222 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/09/14(金) 00:40:22


「大事な大事な……生贄、ですから」

「生贄……ですってぇ!?
 ふん、言い方を変えただけじゃないの!」

 ローザミスティカを奪うことは、アリスになるための生贄、と言える。
 結局、殺すつもりだろうと生贄だろうと同じことだ……少なくとも、私にとっては。

「いいえ、そんなことはしません。
 だって……いくらローザミスティカを集めても、私には価値が無いんですもの」

 でも、雪華綺晶はそれをあっさりと否定した。
 それは、私の常識からしてみれば、意外すぎる言葉だった。

「はぁ? なに寝ぼけたことを言ってるの?
 自分は薔薇乙女《ローゼンメイデン》だ、って言っていたくせに、ローザミスティカは必要ない?
 まるっきり矛盾しているじゃない」

 思い切り馬鹿にした口調で言ってやる。
 だって、ローザミスティカはアリスになるために必要不可欠なもの。
 それを価値が無いって言い切るなんて、お馬鹿さんとしか言いようが無いじゃない。

「何も矛盾してなんかいませんわ、お姉様。
 その証拠に、私の持っているローザミスティカ……これをお姉様に差し上げても構いません」

「……!?」

 今度こそ私は、まじりっけなしに驚いた。
 よりによって、自分のローザミスティカを手放す、ですって……!?

「そうすれば、私が薔薇乙女《ローゼンメイデン》であることも、ローザミスティカが必要ないことも、どちらも証明できるでしょう?」

 あっさりと言ってのける雪華綺晶。
 私はてっきり、この子は他のドールが持つローザミスティカなんか要らない、と、そう言っているんだと思っていた。
 けれどそうじゃなく、この子は、自分自身の持つローザミスティカすらも不要だと、そう言っているの……!?

「貴女……自分が何を言ってるのか分かってるの?
 ローザミスティカを差し出したら、貴女は……」

 そうだ、ローザミスティカがないドールは、もう動くことが出来なくなるはず。
 だけど、雪華綺晶は嬉しそうに笑って見せた……一体何が嬉しいのかさっぱりわからないけど。

「くすくす……嬉しいです、お姉様。
 そんなに私の身体に興味を持ってくれているだなんて」

「っ、誰がそんなものに興味を持つもんですか……!
 気色悪い冗談はよして頂戴!」

「それは残念……でも、ご心配なさらず。
 言ったでしょう?
 私にとって、ローザミスティカの有無はさしたる問題にはならないって」

 ぐっ、と、雪華綺晶の顔が近づいてくる。
 片方しかない金色の目が、瞬きもせずに私を覗き込む。

「確かにローザミスティカを失くしたドールは、魂の無い抜け殻になる。
 そしてその魂は、迷子となって無意識の海を彷徨うことになる……」

 吐息のぬくもりさえも届くような距離で、雪華綺晶ははっきりと囁いた。

「でも、私にとって、それは、元居た場所に帰るだけのことに過ぎないのですから」

 元居た場所に、帰る……?
 その言葉の意味を尋ね返す前に、雪華綺晶はパッと私から顔を離した。

「だから、ローザミスティカはお姉様に差し上げます。
 でも、そのためには、一つ、お願いがあるんです」

「なっ、ふざけないで、なんで私が貴女の……!」

「……なるほど、ようやく合点がいった。
 それがこの人形を殺さない理由か、雪華綺晶」

 私が反論しようとしたそのとき、それまで黙って待っていた男が、急に口を開いた。
 それに答えるように、雪華綺晶も男に向けて頷いてみせる。

「ええ。
 ローザミスティカは、ドールという器に魂を吹き込む、命の源。
 逆に言えば、ドールでなければ命の源としての効果はない」

「だからこそ、お前にとっては不要な代物でしかない、か。
 そして、不要であるからこそ、別の使い道を模索する事が出来る」

「そう……それは私では出来ない、お姉様にこそ相応しい役割ですから」

223 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/09/14(金) 00:42:15


 二人は私をそっちのけで、勝手に話を進めている。
 そのくせ、話の内容は私についてのことらしい。
 二人が何を言っているのかわからないけど……どうやら、この私に何かをやらせたいらしい。

「……どうでもいいけど、私が貴女の頼みを聞くと思ってるの?」

「あら……聞いてくださらないのですか?」

「……人の話はちゃんと聞きなさい、このジャンク。
 なんで私が、翼をもぎ取った相手の頼みを聞かなくちゃならないのよ」

「翼……?」

 何かに思い当たったかのように首を傾げる雪華綺晶。
 そして、それまでずっと手に持っていた黒い翼を、今気がついた、とでも言いたげに持ち上げて見せた。

「ああ、そう言えば……こうした方が、お願いを聞いてくれるかと思ったので。
 確か、もう片方の翼がまだ残っていましたね」

 言いながら雪華綺晶は、私の翼を再び口に咥え……先端を、躊躇せずに噛み千切った。

「それじゃあ、お姉様……もう片方ももいでしまえば、私のお願い、聞いてくれますか?」

「なっ……!?」

 ぞっとした。
 雪華綺晶は、先ほどと変わらない笑顔のまま。
 その口の端から、はらはらと舞い落ちる黒い羽根。
 その姿は、脅しが冗談なんかじゃないことを理解するには充分だった。

「くすくす……怯えた顔も可愛い。
 大丈夫ですよお姉様。
 お願いと言っても、とっても簡単なことをしてもらうだけなんです」

 口の周りをぺろり、と桃色の舌で舐めとると、雪華綺晶は改めて、その「お願い」を口にした。

「お姉様……人間との契約を破棄してください」

「……契、約?」

 何を言われたのか、理解するのに時間がかかった。
 それは、あまりにも意外なお願いだったせいでもあるけど、それ以上に、今の私にとって一番考えたくない事だったから。

「ね、簡単なことでしょう?
 お姉様は目的以外の何者も必要としないんですもの。
 人間との契約なんか、破棄してしまってください。
 たったそれだけで、ローザミスティカが手に入るんですよ?」

 ……それは無理な相談よ、雪華綺晶。
 今の私は契約なんてしていないし、これからもするつもりはないもの。
 だって、士郎は、もう…。

「どうされたのですか?
 ほら……早くその薔薇の指輪を捨ててください」

「……え?」

 雪華綺晶が示す先、左手の薬指。
 幾重にも茨で絡めとられた中で、小さく確かに光るもの。
 自分でも呆れてしまうけど……私は、指摘されて初めて、小さな銀色の指輪が、左手の薬指に嵌められたままであることに、気がついた。

「そんな……どうして?」

 ミーディアムが死ねば、契約は終わり、薔薇の指輪は消える。
 なのに、薔薇の指輪はまだ残っている。
 契約は、まだ続いている。
 それは、つまり……。

「士郎が……生きている?」

 その答えにたどり着いたとき、私の心は大きくざわめいた。
 私は……士郎を、殺してなかった。
 そうか……殺して、なかったんだ。
 その事実を、よかった、と素直に安堵する私が居た。
 でも、一方では……今更そんなことを知ったところで、と冷めた私が告げていた。
 私は士郎を殺そうとした……そのことに変わりは無い。
 士郎はきっと私を恨んでいるだろう。
 もう、ミーディアムの関係なんて、なくしてしまったも同じ事。
 だったら、いっそのこと……。

「さあ……お姉様」

 雪華綺晶が、行動を促す。
 私は――。


α:「ごめんね……士郎」 雪華綺晶の願いを聞き、契約を破棄した。
β:「さよなら……士郎」 最期まで、独りきりで戦うことを決意した。
γ:「たすけて……士郎」 あるはずのない、願いを込めた。

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最終更新:2007年10月22日 17:41