158 :ゼロの慎二 ◆mkWK7X3DHc :2007/10/26(金) 20:40:35
待:名前も知らぬ少女の手伝いをする
「おい、ちょっとまて」
「はい?」
「あ〜……んー、なんだ——」
『手伝う』そんな簡単な言葉が出てこない。自分から手伝おうとするなんて、何年ぶりだろうか。少なくても記憶には残っていない程昔になる。
発声の仕方をを忘れたかの様に、声が出てくれない。照れくさい。こんな事は自分のキャラクターじゃない。普段なら絶対に自分からしようとなんてしない。なのに今、目の前の少女に手伝いを申し出ようとしている。申し出ようとはしているのだが、それができないでいる。
——ああっ、面倒だっ……!
言葉よりも先に手が出ていた。少女が片づけようとしていた食器の乗ったお盆を奪い取る。
「……自分でやるからいい」
これが僕の精一杯。これだって顔から火が出るほど恥ずかしい。
「いいですよ。他にも片付けないといけない物も有りますから」
せっかく奪ったお盆を、取り返そうとする女。だが易々と取られたりはしない。
「いいっていってるだろ。自分の仕事しろよ、お前」
「……ですが」
「——しつこいぞ。自分の事は自分でするって言ってるんだよっ」
僕は何をやってるんだろ。食事を用意してくれた彼女の……手伝いたかった筈なのに……
「どこに運べばいいんだ?」
お礼すらもまともに言えない自分の性格が嫌になる。
「こちらです」
案内された先には、山のような食器。
「これ、お前一人で片付けるのか?」
あはは、と乾いた笑いだけが返ってくる。これを一人で片づけていたら、終わるのは深夜になるだろう。
「コレをいつも一人で片づけているのか?」
「いえ……いつもは三人はいるんですけど……」
言いにくそうに言葉を詰まらせる。その先を問いただすように促す。
160 :ゼロの慎二 ◆mkWK7X3DHc :2007/10/26(金) 20:43:05
「————昼間の『騒ぎ』に巻き込まれて、怪我をしてしまったんです」
顔を俯かせ、済まなそうに告げた。
そうか、この惨状は僕のせいって訳か……なのに少女は笑顔で食事を用意してくれた。
「ふーん、大変だな。ま、頑張りなよ」
なのに出てくるのはそんな言葉で……
「はい」
少女の笑顔が、心に突き刺さった。
「さて、さっさと片づけるかな」
眩しい笑顔から顔を背けるように、皿を洗い始める。
一枚、また一枚と、手際良く食器をかたしていく。カチャカチャと陶器のぶつかり合う音だけが、空間を満たす。
少女はいつまでたっても洗い終わらない僕を不思議がって、此方の様子を伺ってきた。
「あっ、使い魔さんっ! それはいいですよ。ご自分の食器は終わってるじゃないですか」
慌てて僕を止めようとする。
「これは洗われて困る物なのか? そうじゃないなら別にいいだろ。僕が好きでやってるんだから。部屋に戻っても暇だしな。」
それは嘘。こんな面倒な事は、今すぐにでも投げ出してしまいたい。でもそうしない。責任感? 罪悪感? 自分の起こした結果への免罪符が欲しいのか? 分からない。でもここで帰ったら、ぐっすり眠れない。だから僕はやるんだ。そうだ、今夜熟睡するためなんだ。胸の中のモヤモヤを掻き消すように、自分に言い聞かせる。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げられる。本当は僕が下げなければいけないのに……
「別にお前のためにやる訳じゃない、勘違いするなっ!」
結局洗い物が終わったのは日付の変わった後だった。あと少しで終わる所で抜け出してきたが、もう終わっているだろう。
さっさと部屋に戻ってぐっすり眠ってしまおう。今日は色々ありすぎて疲れた……
部屋の主を起こさない様に、静かに扉を開ける。部屋の中には……
最終更新:2007年11月15日 21:03