110 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx. :2007/10/23(火) 03:08:45

ドアの先では…
→様々な大きさのぬいぐるみが、何かに群がって「食事」をしていた。


ドアノブに手をかけると、ドアはさしたる抵抗もなく開いた。凛は躊躇することなくその中へと足を踏み入れる。
ビルに入居している企業のオフィスとしえ使われていたであろうその部屋は、すでに面影をとどめてはいなかった。室内の事務机は横倒しになり、書類は散乱してタイル張りの床に広がっている。

そして、その部屋の中央。散乱する机と机の間では、《食事》が行われていた。

食事、そう、それは食事と言うほか無いだろう。大小さまざまな大きさのぬいぐるみが、人形が、部屋の中央で苦悶の表情のまま事切れている人間に群がり、血の池の中で水音をたてながらそれを解体している。
小さなフランス人形は、手に持ったかみそりで何度も何度も腹を割いていた。
制服を着た少女を模した人形が、切り裂かれた腹から肉色をした■■をずるずると引き出していた。
大きな熊のぬいぐるみは、大きな牙で何かを咀嚼している。その腹に出来たほつれから垣間見える綿は、血を吸って赤く染まり、まるで内臓のように見えた。
「なによ、これ……」

「お食事よ」

「———ッ!?」
月光に満たされた室内に響いた声は、その場にいるはずの誰のものでも無い、鈴のなるような女の声だった。
「こんばんは、魔術師のお嬢さん。今日は綺麗な月が出ているわね」
その肌は月光の中でなお白く、夜闇の中に踊る髪は闇に負けぬほどに艶やかな黒、瞳は月よりも強く輝く紅玉の色。その少女は絶世の美貌を持っていた。
月に照らされた赤い瞳の少女は、赤い血の池の淵で凛にむかって優雅に一礼をした。
その光景に、凛はかすかに息を呑む。この状況で、遠坂凛に息を飲ませるほどに、その光景は妖しく、そして少女は美しかった。
「そしてこんばんは、赤い衣の弓兵さん。物騒なものをお持ちですね、もしかして、私は殺されるのかしら?」
「……」
「あら、私と話すのはお嫌かしら?」
凛が少女に見とれている一瞬の合間に、彼女の視界には、赤い衣をまとったアーチャーの背中が、まるで盾のように出現していた。
アーチャーの左右の手には白と黒の剣が握られ、その視線は油断なく赤い瞳の少女を睨み据えていた。
「一応聞くわ、これをやったのは貴女ね」
凛の問いに、少女は一瞬首をかしげるような仕草をとった。
「ああ、これね」
得心したように、少女はうなずくと、足元に広がる血の行けと、その中央に転がる《残骸》を指さした。
「ええ、私がやったわ。意味はあまり無いのだけれど」

「《セット! 解放! 拡散!》」

少女がうなずくとほぼ同時、凛はあらかじめ掌中へと落とし込んでいた小粒の宝石を少女に向けて投げ放った。
キーワードと共に放たれた宝石は空中で魔力へと還元され、さらにその魔力が数条の光の弾丸となって少女へと突き進む。
死体に群がっていたぬいぐるみが、剃刀を手にして、あるいは爪を逆立てて凛に襲いかかるが、アーチャーが手にした双剣を一閃してそのことごとくを撃墜した。
その間わずか一秒。
凛の放った魔力の弾丸は、狙い違わず少女の体へと吸い込まれた。
閃光が狭い室内に充満する。

「———嘘」
はじめに声を漏らしたのは、弾丸を放った遠坂凛であった。
「ありがとう、魔術師のお嬢さん。綺麗な花火だったわ」
赤い瞳の少女は、光の弾丸が降りそそいだその場所で、まるで何事も無かったように悠然とたたずんでいた。その肌には小指の爪の先ほどの瑕も無く、その衣服にすら一片の破れも無い。
凛の攻撃が不足であった訳ではない、投げ放った宝石は彼女がもつ秘蔵の宝石にこそ及ばないが、中の上程度の部類に入るものであり、直撃すれば人一人をいとも容易く吹き飛ばす威力を持つ。
その証拠に少女の足元の床は無残に崩れ、背後のコンクリート壁には穴が開き、そこから夜空を覗かせていた。
そう、少女は消滅したはずの床の上に、何事も無いように静止している。
「ああ、何も驚くことはないのよ。ただ単に私を傷つけるには足りなかっただけ」
少女はクスクスと笑いながら、フワリと空間を蹴って、壁面の破れから夜空へと身を躍らせた。
「ま、待ちなさいよ!」
「うふふ、もうちょっと遊んであげても良いけど、そちらの弓兵さんに斬られるとさすがに少し痛いもの……今夜はこのくらいで失礼するわ」
少女は凛の表情を嘲るように、先ほどと寸分違わぬ優雅な一礼を残し、中空へと溶けて消えた。

これが、のちに特定犯罪第568号に指定される連続猟奇殺人事件、通称「式神の城事件」の始まりである。

111 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx. :2007/10/23(火) 03:09:46

一方その頃/


桐の間に、二人の人間が座していた。一人は男、一人は女である。
男は見た目は40そこそこ、山伏そのものといった装束を身にまとい、その面は烏をかたどった奇妙な面で覆われている。
女はまだ少女と言って良い年頃で、その身には清められた白の千早と緋袴を身に着けている。艶やかな黒髪と、湖のような静謐さを湛えた黒曜の瞳が印象的な少女だった。
「結城小夜」
「はい」
男の呼びかけに、小夜と呼ばれた少女が答える。少女の透き通った声は、真摯でその分だけ感情の揺らぎが希薄なものだった。
「冬木、杯の地に神が出た。———狩れ」
「承知しました」
男は小夜の返事にうなずくと、自分と小夜の間に置かれた三方を差した。その上には小さな紙片が載っている。
「ヤタを預ける」
「はい」
小夜は白い指先で紙片をつまみあげた。神には神代の文字が印されている。
「ヤタ!」
その名を、その紙の名を、その紙に封じられた神である己が式の名を、小夜は鋭く呼んだ。
呼ぶと同時に、神代の文字が記された紙が輝き、神は光となって舞い上がった。小夜の掌ほどの大きさであった紙は、またたく間に鷲ほどの大きさを持つ巨大な鳥の姿を形作る。

神鳥ヤタ。

青く輝くこの神代の烏こそが、小夜の式であった。
ヤタ輝く瞳で小夜を見上げると、迷うことなくフワリと舞い上がり、小夜の肩を止まり木とした。
「杯の地では戦が行われていよう。召喚された彼岸の英雄。障害となるならば排除せよ」
「はい」
「では行け」
小夜はわずかも顔色を変えず桐の間を辞した。
男は小夜の後ろ姿を見て、仮面の下の両目をわずかに伏せた。
それだけだった。


/一方その頃・完

112 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx. :2007/10/23(火) 03:11:54

「先輩、起きて下さい」
柔らかい声と共に、体を揺さぶられた。
心地よい振動と、目蓋越しの光を感じて、ゆらゆらと睡魔に引き摺られるままに沈殿していた意識が浮上していく。
重いままの目蓋を持ち上げると、土蔵の扉の隙間から射し込む朝日に照らされながら、桜が微笑んでいる姿が見えた。
「先輩、朝ご飯、できましたよ?」
「ん、おはよう桜」
まだ半分眠っている脳に動員をかけて上体を起こすと、引っ掛けていた毛布がずり落ちて音をたてた。
どうやら昨晩もガラクタいじりをする内に、土蔵の中で眠ってしまったらしい。
「はい、おはようございます」
「おはよーしろー、寝坊だぞー」
土蔵の扉の影からひょっこりと顔を出した藤ねえがひらひらと手を振っている。
「ああ、藤ねえもおはよう」
冷たい床の上に横になっていたせいで硬くなった肩の筋肉をほぐしながら、俺は藤ねえに向けて同じようにひらひらと手を振って返事を返す。
ここで、致命的な違和感を感じた。
「なあ、桜。もしかして俺、すごく寝坊した?」
「士郎ー? なんでお姉ちゃんの顔見て言うかな?」
「え、ええと大丈夫です。不安になるのは分かりますけど」
「桜ちゃんまでひどいー」
かなり本気で涙ぐむ藤ねえ。ちょっと面白い。
「ああ、どっちにしろ、また桜に朝作らせちゃったな。ごめん」
「いえ、好きでやってることですから」
桜は少しだけ頬を赤らめてにこりと微笑んだ。
「そうだよねー、最近桜ちゃんの料理ぐうぅっ! っと美味しくなったよね! これは士郎が追い抜かれる日も近い!」
「そんな、私なんてまだまだ……」
と、桜は謙遜するのだが、実際洋食では完全に追い抜かれてしまっている感がある。始めて作った時に比べれば天と地の差があるだろう。
とか言っている内に、ぐぅっ! と音がなった。藤ねえのおなかから。
「あははー、珍しく早起きしたからお姉ちゃんおなか空いちゃったー」
「そうだな。じゃあ、俺は顔洗ってくるから準備を頼むよ」
はい、とうなずく桜と一緒に土蔵から外へと出る。
外は、晴れわたる冬の青空に朝日が輝く良い天気だった。


「それで、藤ねえ。なんだって今日はこんなに早いんだ?」
顔を洗って制服に着替え、食卓についた俺は、嬉々として納豆をかき混ぜている藤ねえに声をかけた。
「うーん……ほら、最近新都の方で殺人事件が起きてるじゃない」
「ああ……」
確かに、新都ではここ一週間ほどの間に何件もの人死にが出ていた。
昨夜も新都のビルで爆発があったらしく、ビルに詰めていた従業員が数人死亡したらしい。
「それでね、うちの近所でも被害にあった人がいて、お爺ちゃんがお葬式の世話とかをね。わたしもその手伝い」
藤ねえの祖父に当たる雷画爺さんは、この町の顔役として何かと顔が広い。だから、時折そういったことがある。
俺の親父、衛宮切嗣が死んだときも、同じように葬式を出してもらった。
だから、と言うわけではないが、俺にはその一件がどことなく他人事ではないような思いがあった。
「藤ねえ、俺にもなにか……」
「ううん、大丈夫大丈夫、手は足りてるから。それよりもほら、ご飯食べちゃおう! 桜ちゃん、おかわり!」
俺の言葉を遮って、藤ねえはまだ半分も中身の残った茶碗を桜に突き出した。重苦しくなっていた空気が霧散して、いつもどおりの和やかな雰囲気が戻ってくる。
俺も、藤ねえのその気遣いに乗ることにする。
朝の時間は、ゆったりと過ぎて行った。

桜と藤ねえが部活の朝錬のために先に出発したあと、俺は洗い物を済ませてから、自宅を後にした。
朝の風景はいつもと変わらないが、それでも通りがかる人の表情はやはりどこか重く、怯えを含んでいた。
冬木市連続殺人事件。
そう銘打たれたこの事件は、テレビ番組の報道でこそ淡白にしか取り上げられないが、色々な噂が付きまとっている。
曰く、自殺した元アイドル歌手の崇り。
曰く、闇夜に暗躍する紫の髪をした美女の亡霊。
曰く、カルト教団の暗躍。
どれも真実味の薄い与太に過ぎないが、それでも人の口を経るごとに脚色され、不安を増大させていく。
かといって、俺にはその不安をどうすることもできない。
それが《正義の味方》を目指す衛宮士郎には、どうしようもなく歯がゆかった。
「あれ? あれは……」
いつもどおりの通学路。
いつもどおりの風景。
そこに、いつもとは違う人影を認めて、俺はふと足をとめた。

そこにいたのは…

1:黒服にサングラス、くわえ煙草の見るからに怪しい男
2:真っ青な道士服に身を包んだ男
3:友人の間桐慎二

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最終更新:2007年11月16日 12:30