496 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 01:39:01
――――ここで大人しく待つことだ。
郷に入れば郷に従え。……今の俺は知りたいことが山ほどある。拙い行動をとって彼らの信用を失うよりも、僅かでいいから信頼を得、現在、聞きたいこと、知りたいことを聞き出すのが最良の筈だ。
「お、シドさんを連れてコーネリアが戻ってきたようだね」
彼が指差す方向には、俺を介抱してくれたコーネリアさんと、そのすぐ後ろにいかついオヤジが一緒になって駆けてきている。あの人がシドという人物なのだろう。
「そろそろ僕はお暇するよ。僕はここの鉱山区に家を構えている。気が向いたらおいでよ。歓迎するからさ」
「ああ……。グンバ、だったね。あの、ありがとうな。見ず知らずの俺に親身にしてくれて」
俺の礼に微笑で応え、親切な少年は去っていった。それに代わるようにしてコーネリアさんと角刈りのオヤジが俺の方へと向かってくる。
「シドさん、この方です」
「この坊主か、お前さんの言っていたのって。へぇ……」
………汚れたエプロン、シャツも着ていない筋骨隆々な体格、そして逞しい顔つきと角刈りが示すとおり、あまりお上品なタイプではないようだ。年齢は50代といったところか。
グンバは工房長、と言っていたが、物作りを生業にしている人だろうか。あの厚手の皮手袋は、恐らく鉄を打つ仕事に用いる物だ。鍛冶を職にしているのならば、あの盛り上がった筋肉も納得できる。
じろ、とその熟練された陽気な瞳が、俺をじっくりと観てくる。………不振なことはない筈なのに、彼の目を見ていると何故か少しやましい気持ちになってきた。
「―――ここじゃ何だ。大工房へ行こうぜ。一応言っとくが、別段とって喰おうってんじゃねえ。安心しなって。坊主と少し話をしたいだけだ」
「……俺もアンタから色々聞きたいことがある。どこへでも着いて行くつもりさ」
ニカッ、とシドと呼ばれたオヤジは笑い、着いて来いとだけ言って1人スタスタと歩いていった。
「さ、行きましょう、シロウさん」
「わかった」
コーネリアさんに連れられ、俺がいた広場のすぐそこにあった大きな建物の中へと入っていく。これがシドの言っていた大工房か。なるほど、鉄を叩くいい音が中から響いてくる。むわっと立ち込める熱気が、男達の熱意を表しているようだ。
「そこのリフトに乗ってくれ。どうだい、坊主。中々のモンだろ? ここは見てのとおり鍛冶場でもあるが、上には各国の領事館、そして大統領府もあるんだ。この国の集大成さ」
「はあ」
そんな大事な場所に俺なんかを通して良いのだろうか? だがこの男の豪快さを見ているにつれ、それはどうでもいいことなんだって感じてきた。この男は信頼できる。
「2階に食堂がある。そこで話そう。コーネリア、あんたはどうする? もうこいつに付き添う必要はないが……」
「いえ、私もご一緒して構いませんか? ―――ここまで関わっておいて何ですし、彼の行く末を見守らせてください」
そして角にある扉を跨ぎ、こざっぱりとした内装の食堂へと着いた。混雑を予想したが存外空いている。今はお昼時ではないのだろうか? ……そういえば俺って現在の時刻すら把握してないんだよな。
「おう、アイアンパンにベークドポポト、ガルカンソーセージと石のスープを3人前で。若いの、まずは食おうや。腹減ってるだろ? 今回は特別に俺の奢りだ」
「あ、ありがとう……」
「ごちそうになります、シドさん」
「あいよ」
そう言われれば腹が減ってきた。確か下校時にこんなことになっちゃって、夕飯まだ食べてないんだよな。
出された料理をありがたく口にする。ちょっと大味ではあったが、空腹のスパイスもあって、十二分に美味かった。特にこのソーセージ、何の肉を使っているかはわからないが、とてもジューシーで、旨みが口の中に広がっていく。
「へっ、そのガルカンソーセージ最高だろ? 数量限定品なんだぜ。ガルカの奴らに大人気でね、俺が3人分も頼んだ、なんて言わないでくれよ」
彼の話を適当に聞き、料理にむしゃぶりつく。こういう大味な料理というのも、時たま最高に美味しく感じるものだ。
しばらく無言で食事を進めていく。八割がた食べた所でシドが頃合いを悟ったのか、話を切り出してきた。
497 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 01:40:59
「ところでさ。あんた一体どこから来たんだい? そのナリじゃ冒険者ってこともなさそうだし……。かといってここ出身って訳でもなさそうだ。お前さんの顔なんぞ見たことがねえ」
「…………」
彼が信頼できる人物だというのは理解している。工房長の肩書きが示すとおり、多くの人間を乗せられるほどのデカさと、荒波にも耐えられるタフさを兼ね備えている。俺自身先程からこの人物に魅かれ始めていることが何よりの証拠だ。
だがその前に、まずここがどういった所なのかを知っておきたい。この決定的な齟齬を何とかしなければ、いくら彼でも会話を成立させるのは難航しそうだから。
「悪い、その前に俺が訊ねてもいいかな?」
「ん? いや構わねえが……」
「じゃあズバリ聞くけど、ここはどこなんだ? いや、バストゥーク共和国というのはコーネリアさんから聞いたんだけど、俺、そんな国知らないんだ……。
グンバが言ってた『ヒューム』やら『ガルカ』やらも知らない。他にも色々言ってたけど、どれも全く聞いたことがない単語だった。なあ、ここは一体全体どこなんだ? 地球のどの位置にあるんだ??」
「………………」
やはりコーネリアさんやグンバと同じく呆然としている……。俺、そんなおかしなこと言ったのかな? いや、自分ではおかしくないだけで、他から見れば十分おかしいのかもしれない……。
「……まだ、名前聞いてなかったな。何ていうんだい?」
「―――衛宮士郎。衛星の衛に宮廷の宮で衛宮。士道の士に朗らかで士郎だ」
「…………」
シドの顔の皺がより一層深くなる。――――そんなに拙いこと言ったのか?? いや、海外で漢字を使っても意味はないが……それなら何であんたらそう日本語が流暢なのさ。
「………ここは地球とやらじゃねえ。ヴァナ・ディールという。人間には5つの種族があり、お前さんや俺と同じ体をした『ヒューム』、お前さんが会ったグンバの種族は『ガルカ』と呼ばれている。
あんたはまだ出会ったことはないようだが、耳がとがっており、俺らと比べて首が少し長い『エルヴァーン』、小人のような小さな体格をした『タルタル』、猫とヒュームを合わせたかのような容姿をした『ミスラ』。人間族はこの5つの種族から成り立っている。
ここらへんには4国……いや、今は3国だが、4つの大きな国があってな。それがここ、『ヒューム』と『ガルカ』のバストゥーク共和国。ここから北にある『エルヴァーン』どもの国、サンドリア王国。さらに北にはザルカバードって国があったんだが、獣人に滅ぼされちまった……。
獣人ってのは……いや、後で話そう。最後にここから東に海を隔てた所にある『タルタル』と『ミスラ』の国、ウィンダス連邦。一通りの説明はこんな所だ。どうだ? ついてこれてるかい?」
―――なんでさ。頭が痛くなってきた。種族がどうとか国がどうとか、これじゃまるでファンタジーの世界じゃないか。俺の常識では人間は人間であり、猫だのなんだのそんな話は全く聞かない。
それでも説明を端折るのは致命的だとわかっているので、このチャンスを逃さないよう、かろうじて重い頭を縦に振る。シドも躊躇うそぶりを見せたものの、構わずに話しを続けた。
498 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 01:42:24
「で、その4国の中心にはジュノという大国がある。大公であるカムラナートってお方が治めていてね、とても大きな都市なんだ。それぞれの国の中継地点であり、飛空挺、チョコボ、魔法なんかで行き来したりする。……これも知らない単語かい? とりあえずこれも後で説明しよう。
先程言った獣人についてだが……ま、簡潔に言っちまえば化け物さ。
種類は俺達のように5つだけだなんてケチ臭いこと言わず、無限にある。どいつも凶暴、残虐。おまけにバカだ。中には知性のある個体もあるが、だからって説得を試みようだなんて思うんじゃないぜ。連中、総じてロクでもないもんだよ。どこにだっているし、人間を見たら問答無用で襲ってきやがる。
だがそいつらの骨、肉などの体の一部は生活用品、もしくは武器防具なんかに利用されている。……そこんところを考えれば、俺らも奴らと同じようなモンかもしれねえな。特に冒険者なんて奴らの天敵だよ。あいつら病的に獣人を狩ろうとするからな」
「なあ、そのさっきから聞く『冒険者』ってなんだい?」
「言葉のままさ。このヴァナ・ディールはまだまだ未開拓でね、俺達の知らないことが星の数ほどあるんだよ。それは古代人が遺した遺跡だったり、珍しい獣人だったり、前人未到の大地だったり。物だっていっぱい消費する。儲けもする。その莫大な人口で奴らはヴァナ・ディールの経済を回しているんだよ。
確かに成功すればこれほどおいしい商売はねえ。だがな、割の良さそうな話には見返りがいるもんさ。生憎と冒険者に労災は出ない。死亡者数がこれほど多いものなんて他にないね。地道に働くのが一番だよ」
聞けば聞くほど現実とはかけ離れた回答しか返ってこない。
自分なりにシドの話を纏めてみると、要するにこれはRPGなんだ。慎二の家でやらせてもらったことがあるけど、現実ではあり得ない種族、街の外を徘徊するモンスター、そのものじゃないか。
……そろそろ次の話題へと移りたい。何故、俺がこんな所にいるのか、を。
「じゃあ最後に一番重要な話を聞くけど……。――――俺が今から言うことは決して嘘じゃない。真剣に聞いていて欲しい。アンタに多くのことを教えてもらったことは感謝しているけど……それでも俺にはどれも心当たりがない。
でも俺は別に記憶喪失とかじゃあない。頭を打った訳でもない。ちゃんと記憶もある。俺はただこことは違った日常を普通に過ごしていただけなのに、気付いたらここにいたんだよ。俺自身、何でここにいるのかさえ解らないんだ……」
「…………」
「…………」
やっぱり……俺のこと訝しそうに見つめている。
一時的に後悔の念に支配されるが、しかし今正直に言わなければ俺は途方に暮れてしまうのだ……。俺の他にも飛ばされた奴がいるかもしれない。カレンのことも心配だ。もう頭がぐちゃぐちゃに混乱して、正直に話すくらいしか良い方法が思い浮かばないのだ。
「……えと、シロウさん、あなたは疲れてるんですよ、きっと。つらいことがあって頭が混乱しているんだと思います。そんな時は何も考えずに休むのが一番です」
「…………」
失望感に襲われる。
どれほど自分に親切に接してくれる彼女でも、一歩境界線から踏み出せば、まるで着いて来られない。俺の前に敷かれた溝は、深い。
「3国は冒険者用に無料で部屋の貸し出しをしているんです。モグハウスと言いまして。食べていくだけならばそう困ることはありません。大丈夫、きっと何とかなりますよ!」
「―――そう、だね……」
話は終わった。俺はコーネリアさんに連れられ、そのモグハウスとやらに案内してもらおうと、大工房を後にしようとした。
だが、それまで目を瞑ってじっと考え込んでいたシドが、急に俺達を呼び止めた。
499 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 01:43:17
「―――待ちな。お前ら今日のことは他言無用だぜ。グンバにも言っとく。坊主、お前の言ったことは俺が内々で調査するとしよう。国にチクってお前さんを滅茶苦茶にするつもりはねぇ。
――――まだこのヴァナ・ディールには解明されてないことがたくさんあるって言ったよな? 坊主の件もそれに該当するかもしれん。それまでこの国でゆっくりしていけや。
ただし! 無所属の怪しい輩なんぞ国は受けつけねえ。お前にはバストゥーク国民になってもらうが構わねえな? 構わないのなら俺が書類を工面しといてやろう。今日からお前はバストゥーク所属のエミヤシロウだ。ここで生きられるよう、知識も教えとてやる。だからさ、元気だせよ……」
「……うん」
どうして彼は自分にここまでしてくれるのだろう? ――――何となくはわかる。性分だ。親分肌の彼にとって、目の前で誰かが苦しんでいるのが我慢ならないんだ……。まだ出会ってすぐだが、彼の性格はあまりにもわかり易すぎる。
そうして俺は大工房を離れ、コーネリアに連れられて例のモグハウスへと到着した。
「では入り口の所にいる兵隊の方に借家の要請をしてください。それだけで完了ですから。あ、あと他の国でも借りられることは借りられますが、あくまで所属国のモグハウスでないと私物は置けない決まりになっていますので」
「うん、わかった……」
俺の方を何度も振り返りながら、コーネリアは帰っていった。礼を言うべきだ、とは思ったが、そんな気力などとうになかった。
衛宮邸のみんなの顔が一斉に浮かぶ。これから俺、どうなるんだろう……。
Ⅰ:モグハウスを借りて寝る
Ⅱ:グンバの所へお邪魔する
Ⅲ:外へ散歩する
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最終更新:2007年10月22日 19:53