41 名前: CASE:Holy Grail 3rd 5 投稿日: 2007/09/06(木) 19:03:59

 ――同年2月 ロンドン ディオゲネス・クラブ


 かつて国際社会において諜報戦と呼ばれる暗闘が始まって以来。
 この静かなる紳士クラブの最上階は、諜報戦の指し手達が集う場となっていた。
 『切り裂きジャック』、『リヒトフォーヘン・サーカス』、或いはドイツ降下猟兵部隊による『チャーチル首相誘拐事件』。
 彼らの関与し、そして解決してきた事件を上げれば、それこそキリが無い。
 それがここ、沈黙を愛する紳士たちの集う社交クラブ『ディオゲネス・クラブ』の本質だ。
 だが、第二次世界大戦と呼ばれる戦いが始まって以来、このクラブで何が行われているのか。
 公式に諜報組織として設置されたMI6とて、その詳細について知る者はいない。
 敵を騙すにはまず味方から、ということなのか。或いは内側にも敵がいると察知しているのか。
 一般人は無論知らない事実であるが、大戦直前からドイツ・スパイが潜伏しているのは、周知のことだ。
 海軍の機密を盗み出そうとしたスパイが、とある老養蜂家の手によって捕縛された事件は記憶に新しい。
 最も、まさかそのスパイも、自分が敵対した相手が『世界唯一の諮問探偵』であったとは夢にも思うまい。
 他にも国際的秘密結社『イフの城』、日本に干渉しているらしい『ショッカー』、
 或いは未だに存在し、活動を続けているという伝説的組織、浮島の『評議会』。
 どれもこれも油断できる相手ではない。

(……だというのに。私をこんな所に招くなんて、少々無用心なのではないかな?)

 そして若きクリストファー・ロビン、或いはジェイムズ・ボンドと呼ばれる諜報部員。
 彼は今、その謎と静寂に満たされたディオゲネス・クラブの最上階にいる。
 周囲を取り囲むのは、暗がりに隠れて顔も見えないが、このクラブのお偉方に相違あるまい。
 暗殺しようと思えばできる距離だ。――もっとも、そんな事をすれば自分も殺されるだろうけれど。

「やあ、良く来てくれたね、少佐。
 父親は国会議員。陸軍士官学校を卒業し、ロイター通信の支局長としてモスクワへ赴任。
 その後、海軍情報部を経てMI6に勤務。安全保障調整局のスパイとしていくつかの任務を達成、と。
 ……資料は読ませて貰ったよ。 君が優秀な諜報部員であるというのは、もはや疑いの余地がない」

 ――お前のことは何でも知っているんだぞ、という態度。
 では大好物がゆで卵なのも先刻承知済みなのだろう。そう言ってやりたくもなる。
 だが、落ち着こう。自分は気障な伊達男であり、スパイなのだと。
 演技ではなく、本気で思い込む。そうすればボロは出ない。

「それはどうも、光栄です閣下。宜しければ、お名前を教えて頂けませんか?」

「君がクリストファー・ロビンと呼ばれるのと同様に、私はMと呼ばれている。
 今後とも、友好的な関係でいたいものだ。そうは思わんかね、少佐」

「お互いに英国の為に尽くすのであれば、我々は友情を結ぶことができそうですね」

 軽く肩をすくめて見せる。余裕たっぷりに見えるよう振舞うのだ。
 そうすれば、おのずと心の中にも余裕が生まれてくる。

「それで。 まさか私をディオゲネス・クラブの会員に推薦してくれる、というわけじゃないでしょうね?」

「無論だ。君にはさる、重大な任務を達成して頂きたい。これは英国に限らず、世界の存亡に関わることなのだよ」

 おやおや、世界の存亡ときたか。
 いつぞやアメリカやドイツが開発しているとかいう新型爆弾について調べたときも、似たようなことを言われたな。
 まあ街一つ消し飛ばす爆弾なんて信じてもらえず、その資料はきっとシュレッダーにでもかけられたのだろう。

「君もわかっているとは思うが、少佐。MI6の連中は、些か頭が固く、そして現実主義者でもある。
 自分の理解できない現象は、全て『嘘っぱち』だと思っているのだ。面倒なことにね」

「つまり、MI6の堅物たちが『嘘っぱち』だと思うような仕事、ということですか」

 その通りだ、とM――そう呼ばれた男が頷くのが見えた。

「君は、聖杯と呼ばれる存在について、知っているかね?」

42 名前: CASE:Holy Grail 3rd 5 投稿日: 2007/09/06(木) 19:04:54

――同年4月 冬木某所。


 眼が覚める。世界各国を飛び回っていても、時差というものはどうにもならない。
 潜伏場所として用意されたホテルの時計は、既に夕方の五時を示している。
 あの後『テディ』とか名乗った男と定時連絡の方法について談義し、
 ホテルに到着して以来、すぐにバッタリと寝入ってしまったのだ。

(……無用心なのは、私も変わらないか)

 微苦笑を浮かべて起き上がる。
 あの男、テディ。……油断の出来ない相手だった。
 恐らくはソ連人だろう。少なくとも英語圏の人間ではない。若干の訛りがあったからだ。
 この戦争が終われば、次の対戦相手となるだろう国家。
 その尖兵とも呼べる男と関わったのに、暢気に眠っていられるとは……いやはや。

「さて、と。……ひとまずは触媒とやらを確認しておくか」

 テディの言った通り、彼の部屋にはトランクが一つ、無造作に放置されていた。
 鍵のダイヤルを無造作に廻す。開錠番号は常どおり。――笑ってしまう。
 それはつまり『開錠番号など存在しない』という意味の符号だからだ。
 つまりは三つのダイヤル錠を、ある一定の速度で同時に回転させることによって鍵が開く。
 MI6に所属している親友、Qの発明した新式のトランクを、彼は好ましく思っていた。

「そういえば、アイツの息子も――そろそろ大きくなった頃じゃないか?」

 寄宿学校を飛び出して世界各国をあちこち飛び回っていたようだが、さて。
 ヴォルフガング公国で発生したクーデターの鎮圧に関わったとも聞くが……。

 そんな思案にふけっている間にガチャリと音がして、鍵が開いたのを知る。

「さて、それでは――英雄の遺品と、ご対面しますか」

 大した感慨もなく呟き、無造作にトランクを開ける。

 ――――其処には丁寧に折りたたまれた、古い旗が収められていた。
 白手袋をはめて、慎重に取り出して広げる。ここで破いてしまったら笑うに笑えない。

「しかしフランスも大胆だね。救国の英雄を、こうもアッサリ貸し出してしまうのだから」

 もっともフランスは対ドイツ戦でそれどころではないのかもしれないが。
 広げた旗。それがジャンヌ・ダルクと呼ばれた少女の旗印であると知る男は、
 そう呟いて、一人静かに笑っていた。



アイン:英国のその後
ツヴァイ:ドイツの場合
ドライ:日本の場合

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最終更新:2007年09月11日 08:17