812 名前: ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/10/10(水) 23:48:43

「莫耶って呼んでいい?」

 ぴたりと。
 それまで忙しく動かしていたスプーンを止め、少女は丸い瞳で俺を凝視した。

「…………あ。い、いや、だってさ、いつも呼ぶとき困るんだよっ! 俺が聞いても名前教えてくれないし。だから莫耶! 今日から君は莫耶って呼ぶことにするから!」
「………………」

 半ば押し付けるようにして少女に名を与える。
 そんな俺をじーーーっと何も言わず、あまつさえ表情の変化すらみせずに見つめてくる少女。
 そして顔を下にして俯き、何やら考えている様子。
 ……沈みかえる空気。もしかして……俺…………すべった?

「シロウ」
「はっ、はい……」

 険しい顔で呼びつける王様。
 ああ、でも、もし外していたとしたら……とんでもなく恥ずかしくないか!? ああっ、そもそも自分の愛剣から名前をとって莫耶だなんて安直すぎるじゃないかっ! しかも今気付いたけど、これ夫婦剣じゃん! 嫁にする気満々じゃないか! ヤバイ……あれは俺を軽蔑してる目なんだッ!

「シロウ」
「う……」

 ―――だが甘んじて受け入れよう。
 他の誰でもない。君が罵倒するというのならば俺は……ッッッ。

「―――悪くない」
「……え?」
「莫耶か。悪くはないぞ、いい名ではないか。私も自分の呼び名がないのは大変不便に思っていたところだったんだ。シロウの方からその話を振ってきてくれたのはとても嬉しいぞ。莫耶……うん、莫耶か……」

 ―――なんと。
 咄嗟の思いつきで言った名だというのに、この少女はすっかり気に入ってしまったようだ。
 我ながら安直過ぎるネーミングセンスだとは思うが、一応心は込めたつもりなので、採用してもらえるのは光栄だ。自分の名を確かめるように何度も繰り返し呟いているのが微笑ましい。……もちろん、それ以上にあの微妙な空気に悩まされずにすむという喜びもあるが。

「ふふ、莫耶、か」
「うむ。今日から私を莫耶と呼ぶがいい」

 意味も無く彼女をニヤニヤ見つめる。少女改め莫耶はそれに照れたのか、テーブルにある食器目掛けて顔を俯き、俺と視線を合わせないようにしていたが。まったく、可愛い奴め。

「あ、そうだ。今日は稽古どうする?」
「ん……」

 食事の後は、俺の魔術の訓練とは別に、莫耶の剣の稽古をしている。―――かつてあの彼女が俺に剣を教えてくれたように。
 本音を言ってしまえば莫耶はとんでもなく弱い。……もちろん、それは歳相応の身体能力ではあるが、そんなことを気にもせずに魔物に立ち向かっていくのはちょっと考えものである。
 子ども、ましてや女性に剣を教えるというのは少し抵抗があったが、それでもまた無茶をやられてはたまらない。どうせまた同じような場面に遭うのならば、せめて危なくなった時に逃げられるだけの力は持っていて欲しい。

「もちろんやるぞ!」
「おし、じゃあ飯食ったら広場に行くか!」

 強さの探求。
 彼女は明確な目的を持って、強さを求めている。
 彼女が俺に求めているものは嗜みとしての武道ではなく、実戦を想定したものであった。
 あの幼い瞳に時折浮かぶ激情の炎。
 それが何かはわからないが……でもいずれ話してくれるのだと信じたい。というかそれまでに話してくれるだけの信頼はほしい。

813 名前: ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM [sage] 投稿日: 2007/10/10(水) 23:49:40

「ごちそうさま」
「ご、ごちそうさま……」

 空になった食器をまとめて台所に持っていく。洗い物を手早く済ませ、練習用の剣に見立てた小枝を二本持ち出す。そしてまだかまだかと待っている少女の手をとり、街の広場へと直行した。

 ――――。
 ―――――――。
 ―――――――――――。

「せりゃああああぁっ!!」
「なんの」

 ばしん

 持っていた小枝で莫耶の金髪頭を叩く。多分それほど痛くはないと思うけど、子気味良い軽快な音が辺りに響いた。

「いっ、痛っ…………」
「大振りすぎるんだよ莫耶は。上段は背が高い奴が使ったらそれなりに効果あるけどさ、小さい奴が使っても全く意味はないよ。とにかく細かく細かく。莫耶は力がないんだから相手の小手とか脛を狙うんだ」
「え、遠慮がないなぁ、シロウは。だが次こそはお前から一本とってみせるぞ!」
「うん、その意気だ」

 どたどたどた、と猪の如く突進してくるお子様。うーん、また大振りだ。はい、遠慮なくバチン、と。

 バチン!

「うおぅ!」
「また大振り。ほら、脇をしっかり締めて。確かに大振りは威力がでかいけど、避け易いから。避けられたら隙だらけだぞ?」
「う~~~…………」

 …………恨めしい目でこちらを睨むのは勘弁してほしい。しかも見ればちょっと目に涙が溜まっている。……やりすぎたかな?
 ふと空を見上げれば、赤く染まっていた。いつの間にかこんなに時間が過ぎていたとは。今日はこれまでにしておくか。

「そろそろ終わりにするか。日も暮れてきたし」
「わ、私は……」
「詰め込みすぎはかえってよくない。今度は今日やったことを頭の中でシミュレートしておくといい」
「う、うん……。ありがとうございました!」
「ありがとうございました。…………っと、悪いけどおつかい頼まれてくれない? 今日の晩御飯の材料買ってきて。はいメモとお金」
「ああ、わかった」

 素直に俺の言うことを聞き、店まで駆けて行く。その表情は心なしか上機嫌だ。自分もそうだったが、子どもというのは頼まれごとをされれば妙にワクワクしてくる。無理もない。小規模ながらも広い世界を冒険するのだから。
 さて、あれだと莫耶が帰ってくるまで少し時間がかかるだろう。その間に俺は……。



Ⅰ:グンバの家に行く①(とある暗黒騎士)
Ⅱ:グンバの家に行く②(ヒュームとガルカ)
Ⅲ:そういえば令呪ってどうなったんだろ?
Ⅳ:ローアイアスを投影してみる

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最終更新:2007年10月22日 20:37