7 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/13(月) 03:58

俺は、

「え……マ……、スター……?」

と、問われた言葉を口にすることしか出来ない。
彼女が何を言っているのか、何者なのかも分らない。
ただ分るのは、この異様な衣裳を纏った美女も外の男と同じ存在であるということだけ。

「…………」

女性は何も言わず、静かに俺を見つめ——ているような雰囲気を醸し出している。
眼帯をしているが、まったく周囲の状態を掴めないという分けではないらしい。
心眼、というヤツだろうか。
詳しくは分らない。しかし、女性には俺の位置も、男の位置もはっきりと認識出来ているようだった。

「サーヴァント・ライダー、召喚に従い参上しました。マスター、指示をお願いします」

二度目の声は、やはり無機質で氷のように冷たく、透き通っていた。
身体の芯、脳の芯にまで滲み込んできたそれではっと我に返る。
何時の間にか俺は男が襲いかかってくる危惧や、つい直前まで身体を支配していた死の恐怖など綺麗さっぱり
忘れ去り、ただ、目前の女性だけを視界に捕らえ、時が止まったような錯覚に襲われていた。

——しかしそれも、仕方ないのではないか。

そう心から思わせるほど、魂を抜かれたような錯覚に陥らせるほど、目の前の存在は特別だったのだ。
だって、今眼の前に佇む女性は俺が今まで出会ってきた全ての人間、見てきたモノの何よりも、遥かに美しい——

「————つっ」

と、その瞬間、左手に焼き鏝を押されたような痛みが走った。
思わず左手の甲を抑えつける。
すると、そんな俺の行動を合図とするように、女性は静かに流麗な顔を僅かに頷かせた。

「————これより我が剣は貴方と共に、貴方の運命は私と共に。
 ————ここに、契約を完了します」

「け、契約って————」

なんの————!? と俺が尋ねるよりも早く。
いや、俺が紡いだ言葉が空気を伝導し、女性の鼓膜に届くよりも早く、

「な———」

女性が俺に背を向け、紫の髪の毛がまたふわりと靡いた、と思った瞬間。
どん、という踏み込みの音と疾風を残して、黒衣の女性は既に土蔵の外へ飛び出していた。

一瞬送れてじゃらん、という音。
それが釘に付いていた鎖の音なのだと理解するよりも早く、痛む身体に鞭を打って、俺も女性の後を追った。
きっと彼女はあの男と戦うつもりなのだと、あの二人はそういう関係なのだと本能が理解していた。
止めなければいけない。
先ほど見た彼女の動きから察するに、そう簡単にやられはしないだろう。
しかしそんな事は関係ない。
あんな格好をして、あんな物騒なモノを持って、あんな動きをして、俺よりも僅かばかり長身だからといって、
彼女は女性で、れっきとした女の子なんだ。

土蔵の外へ飛び出す。
そして、

「やめ————!」

ろ、と叫ぼうとした俺の声は、三度目の驚愕で封じられた。

「な————」

我が目を疑う。
今度こそ、本当に何も考えられなくなるぐらい呆然とした。

「なんだ、これ————」

庭を縦横無尽に駆け抜ける疾風。

月は再び雲に隠れ、庭はもとの闇に包まれている。
その中を、凄まじい速度で駆け回る紫。

長い髪の毛のその動きはまるで、大蛇を思わせる。

土蔵から飛び出した女性に、槍の男は無言で襲い掛かった。
女性は槍を払い退ける——ことなく、ひらりとソレを躱し、更に繰り出される槍を躱し、徐々に男に肉薄していく。
しかし男も黙ってはいない。
拳銃の弾丸だった槍の突きは、いまや機関銃の掃射となって女性に襲い掛かっている!

8 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/13(月) 03:59

「—————」

言葉が出ない。否、信じられない。
男の視認が不可能な程高速で繰り出される攻撃にも驚いた。
しかし、なにより、女性はその全てを——時折釘で弾くものの、殆ど速度だけで躱しきっているのだ。
地を蹴り、土蔵の壁を蹴り、地を這い、女性に負け劣らじ速度で移動しながら男が繰り出す攻撃の、悉くを躱す。

「————っ」

地面に顔が着きそうなほど身を屈めて槍を躱した女性は、手にした釘を振り上げて男の眉間を狙う——!

「チィ————!」

きん、という剣戟音。
男は突きと同じ速度で槍を引き戻してソレを弾くと、女性のあの身体の何処にそんな力があるのか。
釘を弾いた勢いに押され、小さく舌打ちを零して僅かに後退する。

「————っ!」

振り上げられた釘と同じ軌道を以って、女性の蹴り上げが男の顎に迫る……!

「嘗めるな————!」

男はその場で身体をコマのように回転させてその蹴りを躱し、遠心力をそのままに槍を薙ぎ払う。
女性の蹴りが躱されたから、男が攻撃を仕掛ける、その間の時間は一秒にも満たない。
このままでは女性は胴を真一文字に切り払われるだろう。
しかし、男の槍が迸ったその瞬間、既に其処に女性の姿は無い。

蹴り上げた脚の勢いを利用して、体操の選手など足元にも及ばない素早く美しいバク宙で後退してそれを躱す。
華麗に着地し、そのまま消えるように後ろに飛び、男と十数メートルの距離を挟んで相対する。
男は空振りに終わった槍を、構えなおし、こちらも油断なく女性と相対する。
その一連の攻防を見て、思わず感嘆を感じてしまうのを止められない。
二人の戦闘、特にスピードは人智を超えている。
まさに極限。
一撃一撃が必殺の槍を、視認できないほどのスピードで繰り出す男も、
その槍を悉く躱し、尚且つ大釘と蹴りを繰り出す女性も、ソレを防ぐ男も、次の男の一撃を女性も。
二人の戦いは、戦闘機同士のドッグファイトのそれを思い出させるほど美しく、疾く、激烈だった。

どちらかとも無く飛び出して、再び打ち合う。
されど結果は同じ。
極限のスピードで攻撃を繰り出される男の攻撃は、極限のスピードで疾走する女性には掠りもせず、逆もまたしかり。

「……っ、クソ————!」

男が憎々しげに吐き捨て、跳躍。大きく間合いを取る。
埒が明かない戦闘を仕切りなおすかのように、手にした槍を構えなおした。

「—————」

それを見た女性はやはり無言で、呆然と立ち尽くす俺を男から護るようない位置で立ち止まる。

「……テメェ、いったいどこの英霊だ」

槍を構えたまま男が問う。
何故ここで英霊という言葉が出てきたのかは分らないが、男が苛立っていることだけははっきりと分った。
——無理も無い。
俺の目から見てもアイツは自分の槍に絶対の自信を持っているように感じられた。
俺の槍より早いものなど無い、俺より優れた槍使いは存在しない、と。

——なのに、それを、

「————」

男の問いには答えず、無言のまま釘を構える女性は、その悉くを躱してみせたのだ。
その女性の攻撃が男に当たることも無かったが、男には自分の槍を速度だけで躱されたことだけで充分なのだろう。

9 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/13(月) 04:00

「け、無視かよ。まぁいい。どうせテメェは此処で俺に倒されるんだからな」
「————いえ、此処で倒されるのはランサー、貴方です」

男が悪態をつくと、戦闘が始まってから女性が初めて口を開いた。

「は、その心意気や良し。だがな、やっぱ負けんのはテメェだ。
 ——校庭で打ち合ったのがセイバーだったから貴様は大方ライダーだろう。
 馬から落ちた騎乗兵が槍兵に勝とうなんざ百年早ぇんだよ」

ランサーと呼ばれた男が何を言ってるんだ、と言った風に凄んでみせる。
いや、実際のところ今までの戦いは互角——槍を躱されたが、男には本当に女性を倒す自信があるのだろう。
その証拠に、腰を屈め何かの構えのようなものを取った男の殺気が、先ほどまでとは比べものにならないほど膨れ上がっている。
しかし女性も負けてはいない。
男に負けじと、大気を凍りつかせるような殺気を纏い、一歩も怯まない。

なのに——

                                  ・・・
「————馬に乗るだけが騎乗兵の特技ではありません。……そう、特に、ワタシの場合には————!」

——女性はそう呟くと、あろうことか釘を手放し、何と、自らの両眼を覆う眼帯に手を掛けたではないか————!

どういう仕組みなのか、眼帯は女性の手に触れた途端、霧散するように空気に溶けていった。
後ろからなのでわからないが、今、彼女は素顔を男に晒している。

「な、なにやってんだ————!」

それで惚けて固まっていた体が漸く溶けた。
——訳が分らない。
眼帯をつけているということは目が見えない——それでも充分過ぎるほど戦っていたが、今更それを外して何の意味があるというのか。
それよりも、今の男の前でそんなことをしても隙を作って死期を早めるだけだ——!

「————くそっ」

殺気に震える体と、凍りつく心臓に活を入れて何とか女性へと駆けつける。
俺が駆けつけるその直前、女性が顔に手を遣ると、またその両眼に眼帯が装着された。
一瞬素顔が見えなかったな。と悔やんでしまったのが、全身全霊でその気持ちを吹き飛ばす。

「おい! いったい何やってんだ…………っ! 死にたいのか…………って、え————?」

女性の背に向って言葉をぶつけようとして、俺はソレを発見した。

「…………な、んで…………」

女性の肩越しにソレを見る。
十数メートル離れた庭の中心部あたり。
槍を構えた男は、俺たちには攻撃してこず、其処に槍を構えたその体勢のまま、不動で佇立していた。
その様相は、まるで身体中を矢に貫かれて絶命しながらも不倒であった弁慶を思わせた。
だが、男は弁慶のように絶命してはいない。

——けれど、

「————石に、なってる…………!?」

——男はその身体を完全に、無機質な石のそれに変えていた。

本当に訳が分らない。
もう今日は、訳の分らないことが起きすぎて頭がパンクしそうだ。
いきなり金髪の少女と青い槍の男が打ち合う場面に遭遇してしまったり、
その男に追いかけられて心臓を貫かれて一度殺されたり、
誰かが助けてくれたおかげで生き返ったり、
家に帰ってきたらまたその男に殺されかけたり、
その男の攻撃からいきなり現れた黒と紫の女性に助けてもらったり、
その女性がそのまま男と戦ったり。

そして、今その男が俺と女性の目の前でその身を石にしている。

「……なんなんだよ」

膝が笑っている。
歯は噛み合わずガチガチと鳴り響き、心臓が警鐘を鳴らす。
血が沸騰し、脳を刺激する。
逃げろ、と。
今すぐこの場から、この得体の知れない女の傍から逃げろと全身が訴える。
そうだ。分らないといいつつも、何となくは理解しているのだ。
男を石に変えたのは、この女性の力だと。
そんなとんでもない女性が、俺を護ってくれたのだと。
そして、俺には護ってもらう理由など思いつかなくて、もしかしたら次の瞬間、俺も槍の男同様に石にされてしまうのではないかと。

——でも、もう駄目だ。

再び、死の恐怖以上の恐怖に凍り付いてしまった身体はもう動かない。
女性の肩に手を伸ばそうとしたその瞬間、石になった男を発見して目と口を見開いたそのまま。
俺は、逃げる事も悲鳴をあげることも叶わず、ただ茫然自失状態で立ち尽くす。

10 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/13(月) 04:01

「————」

女性がゆっくりと振り向く。
長髪が僅かに波打って甘い良い香りが広がったが、そんなものを愉しむ余裕などあるはずも無い。
俺は身構えることも出来ず、ただ、再び眼帯を装着した美しいその貌を視界に捉える。

女性は、

1「マスター、どうかしましたか?」と無機質に言って、可愛らしく小首を傾げた。
2「マスター、これよりランサーに止めを刺します。指示を」と冷徹に言った。
3「今のは私の宝具の一つです、マスター」とよく分らないことを口走った。

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最終更新:2006年09月03日 19:30