269 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM :2007/11/03(土) 15:29:41


 ……何も聞かない。
 何故聞かないのか? 無理にでも聞こうと思えば出来たかもしれない。だが……そうなった場合、俺と彼女との間に大きな溝が生まれるのではないか? そんな不安があった。
 第一、まだ俺と彼女は出会って間もない。そんな奴に涙を流すほどの大事な話を伝えることなんてできない筈だ。俺も彼女の立場だったら———多分、できない……と思う。
 格別、話してくれない彼女を恨めしく思うことなどない。俺達にはまだまだ時間が必要なのだ。

「そろそろ中に戻ったほうがいい。いくら心地よくとも、風邪をひいてしまっては堪らないからさ」
「ああ」

 再び、無言。
 少女を残したまま去るのは躊躇われたが、しかし、このままこの場に留まっても仕方があるまい。彼女に背を向け、俺は狭い客室へと歩を進めた。

「シロウ!」

 ———このまま彼女との語らいは終わると確信していただけに、これは不意打ちだった。振り返って声の主を見れば、その顔は本当に苦しそうで……衝動的に抱きしめてあげたくなるのを理性で押さえつけた。

「私は——別に貴方を信頼していない訳ではない! ただ私にとっての『時期』はまだまだ先の話なのだ……。最低でも十年か、もしくはそれ以上の時を必要とするかもしれない。何をしようにも、この小さな体では頼りなさ過ぎる……」
「…………」
「このまま貴方に頼りっぱなしではいけない。貴方には本当に、言葉では言い表せないほど感謝しているが……それでもこれはまた別の話。こればかりは貴方でも、譲れない……」

 彼女は責任感が強い。全てを自分1人で抱え込む気だ。多分、彼女の言う時期がこようとも俺には話さないだろう。それは彼女に覆いかぶさる『何か』に他者を巻き込まないためで———決して俺を信用してない訳ではないが、だからといってそれ以上信用もしていない。
 後悔の念に包まれる。
 無理矢理にでも口を開かせて、胸の内を吐露させていれば……彼女の抱え込む重荷を、強引にでも奪い取ってあげれば……どれだけ少女は楽になれただろう? 彼女が背負った『何か』は、少女の許容を完璧に超えている。このままでは、沈む。
 今からでも遅くない。彼女からそれを奪い去るべきだ。
 憎まれたっていい。それで俺が嫌われたって……このままでいるより遥かにマシではないか。
 俺は彼女に近付くべく一歩を踏み出し————。

 ——————気付けば眼前に巨大な拳が迫っていた。

「えっ?」
「シロウ!?」

 是非もない。完全な不意打ちだ。極め付けにソレは、明らかに人間の力を超えていた。
 背中をしこたまマストに打ちつけ、気が一瞬遠のきかける。しかし地面に降り注ぐ血の音で、辛うじて意識を繋ぎとめた。

「が……なっ……」

 何故?
 突然すぎて言葉にすらできない。俺を殴ったのは人間の手だったが、ソレは人間ではなかった。褐色の肌に獅子を思わせる頭部。雄々しき角、赤い体毛、そして剥き出しにされた黄ばんだ牙。つまり……ソレは人ではなく、一匹の獣だったのだ。
 続けて響く獣の咆哮。
 メじゃない。罪狩り達も怖かったが、あれは人間としての怖さ。目の前を覆う脅威は人間には備わらない、獣の純粋たる暴力。敢えて例えるのならば、アレはバーサーカーに似ている。人の理性を超越した黒き狂気。理屈ではない。力の前には力しかないのだ。

「シロウっ! シロウ、起きて! 死なないで!」

 俺を心配してくれるのは本当に嬉しいし、力が湧いてくる。だが強大な敵意を前にして、その行動は危険すぎた。
 項垂れる俺の元へ駆けつける少女の胴体を無骨な手で鷲掴み———握る。莫耶は体内の空気を搾り出すような音を出した後、がくりと頭を垂れた。

「きさ、ま……。彼女を、離せ……ッ!」
「GhOOOAAAAAAAAAaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 何がそこまで気に障ったのか。獣は鼻面にオゾマシイほどの皺を寄せ、獣は片腕を除いた三肢を以って突進した。そしてもう一撃———今度は全霊を込めた頭突きを叩き込む。咄嗟に両腕を交差し、攻撃も防ぐも…………腕はボキリと嫌な音を鳴らし、押さえ切れなかった衝撃が胴を貫いた。

「ガっ……!」

 再びマストに叩きつけられ、倒れる。息が止まるほどの衝撃に今度こそ気を失うと確信したが、激痛により意識を強引に呼び起こされる。気絶している余裕なんぞなかった。
 腕を見る。折れたと直感したそれは、しかし曲がってなどいない。両腕は……グシャグシャに捻れていた。

「ヒ…………グ、あああああああああああ!!!?」

 恐怖と悲しみが痛覚を凌駕する。
 一体誰がこのような惨劇を予想できたというのか。紫色に変色した腕、生きているのか死んでいるのかさえわからない少女。あまりに突然のことに投影のイメージすら浮かんでこない。

270 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM :2007/11/03(土) 15:30:46


「Gurrrrrrrrrrrrrr……」

 獣はそのデカイ足で俺を踏みつけ……そしてトドメをさすべく腕を上げ、掌に『炎』を纏わせる。
 酷い……。
 衛宮士郎に避ける術などあろう筈がない。次の瞬間、焦げてドロドロになった自らの顔が容易にイメージできた。
 最後に咆哮。
 垂直に構えられた炎の塊は正確に俺の頭を狙い—————




 ———当たる寸前にそれは四方に霧散した。

「なっ」
「幻獣、炎の魔人、か。厄介だな……」

 俺を守るべく獣に立ちはだかる影。まぎれもなくそれは同乗していた武芸者のモノだった。

「あ、あんたは……?」



Ⅰ:「……ザイドという」
Ⅱ:「よくぞ聞いてくれた! ギルガメッシュ様と呼びなっ!」
Ⅲ:「……衛宮切嗣」
Ⅳ:「ガーランドだ」

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最終更新:2007年11月15日 13:54