688 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM 投稿日: 2007/10/05(金) 15:59:34
――Interlude
久織巻菜に自分は無い。
何故かはわからない。気づいていたらそうなったていた。
加えて彼女は天才だった。
一度本を読めば隅から隅まで記憶できたし、小学生の低学年の頃にはもう全ての履修科目をマスターしていた。愚鈍すぎる両親と、当たり前のことで満足しきっている弟に、常にウンザリしていた。凡人か天才かと問われればどちらかというと天才ではないかと思う。
久織巻菜に自分は無い。
初めてそれを自覚したのが中学に入る頃。――――全てが瓦解した。
わからなかった。自分がない自分は何をすればいいのかわからなかった。やることがなかった。何をやってもうまくいかなくなった。温かかった両親の眼は、目を凝らせば自分への嫌悪に満ちていたし、弟を見れば嫉妬に満ちていた。
巻菜に価値は無い。
それが理解できた瞬間、久織巻菜は一度壊れた。あれほど明晰だった頭脳も翳りをみせ、てんで使えなくなった。学校にも行かなくなった。
―――この話は誰が悪いとか良いとかいった類の話ではない。ただ、久織巻菜には自分が無かったというだけのハナシ。彼女がそれに自覚して壊れてしまっただけのこと。
しかしある日、彼女は気づいた。無いのならば他から奪えばいい、と。
自己の存在意義というものは命と等しいほど本人にとって重大なものだ。存在する証明は周囲の人間が認めてから初めて成される。そのためには周りから見てもらえる場所が必要だ。それがない者、もしくは奪われた者は死刑を申告された気分であろう。
よって、久織巻菜のコピーとして狙われた弟は、怒り狂った。どうにかして自らの居場所を取り戻そうと躍起になったが、所詮は凡人。かつて天才の異名を有した久織巻菜の相手にはならなかった。
こうして。彼女の新たな人生がスタートすることになる。
人格の模倣―――。自分の無い彼女が会得した、久織巻菜にとって最良の生き方。
ここの間に彼女が悪魔憑きと発覚するエピソードと、他の悪魔たちと過ごした期間、悪魔として身についた能力があるのだが、それは直接この話には関係ないので省略する。気になる人はDDD1巻を読んでほしい。
―――そうして数年間は他人を模倣して生きる生活が続くのだが、それもやがて唐突に終わりを告げることとなる。
模倣された者の復讐。彼女に存在意義を奪われた弟の仕返し。―――そしてこれがトドメとなったのだが、ある絶世の美人である少年との出会いと自身の看破。これによって彼女が今まで築いてきた、彼女なりのアイデンティティが崩れ去ることとなる。
その瞬間、実に数年ぶりに彼女は自分というものを露出する醜態を晒すこととなった。そして。健全な一市民であった筈の久織巻菜は全てから追われる逃亡者へと成り下がった。
これに関しては、彼女は実に人間らしい感情を以って、対象に怒りをぶつけた。殺意で報復を果たそうとも考えたが、それも失敗に終わる。……相手がもういなかったのと、相手が悪すぎたのが原因だ。
そして彼女は敵である筈の少年から餞別を授かり、追っ手から逃げ、唐突に目の前に光が溢れ――――今に至るという所だ。
689 名前: ??? ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/10/05(金) 16:00:25
彼女自身、これはついていた、と歓喜したものだが、それもそうもたなかった。本来人間にあるべき姿とは大きくかけ離れた形の人間、外を歩けば問答無用に襲い掛かってくる獣人。楽しいのもつかの間、今では頭の中にはストレスしか残っていない。
久織巻菜は考える。私は一体何をすればいいのか? と。元々自分が無い巻菜であったが、それでも全く無いという訳ではなく、好き嫌いの感情、気持ちいい気持ち悪い痛い、こういった原初の記憶程度は備えており、その僅かに残された久織巻菜はこの世界を嫌悪していた。
これだけたくさん人がいるのだ、誰を模倣するなどよりどりみどりだ。だが、それで痛い目を見るのも自分。彼女は別段、少々変人ではあるが、周りと比べて肉体的に優れているというワケではなかったのだから。だから彼女自身、この世界で行動を起こそうと食指を動かす気にはどうしてもなれなかった。だから酒場に入り浸ってダラダラしているくらいしかやることがなかったのだが……。
「―――カレン・オルテンシア」
あの儚げな女との出会いが、何とはなしにいい刺激になったようだ。
好きか嫌いかで判断するのならば嫌いの部類に入る。だが、彼女からはこの世界の住人とは違った何かを感じさせてくれたのだ。今すぐにでもアクションを起こしたい。さて、久織巻菜はどう行動するか―――?
――Interlude out.
Ⅰ:あの女を追って、■す
Ⅱ:あの女を追って、行動を共にする
Ⅲ:この世界の人間を滅ぼす
Ⅳ:この世界の獣人を滅ぼす
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最終更新:2007年10月22日 20:11