644 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/10/03(水) 21:57:02
―――見ず知らずの女に私のことを話す義理などない。
そう考えた私は女の要望を無視し、否定の意味合いを兼ねて首をあらぬほうへと向ける―――と、その先に意外なものが目に入った。む、こんなみすぼらしい酒場にも、オルガンがあるのか。小さな体格と古ぼけた木の外装が優しい。
毎日の日課である演奏も、ここに来てからというもの一日欠かしてしまったところだ。丁度いい。人が多いのが玉にキズだが、ここで弾いてしまおう。
「おい……」
意外な行動。自分を差し置いてオルガンの方へ向かっていった私に面食らったのか、アリカの戸惑いの声が聞こえてきた。だが……まあそれはどうでもいいこと。構わずに私はオルガンの蓋を開き、純白の鍵盤を叩いた。曲は―――いつもの賛美歌。
指を打てば流れる温かいパイプ音。―――荒んだ気持ちが刷毛をかけられたが如く滑らかになっていく。うん、教会ほどの豪奢さはないが、十二分にオルガンとしての役目を果たしている。それに乗じて自然と指がワルツを踊る。
賛美歌とは神を称える歌。残念ながら歌詞を歌ってくれる聖歌隊はいないが、それでも織り成す韻律は絶好調。むしろいない方が絶好調。―――神を思う。彼は一体どのような方なのか、もしくはいるのかいないのか。……本当に彼が実在するのならば、これほど残酷なものはあるまい。全ての者を見殺しにしているのだから。
神に手はない。神に耳はない。あるのは小さな人間どもを見つめる大きな瞳のみ。―――これは彼を称える音であるが、神はそれを聞いてすらいないだろう……。
―――終曲。
気づけば。あれほどうるさかった喧騒は止み、私の周りには大勢のギャラリーができていた。―――そして雨が降らんほどの喝采。
まったく……私はあくまで私のために弾いたにすぎないというのに……。とにかく私の気はすんだ。時間も適度に過ぎたし、そろそろ天晶堂に帰るとしよう。
横を見れば、アリカがテーブルの上で肘をつきながら呆とこちらを見つめているのに気づく。……ああ、そういえば居たな、コイツ。
「帰るわ。さようなら」
その一言にハッと我に返るアリカ。だが所詮はたまたま出会っただけのただの他人。私を呼び止める理由などない。彼女は何を言うでもなく、そのまま呆とした姿勢を崩すことはなかった。
私もコイツを繋ぎ止める理由などない。どのような悪魔憑きか気になって覗いてみたものの、軽度も軽度、祓う必要性すらなかった。放っておいても害はあるまい。その点に置いても私たちの繋がりは希薄だ。それに今日はもう遅い、早く帰って寝よう。アリカの視線が背に刺さったまま、私は酒場を後にした。
――翌日
「……本当に行く気なんだね……」
―――私は旅に出ることにした。
「構わないわ。これ以上貴方に迷惑をかける気なんてないですし。第一、私は情婦ではありませんから。それに慣れ親しんだ文明の利器がないというのは中々に心苦しくて。……駄犬の行方も気になりますしね。―――助けてくれた貴方には大変感謝しております」
トランクにある程度の食糧、衣類、薬、聖骸布、アルドに新しく発注してもらったコスチュームを詰め込む。さて、どれくらい長い旅になるのやら。
「……これを持っていくといい。チョコボの免許証だ。移動がかなり楽になる。―――――君は体が弱い。正直ここを出て行って欲しくなどないが……」
「……ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ」
何故彼は私にここまでしてくれるのだろう――――? 私を気に入っているから? 同情? それとも惚気?? ……だけど私たちは所詮他人。いつまでもその好意に甘えてばかりはいられないのだ。これは私なりに考えた答え―――元の世界へ、戻る。
「いずれ必ずお礼に向かいます。その時には借りをしっかりと返させてもらいますから」
「……いや、できれば借りは貸したままでおきたいね。だが君が来た時は歓迎しよう」
不安もある。寂しさもある。だがここで立ち止まる訳にはいかなかった……。彼にはいくら感謝してもしたりまい。アルド―――忘れない。そのまま背を、チョコボ宿舎まで歩いていく。ジュノよ、さらば―――。
「さて、手がかりはゼロ、か。風来坊は趣味ではありませんが、勘で渡り歩くとしましょう」
――Interlude out.
Ⅰ:北へ
Ⅱ:南へ
Ⅲ:西へ
Ⅳ:東へ
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最終更新:2007年10月22日 20:06