40 名前: Fateサスペンス劇場 ◆7hlrIIlK1U [sage] 投稿日: 2006/08/18(金) 19:03:10
一、遠坂のツインテール部分じゃないか?
「……ツインテール?」
「だと思うんだが。ほら、遠坂の頭についてるアレ? なんてことだ。あの部分、着脱式だったのか」
なぜか付属していた説明書曰く、片方で魔力20%アップ、両方で40%アップ、おまけに水洗いもできてとっても清潔。自立行動さえ可能でひとりでに窓から脱走するらしいぞ?
「シロウ。それ、騙されてない?」
「俺もそうだとは思うけど、遠坂だしなぁ……」
コテージに帰ったらツインテールがなくて血相を変えて探してたり。……流石にそれはないか。
「で、これはどうしよう」
ルヴィア辺りにみせたら爆笑してくれそうなんだが、その後確実に遠坂に殺される。かといってこのまま捨てるのも勿体ない。
「捨てちゃいなさいって。シロウがそんなもの持ってると、すぐに面倒な事に巻き込まれるんだから」
「うっ、鋭い指摘。俺もそんな気がしてきた」
未来視なんてできないはずなのに、実にリアルに予想できるその光景。捨て捨て。こんな物騒なものは初めから無かった事にしよう。
「……そんな事より、ねえ、シロウ」
「ん、どうした?」
「温泉、楽しかったよ。―――うん、楽しかった。ありがとうね! お兄ちゃん!」
突然、繋いでいた手を放して、コテージへの道を元気に駆けていくイリヤ。そこに先ほどまでの姉としての面影はまるでなく、だから気を遣って演じてくれてるのだと理解できた。今までの時間を全て夢にしようというのだろう。遠坂達に追求されないように。俺がイリヤに縛られないように。
「シロウ! 早く早くー! きっとみんな、お腹すかせて待ってるよー!」
「おー! すぐいくー!」
ぶんぶんと子供のように手を振るイリヤに、こっちも大きく降って返す。にっこり笑ったイリヤは、一足先に走っていく。その様子はとても楽しそうで、だからこそあまりにも寂しすぎた。大体、イリヤは勝手すぎる。いつもは自分の思うまま無邪気にしてる癖に、肝心なときになるとすぐに遠慮したり犠牲になったり。そんな悪い妹には、ちっとぐらい悪戯してもいいと思う。
「姉さーん! 愛してるぞー!」
あ、こけた。
41 名前: Fateサスペンス劇場 ◆7hlrIIlK1U [sage] 投稿日: 2006/08/18(金) 19:04:11
よし、いよいよ夕食は宴会だ! もらった酒は十分な量がある。イリヤとルヴィアが日本酒を飲めるか心配だったけど、杞憂だったようで安心した。酒がうまいせいか、わいわい楽しくやったせいか、予想以上のペースで空き瓶が転がっていく。
「いちばんっ! 間桐桜! 歌いますっ!」
壮絶なじゃんけん大会を勝ち抜いてまでマイクを手にした桜が何を歌いたかったのか、ちょっと興味があったりなかったり。まあ、桜なら女の子らしい曲なんだろうけど。というかこんな別荘に当たり前のようにカラオケマシンがあるあたり、本当に金持ちだよな、アインツベルン。
「グロテスク!! 脳みそ飛びちり!!」
すげえっ、ベースラインが最高だっ!
「……やれやれ。最後の最後でじゃんけんに負けちゃったわ」
「戯けた事を。人間相手の勝負事など、少しその気になればどうとでもなるではないか」
「お生憎様。わたしはそんな不粋な事はしないの。あ、なによ、もうおつまみないじゃない。―――ねえ、士郎」
「この音楽こそレイプだ! もっと犯してくれ! ―――あ、はい。なんでしょう」
「悪いけど、何かつまむもの用意してくれないかな」
「はいっ、喜んで!」
こんなに美人のお姉さんの頼みなら、どんな事でもお安いご用ですとも。ええ!
「横着だな。それ位自分でなんとかするがよい。あやつだけかと思えば誰にでもそのように甘えてるのか」
「むっ、なによそれ。料理も何もできない奴に言われたくないわ」
突然睨み合うロングヘアとショートヘアのお姉さん達。双子かなにかだろうか。同じ顔をした絶世の美女同士、もう少し仲良くしてくれたらいいんだけど。
「ふっ、愚かな。たとえ家事に疎くとも―――」
そう笑って、髪の長い女性はその大きく開いたドレスの胸元に腕を差し込んで……。
「―――見よ。つまみなど自力で調達できる」
「猫缶じゃない。どこからこんなものを」
「なに。例の紛い物がこの辺りをうろついていたのでな。灸を据えるついでに奪っておいた。ん? どうした人間」
「はっ、鼻血がっ……」
惜しかった。滅茶苦茶惜しかったですよ、今の。もう少しで先端が見えそうだったのに全然見えなかったあの絶妙の動作。あなたは健全な男を出血多量で殺す気ですかっ。ていうかそのドレスのデザイン凄すぎ。着脱式の袖とかそういうレベルじゃない。
「……まあいい。ちょうど二つあるのでな。ほれ、食らうがいい」
「仕方ない。頂くわ」
シュールだ。猫缶をつまみに日本酒を飲む金髪美人の二人組。誰がこんな光景を予想しただろうか。しかも片方はドレスときた。まあ、ドレス姿の奴ならうちにも一人いるんだけどさ。
「しぇろー。ちゃんとのんでますー?」
ほら、ここに。ってルヴィア、背中にくっつくなって。耳に息を吹き掛けないでくれ、この酔いどれお嬢様が。
「しぇろったらけちですわー」
酔いに上気した顔でぶー、とむくれるお嬢様。
「ほらほら、あそこで桜とイリヤがデュエットしてるからまぜてもらえ。ほらほら、楽しそうだぞ」
背中を押して、どうにかあっちに押し付ける。すまん、二人とも。
42 名前: Fateサスペンス劇場 ◆7hlrIIlK1U [sage] 投稿日: 2006/08/18(金) 19:04:59
「……心地よいものだな。酒に酔うというのは」
「そうね。妹が好むのも分かるわ。それにしても凄いわね。わたしたちを酔わせる事ができるお酒があるなんて」
「同感だな」
「えみやくーん、土下座ー」
お前もか遠坂っ! しかもルヴィアよりたち悪いし。
「ねえ、この際だから酔った勢いで聞いちゃうけど」
「なんだ。下らぬ質問なら答えぬぞ」
「あなた、志貴の事どう思ってるの?」
膝の上に乗ってごろごろ喉を鳴らす遠坂の相手をしていると、なんだか俺達が聞いてはいけなそうな話が始まってしまったようだ。邪魔にならないよう移動しようとしたけど、ショートヘアの女性はそれには及ばないと首を振る。
「……知らん」
「なによ。わたしに隠さなくてもいいでしょ」
「……自分でも分からんのだ。私はあやつに恋してるのか。単に疎んでいるのか。分かるのはただ、あやつがあの脳天気な顔を見せにやってくる度に、それを握りつぶしたくなる衝動に駆られたくなるということだけ。……本当に、それだけだ」
髪の長い女性が呟いた内容は、分かるような、分からないような。分かることはただ一つ、これは俺なんかには口出ししていいような話題じゃない。
「ふーん。でもさ、人間達はそういう感情のことを恋って名付けたんだと思うんだけど?」
「つまり、おぬしもそうなのか?」
「わたし? わたしは志貴の事好きよ?」
あまりにもあっけない、純粋すぎる答え。しかし、彼女たちにはそれで十分だったのだろう。あれだけ神妙だった空気が、その一言で書き消えた。
「酔ったな」
「ええ、酔ってるわね」
「ならば、そろそろ帰るとするか。人間。馳走になった。礼をいうぞ」
「美味しかったわ。ごちそうさま」
二人の女性が去った後には、空になった猫缶が二つ、ほんの少しの寂しさをにじませていた。
酔い覚ましの為に外に出る。夜風が肌に心地いい。見上げればそこには満天の星空。あまりにも深く多くの星々があって、転んだらあそこまで落ちていきそうで怖かった。
夜の海は暗く黒い。水平線は闇に溶け込んで、遥かな宇宙まで続いている。波の音が囁く中、浜辺の砂を踏み締めて歩いた。何か大切な事を考えながら、何も頭に浮かべずに。
そのとき。ふと―――
一、遠坂らしき人影が見えた。
二、桜らしき人影が見えた。
三、イリヤらしき人影が見えた。
四、ルヴィアらしき人影が見えた。
五、空を自由に飛びたくなった。
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最終更新:2006年09月04日 17:02