487 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 23:56:47


 黒い神父は、鋭い視線で、教会の扉を見つめていた。
 私の立つ祭壇から、長椅子と通路を隔てた反対側……教会の中と外を隔てる扉を。

「……今夜は来訪者が多いことだ。
 こちらにも予定というものがあるというのに」

 誰にとも無く呟く。
 ……扉の向こうに、誰かが立っているというの?

「…………」

 雪華綺晶も、視線を奥の扉の方向へと向けている。
 ……今、私から目を離しても、隙を突かれることはない、とたかをくくっているのかしら。
 けど、悔しいことに、それは……正解。
 今の私には、雪華綺晶の隙を突いて襲い掛かる力すら残っていない。

「人払いをしていたはずだが……それを超えてきたか。
 常人ではないのか、それとも余程強い意志があるのか……」

 前方を見据えたまま、懐からなにかを取り出す。
 それは、一本のまっすぐな長い剣だった。
 ……こんなもの、何処に隠してあったのかしら。

「だが……いずれにせよ、覗き見は感心しないな」

 神父はそれを手に持って……前触れも無く投擲した。
 低い風切り音、直後に扉を揺るがす轟音。
 どんな力を込めたのか、投擲された剣は木で出来た扉に水平に深々と突き刺さった。
 ……ああ、この神父、本格的にただの人間じゃないわねぇ。
 着弾の衝撃で、扉が勢い良く外側に開かれる。
 そこには……。

「む……?」

 そこには、誰の姿も無かった。
 扉の向こうには、かすかに街へと続く下り坂が窺える。
 神父の勘違い……じゃないのだろう、きっと。
 多分、新婦が剣を投げるより早く、その誰かはこの教会を立ち去ったのね。
 ……誰だか知らないけど、早く逃げたほうが良いわよ。
 私は心の中で、顔も知らない誰かに忠告した。

「……逃げたか。
 あっさり引いたということは、誰かに報告するつもりなのか……」

 神父はツカツカと扉に近づき、注意深く周辺を観察した。
 誰も居ないことを改めて確認すると、扉から剣を引き抜き、再び懐に収める。
 ……だから、その剣はどうやって収納してるのよ。

「追わなくていいの、言峰?」

「追ってどうにかなる相手ではなかろう。
 もし追ってどうにかなる相手だとすれば、むしろこの場を無かったことにした方が早い。
 いずれにせよ、雪華綺晶、この場でこれ以上の騒ぎを続けるのは止めろ。
 必要以上に目立つのは、お前も本意ではあるまい」

「……そう、ですね」

 雪華綺晶は、改めて私のほうに向きなおった。
 芝居がかった仕草で腕を振り上げると、その手から白い薔薇の花弁が散る。
 花弁は風も無いのに舞い散って、私の足元まで流れてくる。

「そういうわけで、お姉様。
 不意に邪魔が入ってしまいましたので、今宵はこれまでにしたいと思います。
 しばしの間……お休みになってください」

「な、に、を……?」

 何を言っているの?
 そう口にしようとした私は、急速に意識が薄れていくのを感じた。
 舞い散る花弁が床に積もるように、私の意識も白く塗りつぶされて……。
 これは……いけない、あの薔薇の花弁の力!?

「き、ら、きしょう……っ」

「でも、わたしはまだ諦めてはいませんから。
 お姉様に、わたしのお願いを聞いて貰うために……」

 意識が保てなくなる。
 私はゆっくりと床に膝をつき、崩れ落ちるように身体を横たえ……その直前、神父の独白が聞こえたような気がした。

「しかし、今の来訪者……あれは……」


α:「使い魔……魔女め、日和見を決め込んでいれば良いものを」
β:「自分自身の後始末とは、ご苦労なことだな、弓兵よ」
γ:「あれは……確か、穂群原の学生だったか……?」

――Interlude out

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最終更新:2007年10月22日 18:47