558 :371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg :2007/11/14(水) 07:26:49
水銀燈を抱きかかえて、背を伸ばす。
本音を言えば、一刻も早くここから立ち去りたかった。
この場所には、嫌な思い出が多いから。
けれど……その前に。
「なぁ、カレン。一体、ここで何があったんだ?
何故、水銀燈はこんなことに……」
カレンなら、何か知っているかもしれない、と思ったのだが……。
俺の期待は、カレンの首を横に振る仕草によって否定された。
「それは私にもわかりません。
私が礼拝堂にやってきた時には、既にその姿で祭壇の上にありましたので」
「……他に誰もいなかったのか?」
「ええ、私とその人形以外には、誰も」
「そうか……」
カレンの言うことだ、間違いはないだろう。
もし、本当か、と念を押したら、神に誓って、と当たり前のように返ってくるに違いない。
でも、それじゃあ、一体何があったんだ?
この教会で何かあった……それは確かだ。
何か……恐らく、アリスゲームのための戦闘が。
でも、水銀燈がこうまでやられるなんて……よほどの死闘だったのか、それとも……不意打ちだったのか。
いずれにしても、唯一の当事者である水銀燈が目を覚まさない以上、今はそれがなんだったのかを知ることはできないだろう。
つまり……これ以上は考えるだけ無駄、か。
「わかった。今日はもう帰る。
済まなかったな、カレン。
いきなり来て、取り乱しちまって」
「いいえ。
事情はわかりませんが、貴方にとっては大事なことだったのでしょう?」
礼を言いながら頭を下げると、カレンはそっと両手の指を重ねて祈りの仕草をした。
修道衣の裾から、包帯を巻いた左手がチラリと覗く。
「そうだな……この埋め合わせは、そのうち必ず」
「ええ、期待しておきましょう」
右目を包帯で覆ったカレンは、そう言って口元を綻ばせた。
踵を返し、教会の扉へ歩き出す。
腕の中の水銀燈をいたわるように、揺らさないように気をつけながら。
そして、心の中で俺は——
最終更新:2007年11月16日 12:16