306 名前: はじめてのさーう゛ぁんと [三日目:早朝] 投稿日: 2007/08/14(火) 20:53:20
cherry tree:早起きは三文の得。早朝に目が覚めた。
○
「兄さん? 兄さん!」
俺は少しばかり見覚えのある洋館の中を、彷徨っていた。
(……これは、夢か?)
意識ははっきりしている。指先一つ自由にならない。なのに見える風景はどんどん後ろへ流れていく。
ならばこれは夢。過去の追体験。
「どこにいるの? 兄さん」
いつも書き物をしている兄さんの部屋も見た。いつも本を読んでいるテラスも見た。いつも紅茶を飲んでいるキッチンも見た。
あと行っていないところといえば……。
「……地下?」
地下には近づいちゃいけないよ、と言われていた。大好きな兄さんの言葉は、守りたかった。
だけどそこ以外に、兄さんが行きそうなところはない。
「…………」
地下へと続くドアの前。少しだけ迷ってから、そのドアノブに手をかけて、
「何をしている?」
背中からの声に、飛び上がる。だけど、この声は知っている。ずっと探していた人の声。
振り返って、満面の笑みでその人の名前を呼んだ。
「■■兄さん――!」
○
「……んぁ?」
俺はソファから起き上がり、頭をぽりぽりと掻いた。
「何だ? 今の夢」
見覚えのないような、ひどく懐かしいような、良く分からない光景だった気がする。
しかし意識の覚醒に比例して、砂が零れ落ちるように夢の内容が薄れていく。
腕を組んで唸《うな》ってみるも、答えなど出てこない。まあいっか、と思考を放棄して立ち上がる。ついでに凝り固まった関節を伸ばす。
ばきばきばき。
あー気持ち良い。欠伸《あくび》混じりに他の部位も動かしていると、耳が妙な音を捕らえた。
とんとんとんとんとん……。
リズム良く何かを叩くような音だ。
興味をひかれて、その音の出所へと向かった。
とんとんとんとんとん……。
何となく予想はしていたが、そこはキッチンで、女性が料理をしていた。
背を向けているので、女性の紫色の長い髪と、黒のプリーツスカートしか見えないが、おそらくその顔は美人であろうことが……。
……『紫色の長い髪』?
「ら、ライダーさん?」
とんと……。
包丁がまな板を叩く音が止み、ライダーさんが振り返る。
「兄さん? ……じゃ、ない?」
違った。ライダーさんではなかった。と言うか、ライダーさんの髪はもっと濃い紫色で、長さも床に着かんばかりじゃなかったか。
目の前の女性は確かに紫色の長い髪だが、色が少し淡く、長さも背中の半分ぐらいまでしかなかった。
「えっと……どちら様ですか?」
全く、女を見間違えるなんてひどいじゃないか、乾 有彦。ここは一つ、無礼を詫びなければ。
俺は女性の手、包丁を握っていない左手を掴み、
「――俺のために、毎朝味噌汁を作ってくれないか」
求婚《プロポーズ》した。
「……? あの、今作っているのはコーンポタージュ何ですけど……味噌汁も作りますか?」
通じなかった。
「いや、良い。忘れてくれ。それよりも、俺は君の名前が聞きたい」
「は、はい。私は間桐 桜です。……ところで、貴方は誰ですか?」
「ああ、俺はアーリヒ――」
いつも通り偽名を名乗ろうとして、ふと思い止まる。味噌汁ネタまで振っといて、今更、外人気取り?
「むむむ……」
『アーチャー』といったところで、「じゃあ本名は何ですか?」と言う流れになるだろうし、かと言って真名を教えるのはまずい。俺の名前は、裏の世界ではかなり有名になってしまったから。かなり不本意なことに。
307 名前: はじめてのさーう゛ぁんと ◆XksB4AwhxU [三日目:早朝] 投稿日: 2007/08/14(火) 20:54:09
「ん? 待てよ? なあ桜ちゃん。慎二って知ってるか?」
「え? 間桐 慎二ですか? 私の兄ですけど」
魔術の家は、基本的には一子相伝。で、俺のマスターがクソガキであることを考えれば、魔術を受け継いだのはクソガキだろう。と言うことは、桜ちゃんは魔術とは無関係。つまり、俺の名前を知ったところで、問題はないはずだ。何せ、俺は『裏の世界で』英雄になった人間だからな。滅茶苦茶不本意なことに。
「そっか、なら良いんだ。
俺は乾 有彦。慎二の友達《ダチ》で、訳あって泊めさせてもらってるんだ」
「あ……兄さんのお客さん、だったんですね。ごめんなさい、泥棒さんかと思って包丁から手が放せなかったです」
「いや、謝らなくていい。俺が悪かったんだからって言うか持ちっぱなしの包丁はそのためだったんだ!?」
「はい♪ こう、さくっと」
桜ちゃん……恐ろしい子!!
「で、乾さんは、朝御飯は済ませましたか?」
「いや、まだだけど……ああ、気ぃ使わなくてもいいぜ。二、三日は食べなくても大丈夫だから」
と言うか、サーヴァントには普通の食事は意味がない。だからこそ、クソガキは夜な夜な俺とライダーさんを連れ出しては、人を襲わせているわけなのだが。
しかし、桜ちゃんには勿論分からない話で。
「――そんなのダメです!!」
「え?」
「良いですか? 食事と言うのはですね、ただの生命維持のためじゃないんです。皆で食卓を囲んで、美味しく食べる。ここに意味があるわけなんです。作った人は美味しく食べてもらえて嬉しい、作ってもらった人は美味しいものを食べさせてもらって嬉しい、とこういう幸せの循環が一番大事なことなんです!!」
「怖い怖い怖い怖い怖い! 包丁持って近づいてこないで!」
「分かってもらえましたか、乾さん!!!!」
「分かりましたー! 分かりましたから包丁どけてぇえええぇぇぇえぇ!!」
俺が叫ぶと、桜ちゃんはようやく詰め寄ってくるのを止める。
「分かってもらえて嬉しいです。あ、もうすぐ出来ますから、テーブルで待っていてください♪」
「お、おう……」
……勢いに乗せられてしまった。
仕方なくテーブルについて、朝食が出来るのを待ってみる。
しばらく待って出てきたものは、トースト、コーンポタージュ、サラダ、目玉焼きにベーコンといったごく一般的な洋風の朝食だった。
「さあ、どうぞ」
「ああ……いただきます」
スプーンで一口、ポタージュをすくって食べる。
「……うまい」
その途端、口の中にコーンの甘さが広がり、バターの芳醇な匂いが鼻から抜けていった。
トーストは霧吹きで水滴をつけ、火元から離して焼き。サラダのレタスは水につけた状態でちぎり、トマトはドレッシングがかからないように端に飾られている。目玉焼きは半熟に焼き、ベーコンはそれに合わせてカリカリに焼き上げられている。
全てを一口ずつ食べ、俺が出した点数は、
「俺の嫁にならないか」
満点《プロポーズ》だった(遠回しな表現は伝わらないため、ストレートに)。
「ご、ごめんなさい!」
即アウト。
「私には先輩という人がいてってまだそういう関係じゃ全然ないんですけどゆくゆくはそうなったらいいなと言いますかいえでも私はただ一緒にいたりとか一緒にご飯を作ったりとか一緒に笑いあったりしていられればそれで良かったりしてでも先輩の幸せが私の幸せなのであって先輩が他の人を好きになろうとも私は笑って祝福したりでもちょっぴり嫉妬してみたり////」
「あーうん。もう分かったから良いよ? これ以上追い打ちかけられると泣いちゃう」
真っ赤になって慌てふためく様に、攻略不可と今は諦める。今は。て言うか、『先輩』とやらに軽く殺意が湧く。
「……あれ? 桜ちゃんは食べないの?」
用意された朝食が、俺一人分であることに疑問がうかんだ。
「朝食は先輩の家に作りに行きますので、そのついでに」
「えー。さっき、『団欒《だんらん》は大切です』って言ってたじゃん。俺と一緒に食べようよー」
「い、いえ、その確かに言いましたけど……」
俺がからかうと、桜ちゃんは本気で困ってしまった。
なので俺は――。
強制団欒:「座りなさい!」と命令したら、「は、はい!」と素直に座った。
強制連行:「――冗談だよ」と嘆息したら、「ごめんなさい」と去っていった。
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最終更新:2007年08月15日 08:14