532 名前: 安全 空間 ◆XksB4AwhxU 投稿日: 2007/07/10(火) 21:28:09


 ぼんやりとした視界が、開けていく。目の前に見えるのは、遠くまで続くビル街と、薄いガラスに映りこんだ、冴えない自分の顔だけ。

(――あれ?)

 何かがおかしい気がして、首をひねってみた。目の前のガラス越しの自分も、同じように首をひねった。どうやらここは、オフィスの休憩フロアのようだ。

(そうか。だからか)

 そうだ。自分は、こんなところにいてはいけない。ここは自分の場所じゃない。帰らなきゃ。返らなきゃ。還らなきゃ。
 ゆっくりと立ち上がって、目の前のガラスに近づく。ゆっくりと手をかざし、触れる。当然のようにその手は通り抜ける。そのまま歩を進め、手首・肘・肩と、順々にガラスを通り抜けていく。やがて体が全て通り抜けて、空に立ったところで、ふと我に返る。

(待て待て。普通の人間が、ガラスを通り抜けたり、空に立つことなんてできないじゃないか!!)

 刹那。

「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 支えをなくしたように――最初から、そんなものなかったのだが――、自分の体が落下していく。確か、自分がいたフロアは11階。とてもではないが、落ちて助かるとは思えない!
 ――地面に激突する。ぐしゃり、と果実がつぶれるような音が響く。頭蓋は割れ、脳しょうは飛び散り、全関節は歪にひしゃげ、臓腑はぶち撒けられる。
 そんな未来がよぎり、魂が恐怖する。

(そんな……いやだ、嫌だ、嫌だいやだ嫌だ!!!)

 ――ナラバ、望メ。

(な!?)

 自分の思考に割り込んできた、出所不明の声。それは尊大で、傲慢で、甘美な声だった。

(助けてくれる……のか?)

 ――否。助ケルノデハナク、助カルノダ。望メ。

 どういうことだ? 訳が分からない。一体なんだって言うんだ!?

 ――望メ。

(だから、何をだよ!!?)

 ――望メ。

(何を!!??)

 ――望メ。
 ――望メ。
 ――望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。望メ。

「う、うるさ……!」

 うるさい、と言おうとして、気付いた。

 地面が、
 あと、
 十数
 メートル
 の
 と
 こ
 ろ
 まで……。

 ソレを視認した瞬間、『望んだ』――。





垂直走行:壁を駈け下り、無事着地。
壁面接地:壁に張りつき、落下阻止。
空中遊泳:空を飛び、事なきを得る。

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最終更新:2007年07月14日 02:02