517 :371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg :2007/11/13(火) 00:18:49


「……っ、ここは、教会!?」

 扉の向こう側、そこは……教会、だった。
 月明かりの中に浮かび上がるのは、見覚えのある礼拝堂……ついでに、聞き覚えのある音色。
 どうやら、現実世界のほうに戻ってきてしまったらしい。
 俺がnのフィールドを彷徨っている間に、随分時間が経っていたみたいだ。
 正確な時間はわからないが、月明かりが出ていることを考えると、陽が沈んだばかりってわけじゃなさそうだ。
 ……いや、そんなことを考えている場合じゃない!

「入るぞ、カレン!」

 ノックしている暇はない……そもそも、扉を開けておいてからノックするのも間抜けな話だ。
 中にいるのが誰かはわかっているので、断りを入れてから教会の中に足を踏み入れる。
 ……灯り一つついていない礼拝堂の中は、しかし意外にも暗くない。
 陽は落ちてしまっているが、天窓から差し込む月明かりは、充分なほどに礼拝堂の中を照らしている。
 その中で、神を讃えるオルガンの音色が、ゆっくりと終わりを告げる。
 大掛かりな装置のついたオルガン……その前に座る少女は、最後の鍵盤からそっと指を離すと、ようやくこちらへ顔を向けてくれた。

「こんばんは、衛宮士郎。
 このような夜更けに、貴方がここに来るとは思いませんでした」

 少女……カレン=オルテンシアは、そう言って音も無く会釈した。
 修道衣から覗く素肌には、相変わらず真っ白な包帯が見え隠れしている。
 その白さが、薄暗い月光の下では、いやに目だって見えてしまう。

「ああ、俺も教会に来るつもりじゃ……」

 無かった、と続けようとして……俺は、言葉を失った。
 礼拝堂の中、目に止まったある物に釘付けになったのだ。

「……そうですね。
 貴方は進んでこの場所に来ることはない。
 貴方がここに来るということは、必ず何か意味があるのですから」

 カレンの立つ場所の隣、天窓から差し込む月明かりに照らし出された祭壇。
 その手前の床に散らばった、夥しい数の黒い羽根。
 ……黒い、羽根。

「カレ、ン……一つ、聞きたいんだが……」

「聞くまでも無いでしょう。
 貴方が来るとは思わなかったけれど、貴方が来た理由はわかりますから」

 俺が質問を口にするまでも無く。
 カレンは、横目で祭壇を見ると、いともあっさりと告げた。

「……あの人形は、貴方と関係あるのでしょう?」

「————っ!?」

 どくん、と心臓が大きく高鳴る。
 あれは、あれは、もしかして……!!
 よろめくように、一歩近寄る。
 黒い羽根は、床から祭壇へと続いている。
 一歩近寄る。
 駆け寄りたいはずなのに、両足がやけに重たい。
 一歩近寄る。
 祭壇の上に、何かが乗せられているのが見えた。 
 一歩近寄る。
 背中に噴出した冷や汗が気持ち悪い。
 一歩近寄る。
 祭壇に乗せられたソレは、ピクリとも動かない。
 一歩近寄る。
 祭壇に続く段差に足をかけた。
 一歩近寄る。
 カレンがこちらを見ているが、今はそれに構っていられない。
 一歩近寄る。
 ゆっくりと祭壇に手を置き、真上から覗き込んだ。

「……………………水、銀燈?」

518 :371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg :2007/11/13(火) 00:19:50


 ソレを間近で見た途端、俺の全身から血の気が失せた。
 力なく仰向けに投げ出された身体。
 かぎ裂きにされた漆黒のドレス。
 乱れるままに散らばった長い髪。
 半ばから先が無い右腕。
 そして……片方を失った黒翼。
 ……身体の一部を欠損した水銀燈は、静かに祭壇の上に横たわっていた。

「……そんな……まさか……」

 死んで、いるのか……?
 無意識に、水銀燈へ手を伸ばして……その薬指に嵌められた、薔薇の指輪の存在を思い出した。
 薔薇乙女《ローゼンメイデン》との契約が破棄されない限り、ミーディアムから離れない契約の指輪。
 それがまだ、こうしてあるということは……。

「生きてる、ってことか……良かった」

 その結論に、思わず安堵の溜息をついて——。

「そうですね。人形が生きているという概念が、正しいのかどうかはわかりませんが。
 少なくとも、死んでいるわけではないのでしょう」

 直後に、後ろから語りかけてくる、修道女の言葉に。

「ですが、衛宮士郎。
 ただ生きているだけ、それは死ぬよりも残酷なこと。
 そしてそれは、貴方が招いた結果でもあるのですよ」

 俺は、自分が呟いた言葉を死ぬほど後悔した。
 良かった?
 今、良かったって言ったのか、俺は?
 水銀燈がこんなに傷ついているのに……何が良かったって言ったんだ?

「…………っ!!!!」

 全身に、血の気の代わりに駆け巡るものがある。
 それは、激しい自己嫌悪。
 ……水銀燈がこんな酷い目に遭っている間、俺は一体何をしていたんだ!?
 一緒に戦うと、そう言ったのはどの口だ!?
 真紅と交わしたあの約束は、なんだったんだ!?

——あの子を……水銀燈を助けてあげて。
  それは私にはもう出来ないこと……士郎にしか、頼めないことなのだわ。

 あの時、俺は大丈夫、と答えた。
 大丈夫だ、やれるだけはやってみる、と答えたんだ!
 それなのに……それ、なのにっ……!!

「……、っ」

 水銀燈の背中に手を回し、抱き上げる。
 肘から先の無い右腕が、バランスを悪くしていたが……構わない。
 割れ物を扱うように——生まれたての赤子を抱くように——優しく、優しく両腕で支える。
 腕の中の水銀燈は、とても軽かった。

「ゴメン……真紅……。
 ゴメン……水銀燈……ゴメンな……」


α:カレンに聞きたい事がある。
β:水銀燈とともに家に帰る。

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最終更新:2007年11月16日 12:15