720 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/26(日) 20:36:56


「ほう……これは珍しい客人だ」

「ッ!?」

 その声に反射的に振り向いて、鋭く睨みつける。
 そこには……一人の人間が立っていた。

「教会の門は全ての者に分け隔てなく開かれている。
 だが……生きた人形が空から降りてくる、など、滅多にあるまい」

 人間が立っているのは、月の光が射さない部屋の隅。
 そこに立っているせいで、どんな顔なのかはわからない。
 でも、声から男だとわかったし、かなり背が高いということも見た目で分かった。
 着ている服も黒っぽいせいで、見えるのは胸元に下げられた十字架だけ。
 ……これじゃあ、まるで十字架がお喋りしてるみたいじゃない。

「それで、人を模した黒き御使いよ。
 一体どんな故があって、この教会に降り立ったのだ?」

「……貴方こそ、何者よ。
 こんな時間に、こんな場所に一人でいるなんて」

 顔を見せないまま尋ねてくる男に、思わず訊き返す。
 男は、闇から一歩も動かないで……ただ、少しだけ十字架を揺らして、答えた。

「私か?
 私は、この教会を預かっている者だ。
 日々神に祈り、訪れる者の言葉に耳を傾けることを生業としている」

「神父、ですって?」

 服装から、教会の関係者だとは思っていたんだけど……実際に男の口からそう言われると、なんだかとても……うさんくさいわね。

「この身に余る仕事だとは自負しているがね。
 さて、私の質問にも答えて貰いたいのだが?」

「…………」

 男の声を無視して、私は少し考えた。
 教会、ねぇ。
 確かにあまり人が寄り付かないし、隠れ家としては申し分無さそうだけど。
 神父が普通にいるってことは、人が訪ねて来ることも時々あるってこと?
 そんな場所じゃ、おちおち休んでも居られないわねぇ……。
 それ以前に、この男がいるような場所に住むなんて、ちょっとね。

「別に、用なんて無いわぁ。
 ちょっと気になったから来てみただけだもの」

 私がそう答えると、男は何かをする仕草を見せた。
 どうやら……口元に、手を当てているみたい。
 何かを考え込んでいる……それとも、笑いそうなのを、堪えている?

「……ほう?
 人形が用も無くやってきたと?
 それはなんとも……おかしなこともあるものだ」

 闇の中から聞こえてくる声は、笑っているようにも、悩んでいるようにも聞こえた。
 どっちにしろ……男の言葉が気に触ったから、私はつい聞き返してしまった。

「……なによ?
 何か言いたい事でもあるわけぇ?」

 私がそう言うと、男は口元に当てていた手を、ゆっくりと胸元に下げた。
 十字架が指に触れ、光が照り返す。
 そして、闇の中から静かに声が聞こえてきた。

「――あなたは自分のために刻んだ像を造ってはいけない。
 天にあるもの、地にあるもの、水のなかにあるものの、どんな形も造ってはいけない。
 それにひれ伏してはいけない。
 それに仕えてはいけない――」

 その声は、正確で淀みなく、簡潔で明確だった。
 まるで歌うように、しかし機械的にその言葉をそらんじた後、男は胸元から手を離して、再び話しかけてきた。

「分かるか、人の姿を象りし少女。
 ここでは、人間が偶像を崇拝することは禁じられている。
 つまり、お前は存在するだけで、罪の証となるのだ」

「私の存在が……罪ですって?」

「そうだとも。
 それなのに、お前は教会にやってきた。
 それでは……自らの存在が罪であると、認めているようなものではないか?」

「勝手なこと、言わないで頂戴!
 私は誇り高き薔薇乙女《ローゼンメイデン》なのよ!
 貴方たち人間なんかよりも、よほど究極の存在に近いの!
 神だの罪だの、そんなもの、関係ないわ!!」

 声を張り上げて、一層強く男を睨む。
 でも、男を包む闇は揺らぎもしない。
 また十字架がきらめく。

721 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/26(日) 20:38:26


「究極の存在か……なるほど、お前にとって創造主は、神ではなく人間。
 故に、人間が生まれながらに背負う原罪から解き放たれている、と」

 男が動いた。
 輪郭くらいしか見えないから、どんな動きかはわからない。
 なにか、大仰な仕草を下らしいことだけはわかったけど。
 それが苦悩? それとも……愉悦?

「では……更に尋ねよう、解放者。
 原罪を背負う者は、神を信仰することで赦しを得る。
 原罪を持たぬお前は、究極の存在になることで、創造主の赦しを得る事が出来るのか?」

「……そうよ。
 それが私の目指すもの、お父様が望まれたことだもの」

「そうか……よくわかった」

 男は頷くと、一歩……出あってから初めて、一歩前に踏み出した。
 男の顔が、光の下に曝け出される。
 初めて見た男の顔は、とても無表情で/喜悦に歪んでいて。
 どうでもいいと/可笑しくてたまらないと言いたげに指を差して。


「つまり、究極の存在ではない今のお前には、なんの価値も無い、ということだな」

 とてもつまらなそうに/楽しそうに、私を見下してこう言った。


「なん、ですって?」

 私に、価値が無い?
 まるで意味がわからない。
 この男は、一体何を言っているの?

「そうだろう?
 創造主は、究極の存在以外の何者も求めてはいない。
 お前が究極の存在にどれほど近かろうと……究極そのものでない以上、創造主にとって、お前の価値は全く無い」

「……違う……」

「そして創造主が望むものは、お前の目指すものでもあるのだろう?
 つまり、お前もまた何者も求めない。
 求めぬものに与えられるものは無く、与えぬものに求められるものも無い。
 結局のところ、お前は誰にとっても価値の無い存在なのだ」

「……違う……」

「逆に言えば。
 創造主は恐らく、そのことを理解していたのだ。
 お前は、究極の存在になることで、創造主に赦して貰えると思っているようだが。
 そうではない、創造主は……お前には何も無いと理解したから、お前を捨てたのだ」

「違う! 私は、お父様に捨てられてなんか、ないっ!!」

 声を振り絞って、全身全霊で否定する。
 意味がわからない。
 何を言っているのかわからない。
 男の言葉は何一つわからないけれど、必死になって否定した。
 だって、否定しないと…………男の言葉が、理解できてしまうから。

「教えてくれないか、小さき者よ。
 お前の存在に価値がなく、存在自体が罪なのだとしたら……なぜ、お前は造られたのだ?」

722 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/08/26(日) 20:39:41


 その言葉は、何よりも分かりやすく、私の心を砕いた。

 ――ナゼ、オマエハツクラレタノダ?

 私は、私はお父様に愛してもらうために。

 ――オトウサマガアイスルノハありすダケ。

 そう、だからアリスになって、お父様に会う、だから……。

 ――ジャア、イマノワタシハドウナルノ?

 知らない、そんなの知らない。

 ――ワタシハ、イッタイ、ナンノタメニ……?

 いや、いや、やめて。
 それいじょう、わたしに話しかけないで。
 もう、いやだ。
 これ以上、この男の言葉を聞きたくない。
 耳をふさいで、うずくまる。

「……つまらない質問で、時間を潰してしまったな。
 いや、もとよりお前は、用件など無かったのだったか?」

 まだ、男の声が聞こえてくる。
 やめてよ、もう、ほっといて……。








「では、こちら側の用件も簡単に済ませることにしよう。
 ――やれ、雪華綺晶」

 最後に、今までで一番冷たい声がした。

 次の瞬間、私は――


α:『片翼』を――引き千切られた。
β:『右腕』を――もぎ取られた。
γ:『左脚』を――砕かれた。
δ:『両目』を――斬り潰された。

投票結果

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年08月26日 23:15