:道場にてセイバーが型の鍛錬をしていた
切嗣の残した種に関して:居間にて一成が眉間を押さえて動きを止めていた

投票結果


だだ甘空間:1
木刀鍛錬:1
切嗣の残した種に関して:5 決定

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最終更新:2007年07月25日 17:51