530 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM 投稿日: 2007/09/27(木) 21:44:24

 ―――もう辺りは暗くなっている。ここの住民はもう寝る時間らしく、人気もまばらではあるが………だがどうも眠りたいとは思えない。悲しいやら寂しいやら。色んな感情が絡み合って、気持ちが悪い。

「……ちょっと街の外でも見てくるか」

 建前は気晴らし。本音は寝るのが怖いだけ。
 自分を何の見返りもなく助けてくれる人がいるのは正直心強い。心強いのだが、どうしてもこの不安からは逃れられないのだ。……骨を折って説明してくれたシドさんには申し訳ないが。
 適当にぶらつき、外へと通じているであろう大きな門を見つける。もちろんきちんと帰ってくるつもりなので道はしっかりと覚えておく。この上さらに迷子になるだなんて目も当てられないだろうし。

「冒険者の方、ですか?」
「え?」

 それまで門の横でじっと黙していた衛兵が、いきなり声をかけてきた。やべ、俺何か不審なとこあったっけ? とりあえず首を縦に振っておこう。

「あー……うん」
「見たところあなたは丸腰のようだが……。いいのですか? 外にはクゥダフどもがうろついていますが」

 クゥダフ……。またも聞きなれない単語に思わず顔をしかめる。そのクゥダフとかいうのはシドさんが言っていた『獣人』だろうか。だが俺には投影魔術がある。武器を持たなくともその場で練成することが可能だ。したがって俺が丸腰ということはあり得ない。

「いや、大丈夫さ。心配してくれてありがとう!」
「あ、ちょっと……」

 ダッシュで衛兵の横を駆け抜ける。やましいことなどないけど、俺の素性がバレるのだけは避けたい。まだここの知識はそれほど知らないのだし、出来る限りの問答はよそう。それに今は誰にも話しかけられたくないのだ。
 門の中を走り、一気に出口へと出る。そして…………驚いた。少し長めの通路の先には、街の中では決して想像できない風景が飛び込んできた。俺が目にした光景は、乾いた土、そして枯れた木。そこら中に転がっている石ころに、ヒュンヒュン吹きつける風。――――絵に描いたような一面の荒野が広がっていた。

「凄い、な。一歩外を出たらこんなんかよ……」

 生きている生物は見えない。俺が知っているみずみずしい草木、濃い色をした土、ぶんぶんとうるさい虫、鮮やかな花びら。――――そんなのどこにもなかった。
 ああ、俺―――本当違う世界に来ちゃったんだな……。

「は、はは、は……」

 知らずに小さな笑い声―――否、呻き声をあげる。何故だか涙まで出そうだ。―――孤独感。おかしいな、俺、藤ねえが来るまでずっと一人だったじゃん。オヤジが家にいることなんて滅多になかったんだし。そんなのとうに慣れているだろうが……。

「…………違うな。藤ねえが来たのって俺が物心ついたような大昔だ。それじゃ慣れてるとは言えない、か」

 ――――寂しい。胸に大穴が開いた錯覚。そこに冷たい風が通り去っていく……。何でだろう。彼女らに会ってない時間はせいぜい4、5時間くらいじゃないか。何故これほどまでに不安でたまらないのか。
 どことはなしに歩を進める。目的は………ない。
 すると突然、地面から何か蛇みたいなものが飛び出してきた。ミミズだ。それも俺の腕並に大きな。襲ってくるのかな、と思ったけれど、何をするでもなく穴から出たり入ったりを繰り返していやがる。

「―――ぷ。く、はは……はっはっはっは………!」

 可笑しい。デカいミミズが出たり入ったり出たり入ったり出たり入ったり出たり入ったり出たり入ったり。―――滑稽すぎる。

「ぶっ、アッハハハハハハ!! ぐくっ、ふぐははは……」

 可笑しい。何が? ミミズが。 どこが? どこだろう。……もしかすると、可笑しいのはミミズじゃなくて、俺……?
 ―――狂ってる。世界が。……違う。俺が。

「ははは……。―――あ?」

 唐突に。何やら大きな人影が俺に向かって走ってきた。目に魔力を通し、見てみれば……それは二足歩行でこちらに駆けて来るカメだった。
 ―――シュールだ。
 カメのくせにそれなりに足が速かったようで、あっという間に目の前へと立ちはだかりやがった。そしてこれもまたカメの割には巧みな指使いで、槍を俺の胸元へ構える。

531 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM 投稿日: 2007/09/27(木) 21:45:26

「ハ。―――投影開始。干将・莫耶」

 自分でも驚くほどの滑らかさで夫婦剣を完成させる。―――壊そう。この狂った世界を、ブッ壊そう。そして元の世界へ戻るんだ。

「来いよノロマ。喧嘩を売ったのはアンタだ。倍値で買わせてもらうぜ」
「…………」

 開始の合図もなしに自分目掛けて槍の穂先が飛んでくる。が、やはり鈍い。あのランサーの猛攻に比べれば風に浮いた埃。話にすらならない。
 遅い槍を掻い潜り、カメの横腹に宝剣の柄を叩き込む。地面に転がるカメ。勝負は、ついた。

「―――これ以上怪我をしたくなかったら去るんだな。痛手の筈だ。早く治療に専念するんだ」

 俺ももう帰ろう……。シドの話では、これからはあの国が故郷なのだから。
 ―――と、Uターンして歩を進めた瞬間、背中に火傷したかのような熱さが走った。

「づっ! な、お前………!?」
「………」

 後ろを見れば槍を振りきったポーズで固まっているカメ。―――甘かった。コイツが挑んできたのは殺し合い。つまり、どちらかが死ぬまで戦いは終わらないんだ……!!イカれてる。今になってシドがくれた忠告が頭の中に浮かんできた。獣人どもに説得を試みるなって!

「ぐ……!」

 どしゃり、と今度は俺が地面に倒れる。それにトドメをさすべくカメが俺に馬乗りでまたがり、そして垂直に構えた槍を、勢いよく振りかざした――――! 慌てて穂先を掴むも、押し返せない。こいつ、なんて力だ!? このままじゃ、殺されちまう……!
 カメの顔を見るも、表情というものがまるで感じられない。畜生、このカメ、俺を殺すことしか頭にない。こんな奴に情をかけた先ほどの自分が、非常に情けなく思えてくる。
 いつまで経っても槍を離さない俺に業を煮やしたカメが、きっかり五指がついている手で張り手を喰らわして来た。1発、2発、3発、4発。マズイ、手の力が緩んできやがった……。掴んでいた筈の槍が、ずる、ずると俺めがけて、ゆっくりと下りてくる。
 もう駄目か、と思い、目を瞑って覚悟を決める。…………だが気付けば、1つの人影が、殺しあっている俺達の傍に立っていた。何てこった、俺だけならまだしも、そいつも殺されちまうぞ……!?

「お、おいアンタ! 逃げろ! 襲われるぞ!!」
「…………」

 せっかくの忠告も届いてないのか、そいつは微動だにしてくれない。い、一体何で――――?



Ⅰ:小さな女の子
Ⅱ:フレイムハチェット
Ⅲ:とある暗黒騎士

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最終更新:2007年10月22日 19:57