229 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM :2007/10/31(水) 01:42:52


「と、遠坂……」
「…………」

 彼女は遠坂凛に相違あるまい。
 凛とした彼女を表現するに一番適した顔のパーツ、雰囲気。トドメに赤い服。その幾百、幾千にも及ぶ組み合わせをクリアできる者などいる筈がない。彼女は遠坂凛だ。
 だが事実の確認よりも、先に盗まれた物を返してもらうのが先決だと頭の中で声がした。

「えっと。とりあえず、その手に握られている物、返してくんない?」
「…………」

 無言で手を伸ばし、莫耶の所持物であろうクリアイエローの水晶を差し出す。気のせいか、そのふてぶてしい態度はこちらを見下しているような気さえする。

「えと……」

 無言の空気に耐えられず、気を逸らそうと改めて彼女の全身を眺める。
 なるほど、彼女は遠坂凛だ。その嫌というほど見慣れた顔、見間違えるなどあろう筈がない。
 ……だが直後、彼女が遠坂凛でない決定的証拠を確認した。というか何故すぐに気付けなかったのか不思議なくらい、ソレはあからさますぎた。

「ち、小さい……。遠坂、お前、それは……?」

 目の前の遠坂凛は……。
 3頭身だったのだ。

「何よ。文句あんの?」
「いや、でも、なんでさ……」

 ———ああ、この気持ちを何と言い表せばいいのか。
 シュール。
 いや、シュールなのは確実だ。普段あれほど恐ろしい彼女が、潰れた饅頭のような愛らしい姿になっているなんて……。プリプリ不機嫌そうな顔ですら、その役割を果たしきれていない。
 そして3サイズが裸足で逃げ出しそうなこの寸胴! いつも密かに自分のスタイルを気にしていたのは知っていたけど、こうなってはスタイルも何もない。こけしに手と足がついたが如くの体。
 何というか、かつて俺の憧れだった遠坂凛を根底から覆すこの現実。本来なら怒りが先にくる所だろうが……それよりも先に、俺は腹の底から這い上がってくるアレを堪えるのに全神経を動員する羽目に陥っていた。

「………………何よッ!」
「いや、くっ、その…………プ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」

 真っ赤になった彼女から、その短い足が俺の股間へと吸い付いていき————。
 瞬間。世界が反転した。

——————。
———————————。

「シ、シローーウっ!!?」
「———お、おおう、おおぉぉ……」

 気付けば。俺は衆目の中、股間を押さえながら蹲るという恥ずかしい格好をしていた。
 目の前を見れば、あの遠坂っぽい子はいつの間にかいなくなっている。

「お、お、おぉぉ……おお…‥」
「大丈夫か!? ま、まさか……毒!? そんなっ、私は解毒の魔法なんて使えないぞ!?」
「お、うお……。だ、大丈夫だ、莫耶。こ、これは金的といってな、男の最大の弱点をやられたんだよ……」
「弱点って……。あの、本当に大丈夫なのか? 何だったら人を呼ぶが……」
「いや、絶対に呼ばないで。放っとけば治るから」
「そ、そうか……?」

 アソコを蹴られました、なんて人に言えるワケがない。そんなことしたら羞恥のあまり死んじまう。
 結果はどうあれ———(結果? 過程じゃなかったっけ?)———とにかく盗られた物は取り返した。気を取り直して立ち上がり、手にしていた水晶を少女へ手渡す。

「はい、どうぞ。水晶なんて持ってたんだな。知らないけど高値で売れるのかな? 今度は盗られないようにしないと」
「ありがとう……」

 そして心底ホッとしたように、少女が胸の中で水晶を抱きしめる。その安心しきった顔を見ていると、こちらも知らずに笑みが浮かんでくる。盗られた物が戻ってきて本当に良かったって思えた。

「あの、今日は町の散策は……」
「———すまん、正直立ってるのも辛いくらいだ。悪いが今日は宿で休養させてくれ」
「わかった……」

 彼女なりに楽しみにしていたのか、しょんぼりとアホ毛を垂らす。その姿を見ていると罪悪感が湧いてくるが、それでも抗いきれないこの辛さ、わかってほしい。

230 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM :2007/10/31(水) 01:44:31


———翌日

「お、来た来た」

 港にでかい船———木造の客船がこちらに向かって巨体を寄せてきた。
 さすがに現代に生きるだけに木造の中型船など見たことなどないが、だが実際目の当たりにすればこの迫力、鉄では味わえぬ趣がある。
 そして桟橋から中へ導くべく橋が下ろされる。一番前に並んでいた俺達は、必然的に一番乗りの形となった。

「莫耶は船、初めて?」
「ああ。シロウは?」
「実は俺も初めてなんだ。楽しみだなぁ。やっぱり揺れは酷いのかな」
「そうだろうな。噂の船酔いとやらにならなければいいが……。距離はそれほどでないにしろ、何せ一晩中乗りっぱなしだからな」

 この町の店屋で適当に旅支度を整えた俺達は、初めての船旅にワクワクしながら最前列で船を待った。が、混雑を予想していた割に人は少なく、肩透かしを喰らった。乗客は俺達を除いて2人のみ。
 ちなみにその2人は、武芸者風の男、全身を布で包んだ、嫌な予感をバリバリに沸き立たせてくれる3頭身という、ちょっと、いやかなり妖しい出で立ちの方々だ。きっと素敵な船旅になること請け合いであろう。

「こちらへどうぞ」

 入り口に立っていた案内人の女性に導かれ、通路を渡る。意外と中は思っていたより狭く、すんなりと目的の場所へと着いた。
 そして困ったことに客室として宛がわれたのは中途半端に狭い一室のみで、あとは表の甲板へと通じる階段だけという有様。俺だってそれほど豪奢なものを期待していた訳ではない。それでももう少し快適な空間を得られるものと無意識に確信していた。
 だが考えて欲しい。
 仕切りもない一室ということは、あの妖しい2人と一晩中顔を見合わせたまま時を過ごさねばならないということなのだ。
 挨拶もそこそこに、俺は寝た。


———夜中

「……ん」

目 を覚ませば、むさ苦しいものと決め込んでいた空間は、俺1人しかいなかった。



Ⅰ:誰かがすすり泣く声が聴こえる……
Ⅱ:あの武芸者はどこにいるのだろう?
Ⅲ:あの3頭身は、一体……

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年11月15日 13:49