445 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 23:20:28


「――――聞きました? あの噂――」

 突然聞こえてきた声に、目を開くと……そこは、先ほどとは違った意味で、見知らぬ場所だった。
 どこかの国……多分、ヨーロッパだろう、その街角といった感じだ。
 さっきの残骸の山よりかは大分マシと言える。
 いま、俺の目の前で、二人の女性が立ち話をしている。
 さっきの声は、この人たちのものか……。

「あの、ここは……?」

 おずおずと、声をかけてみる。
 だが、目の前の二人はピクリとも反応しない。
 なんだ? 無視されてる、ってわけじゃないみたいだけど……?

「――ほら、ここの家に住んでいる、あの男――」

「あの、もしもし?」

「――ええ、聞きました。なんでも、一日中家にこもっているとか――」

「ええっと、その……」

「――そうそう、一体何者なのかしら――」

 ……これって、ひょっとして、俺の声が聞こえてないのか?
 そう思って周囲を見回してみると、なんだか……違和感、のようなものがある。
 レンガ造りの建物、舗装されていない道路、目の前で話している二人に至るまで。
 何一つとして、俺の周りにあるもの、という実感が湧いてこない。
 俺と、俺以外の間に、見えない一線が敷かれているような違和感。

 まるで……目の前で紙芝居を見せられているみたいだ。

「――それで、以前他の人が言っていたのを聞いたんですけど――」

 目の前の二人の女性は、俺の存在に気付かないまま、会話を続けている。
 俺は周囲の違和感に戸惑いながら、聞くでも無しに聞いていたが……。

「――なんでもあの、ローゼンという男――」

「っ、ローゼン!?」

 突然出てきた、聞き覚えのある名前に、思わず過剰に反応してしまった。
 ローゼンって、あの薔薇乙女《ローゼンメイデン》たちを作ったっていう、人形師の名前じゃなかったっけ!?
 水銀燈は、『お父様』って言ってたけど……それが、ここに住んでるって!?
 二人が噂をしながらちらちら見ている方向へ目をやると、そこには一軒の変わった家が建っていた。
 じゃあ、あそこがローゼンの家……いや、工房なんだろうか。

「――家の中で日がな一日、人形作りをしているとか――」

「――まあ、ではマイスター?――」

「――いえ、それがギルドにも所属していないみたいなのよ――」

「――いやだわ、もしかして訳ありの――」

 ……女性たちの噂話を信じるならば、やはりローゼンは人形を作っているらしい。
 だけど、ローゼンは今、薔薇乙女《ローゼンメイデン》を作るのを止めて、どこかへ消えてしまったんじゃなかったか?

「となると……ここは、過去の記憶、なのか?」

 そう考えると、色々と辻褄が合う。
 ローゼンがまだ、人形作りをしていることも。
 俺と周りの風景が、一線を引いていることも。

「――噂では、この街に住む以前から、全く年をとっていないとか――」

「――恐ろしいわ、それじゃあまるで人外の化け物ではないの――」

 いつまでも喋っている女たちを余所に、俺はローゼンの工房に近づいていった。
 ここがローゼンの工房で、今まさに人形を作っている最中だというのなら、ひょっとすると……。

446 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/19(日) 23:21:22


「水銀燈たちを、いま、ここで……?」

 そう、その可能性は充分にある。
 そう思った瞬間。

「うわっ!?!?」

 引き寄せられる視界。
 抵抗する暇もなく、俺は屋内……ローゼンの工房の中に入り込んでいた。
 先ほどまでは日も高い屋外にいたのに、ここは昼間だというのにカーテンを閉め切って、日光を嫌っているかのような薄暗い部屋だった。

「な、なんだこりゃ……記憶の場面転換か?」

 誰の記憶だか知らないけど、随分唐突でご都合主義だな……。
 そう思っていると、ふと、この薄暗い部屋の中で、前方のドアの隙間から、灯りがこぼれていることに気がついた。
 どうやら、あそこの部屋の中には、誰かがいるらしい。

「って、この中にいる人間って言ったら、一人しかいないじゃないか……」

 すなわち……人形師ローゼン。
 薔薇乙女《ローゼンメイデン》を作った天才が、今まさに、その作業を行っている……。
 そう思った俺は、好奇心を抑えきれないままに、ふらふらと、光源に集まる羽虫のように、そのドアへと近づいていった。
 そして、ドアの隙間からこっそりと、中を覗き見る。

「……いた」

 ドアの中は、意外なほど手狭で、様々な器具や材料、素体らしきものなどが所狭しと並べられていた。
 その中で、一つだけ置かれている作業机の前に座っている人影が一つ。
 あれが……ローゼンなのか。
 何の作業をしているのか、ローゼンは机に向かって一心に手を動かしている。
 背中だけしか見えないせいか、年老いているのか、それとも若いのか、全く判別が出来ない。
 もっと近づいてみれば、はっきりするんじゃ……と、そう思っていると。

「ここで間違いないようだな!!」

 背後で、何かが思い切り乱暴に叩かれたような音が響いた!

「なっ!?」

 思わず咄嗟に身構えて……それが無意味な行為であることに気がつく。
 そういえば、ここでは俺は何も干渉できないんだっけ……。
 先ほどの音は、どうやらどうやら、誰かがこの工房の玄関の扉を開けた音だったみたいだが……随分穏やかじゃ無さそうだ。
 俺は部屋の隅に移動すると、息を潜めて様子を窺う。
 まあ、部屋の真ん中に立っていても十中八九気付かれることはないとは思うが、こうしていたほうがいいような気がしたのだ、なんとなく。
 ドカドカと足音を立てて近づいてきたその何者かは、そのまま無遠慮に、ローゼンの部屋の扉を叩き――いや、蹴り開けた。

「探したぞ、ローゼン。
 いや、カリオストロ伯爵……それともサンジェルマン伯爵と呼ぶべきかな?」

 部屋の中の照明が、侵入者たちの姿を照らす……って、ちょっと待て。
 こ、こいつらの恰好って、ひょっとして……!?


α:教会の異端審問官!? ってことは、ローゼンって、まさか……!
β:協会の封印指定執行者!? ってことは、ローゼンって、まさか……!

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最終更新:2007年08月20日 12:48