665 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/25(土) 00:19:24
――Interlude side 1st Doll
「…………」
あれから、どれくらいの時間が経ったのかしら……。
ここが一体何処なのか、自分でもよくわからない。
あの後。
言葉にできない気持ちに突き動かされ、薔薇庭園から飛び出した。
そして、ひたすら飛んで、飛んで……気がついたら、ここに居た。
「……ふぅ」
……ようやく気持ちが落ち着いたら、今度は、どっと力が抜けちゃった。
なんだか、身体に穴が開いてしまったみたい。
そのまま、虚空に身を委ねてみる。
ふわふわと、浮かんでいるような、無限に落ち続けているような不思議な感覚。
……不安や心配なんか無い。
他のドールならいざ知らず、この水銀燈ならミーディアムからの供給が無くてもnのフィールドで行動することなんか簡単なことだもの。
それにここはnのフィールド、帰るための扉なら念じればすぐに開けるし……。
「……あ」
そこまで考えて、私は自分がいかに馬鹿なことを考えていたのか気がついた。
そうだ。
私にはミーディアムも、帰る場所も、もう無いのよね。
「何を、今更……水銀燈には、最初から」
そう、元々私には、帰る場所なんか必要なかったはず。
他の姉妹を壊し、一番優れていることを証明することが水銀燈の望み。
ミーディアムも、ましてや帰る場所なんて、一時的に利用するだけのものでしかない。
そうよ、あんなところは……私の居場所なんかじゃない。
「私の居場所は唯一つ……お父様の待つアリスの座だけ」
でも……それは一体どこにあるの?
本当の私の居場所は、どこに……?
……駄目。
頭を振って、弱い思考を振り払う。
閉じた目蓋の裏に、お父様の姿を思い描く。
はるか遠くの時間に見たきりだけど、その姿を忘れるはずは無い。
全てはお父様のため。
全てはアリスになるために。
――だというのに、なんで。
なんで、あのミーディアムの顔が、頭に浮かんで離れないの?
「士郎……」
士郎。私のミーディアムだった人間。
自分のことをジャンクだと言い、それでも正義の味方になりたいって笑う、変な男。
まあ、少しは興味があったのは確かだけど……でも、それも全ては終わったこと。
「下僕の分際で……水銀燈に口答えなんかするから……」
士郎は、死んだ。
最後に見た士郎の姿は、身体中を羽根で覆われて、糸が切れたパペットのように崩れ落ちる姿。
士郎は、死んだ。
私が、殺したの。
「ふん、お馬鹿さぁん……あんなやつ、死んで当然よぉ」
そもそも、元を辿れば、最初から気に入らなかったのよ。
いきなり人の服を脱がせて、身体中を触ったり。
わけのわからない理由で、私との契約を断ったり。
契約した後も、勝手に家に女を連れ込んだり。
アリスゲームの最中に、敵を助けたいとか言い出したり。
「本当……言うことを聞かない下僕だったわぁ」
そんなんだから……最後まで変わらなかったから、私は士郎を殺した。
馬鹿は死ななきゃ直らない。まさにその通りね。
……でも、あの時。
――す、い、ぎ、ん、と、う――
自分の死が、すぐそこまで近づいているという時に。
――ほん、とうに……かた、な、きゃ、いけない、のは……っ――
命乞いでも、罵倒でもなく。
――じぶん……じしん……なん…………――
士郎は最後に、何を言おうとしていたのかしら……?
「……くだらなぁい。
なんで士郎のことで、水銀燈がこんなに悩まなくちゃいけないの」
やめたやめた、つまんない。
こんなこと考えたって、なんにもならないじゃない。
そうよ、いくら考えたって……壊れたものは、直らないんだから。
もういい。行こう。
背中の翼を広げて飛び上がる。
さしあたって、身を隠す場所くらいは見つけないといけないから。
……行く当てなんか、なんにもないけれど。
666 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/25(土) 00:21:56
「ん……?」
気の向くままに飛び続けていた私の視界に、ふと、一つの扉が映った。
なんだか、他の扉とは違う……人を寄せ付けない空気みたいなものを感じる。
こういう扉は大抵、人間に忌み嫌われているか、逆に奉られているような場所に繋がっているはず。
……丁度いいわ、もし無人の家か何かだったら、隠れ家として利用させてもらおうっと。
もし誰かいたとしても……その時は、力尽くで片付ければいいだけだし。
私はその扉を開けて、nのフィールドから元の世界へ降り立った。
「……ここは?」
降り立った場所は、済んだ空気が支配する広い部屋だった。
私が今立っているのが、周りより一段高くなっている祭壇。
周りには、何の飾り気も無い石の壁。
見上げれば、高い高い天井。
向こうには、整然と並べられている長机。
その奥には、大きな木製の扉。
振り向けば、後ろには大きなステンドガラス……ここが、nのフィールドの入り口だったみたい。
「ここは……教会、みたいね」
かつて、私はここによく似た場所を見た記憶がある。
昔見た教会と比べて、随分小さい教会だけど……。
薄暗くて全体がよく見えない。
そういえば、ステンドガラスから、月明かりが煌々と差し込んでいる。
いつの間にか、夜になってたのね……。
ステンドガラスの真下にいた私は、月の光を一身に浴びていた。
そう……あまりに月が眩しかったから。
すぐ隣の薄暗い闇の中に、人間が居たことに、私は不覚にも気がつかなかった。
それは、すぐ近くの位置……祭壇に近い部屋の隅から聞こえてきた。
α:「ほう……これは珍しい客人だ」
β:――美しい、オルガンの音色が。
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最終更新:2007年08月25日 01:24