437 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 20:14:23


 今なら先手を取れるはず。
 素早く周囲の状況を確認する。
 目の前には雪華綺晶が、背後には先ほどから黙ったままの神父が立っている。
 この場合、どちらから攻撃するべきかしら……?
 ……考える時間が惜しい。
 私はすぐに決断した。

「はぁっ!!」

 片方だけの翼を、ひときわ大きく羽ばたかせる。
 これじゃ、空を飛ぶことは出来ないけど……私を中心に、強烈な風を巻き起こすことぐらいは出来るのよ!

「くっ……!?」

 正面からまともに風を受けて、雪華綺晶が姿勢を崩す。
 その隙に、私は踵を返し、背後の神父に向けて駆ける!
 ……そう、私は神父へ狙いを定めていた。
 なぜって、もしこの男が雪華綺晶のミーディアムなら、先に倒せば力の供給が止められるかもしれないもの。
 それに、所詮は人間、片翼が無くったってなんとかなるはず……!

「貰った!」

 ラッキーなことに、神父はまだ棒立ちだった。
 これなら当たる……一気に近づいて、大きく振り上げた翼を叩きつける!
 黒衣の男は為す術もなく翼の直撃を受け……なかった。

「……えっ?」

 思わず声が漏れる。
 ……私に誤算があったとすれば、それはこの神父が『ただの』人間ではなかったこと。
 翼が振り下ろされる直前、神父はクルンと腕を動かした。
 たったそれだけで、あっさりと翼は横に逸らされていた。
 ウソ……あまりに自然で素早い動作に、思わず目を疑う。

「……間違えるな、人形よ。
 人形の相手は人形がする。
 私はただの傍観者だ」

 淡々と言いながら、更に腕を回転させる。
 あ、と思ったときには、私の視界は反転していた。
 投げられた、と理解するより早く、そのまま床に叩きつけられる。

「あ、ぐっ……!!」

 身体が跳ねて、息が詰まる。
 くっ、人間相手に不覚を取るなんて……!
 何とか立ち上がろうとして――右腕が、がくんと引っ張られた。

「な、に……!?」

 引っ張るものの正体、それは……右腕を這い回る茨だった。
 いや、引っ張るなんて生易しいものじゃない。
 二の腕を固定しながら、肘から先を万力のような力で締め付けて捻り上げる。
 これは……まさか!

「……悲しいです、お姉様。
 私のお願いを、聞いてくださらないなんて」

 背後から声が聞こえた。
 声だけで、悲しいなんてこれっぽっちも感じていないことがバレバレだけど。

「雪華綺晶……!!」

 予想通り、薄ら笑いを浮かべていた雪華綺晶。
 その腕から伸びる茨が、鞭のように私の右腕に絡み付いている。
 茨を使った一方的な綱引き。
 既に私の腕は限界まで捻れ、動かそうとしても動かせない。
 やっぱり……今度は、私の腕を……!

438 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/09/23(日) 20:17:38


「う、うぅ……っ!!」

「ええ、本当に悲しい。
 愛するお姉様を……更に傷つけなくてはいけないなんて!」

 ごぎん、と。
 信じられないくらい鈍いな音が、静かな闇の中に木霊した。

「あ…………っ、ぐう、ぅ…………っ!!」

 悲鳴を殺す事が出来たのは、ほんの少しでも予測できていたから。
 翼をもがれた時に勝るとも劣らない、痛覚と喪失感。
 咄嗟に左手で肘を押さえる……でも、そこから先にあるはずの、腕の感触は無かった。

「どうですか、お姉様。
 翼に続いて、今度は腕を奪われたご気分は?」

 私の目の前に見せ付けるように、両手を差し出して見せる雪華綺晶。
 そこには……『私の右腕だったもの』が握られていた。

「………………っ!!」

 歯を食いしばって、電撃のような痛みに耐える。 
 口を開いたら、嗚咽を洩らしてしまいそうだから。
 代わりに、ありったけの気迫を込めて、相手の顔を睨みつけてやる。

「……どうするのだ、雪華綺晶。
 このまま続けても、どうやら『これ』は、契約を破棄する気にはならないようだが」

 私のことを『これ』呼ばわりしながら、神父は雪華綺晶へ視線を移した。
 雪華綺晶は、相変わらずの薄笑いを浮かべている。
 ……なんて、目障り。
 燃えるような痛みに焼かれている頭には、その笑顔は酷くいらだたしいだけに写った。

「……そうですね。
 これ以上壊しても、お姉様はお願いを聞いてくれないでしょう。
 ならば、別の方法を取るしか、ありません。
 例えば……」

 笑う。
 吐き気がするほどの満面の笑みで、雪華綺晶は遥かな高みから私のことを見下ろして。
 ふざけるな。
 まだだ。まだ、私は戦える。
 こんな痛みに、あんな侮辱に、屈したりなどするものか。
 私は誇り高き薔薇乙女《ローゼンメイデン》なのだから……!!

「――待て、雪華綺晶」

 その場の全ての動きを止めたのは、神父の、今までにない緊迫した声だった。
 そう、彼は気がついたのだ――


α:私の左手――薔薇の指輪から光が溢れている事に。
β:入り口の扉に、予期せぬ訪問者が訪れていた事に。
γ:既に私が、意識を保つことすら出来なくなっていた事に。

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最終更新:2007年10月22日 18:43