-成汰くんの十二月二十五日-
今日は十二月二十五日。
つまりはクリスマスだ。
俺は別にクリスマスは嫌いじゃない。クリスチャンではないが、今の日本にそういう縛りはないと思うし、完全にイベントとして定着しているわけだから楽しむのは構わないと思う。朝から母さんとキッチンに立って、前日辺りから仕込んだ食材を片づけながら、一日かけてローストチキンに始まりケーキまでのクリスマスメニューを作るのは俺としては至福の一日と言って過言じゃない。
友人の男共に言わせると、クリスマスイブ及びクリスマスはカップルたちが街に溢れる恐怖の日であり、果てない破滅志向と殺意を押し殺す日らしい。
馬鹿か。
まぁ、そんなことを言うと本気で殺されるので口にはしないが。
とにかく俺はクリスマスは嫌いじゃない。
ただしそれは、去年までの話だ。
つまりはクリスマスだ。
俺は別にクリスマスは嫌いじゃない。クリスチャンではないが、今の日本にそういう縛りはないと思うし、完全にイベントとして定着しているわけだから楽しむのは構わないと思う。朝から母さんとキッチンに立って、前日辺りから仕込んだ食材を片づけながら、一日かけてローストチキンに始まりケーキまでのクリスマスメニューを作るのは俺としては至福の一日と言って過言じゃない。
友人の男共に言わせると、クリスマスイブ及びクリスマスはカップルたちが街に溢れる恐怖の日であり、果てない破滅志向と殺意を押し殺す日らしい。
馬鹿か。
まぁ、そんなことを言うと本気で殺されるので口にはしないが。
とにかく俺はクリスマスは嫌いじゃない。
ただしそれは、去年までの話だ。
時間がない。
「今年の成汰はまた一段とすごいな」
「そうでしょうー。ますます手際が良くなって、いつでもお嫁に行けるわぁ」
「お婿の間違いじゃないの、母さん。まぁ、兄さんだとリアルにお嫁に行けそうだけど」
後ろからの家族の声に対応している暇すら惜しい。
「やっぱり会社に持っていくケーキを頼んだのはまずかったな。今年も好評だったんだが」
「そうよねぇ、ご近所さんからも『また来年も』って言ってもらっちゃったくらいだもの」
「そろそろ材料費以外にも払ってもらったほうがいいんじゃないの? さすがに」
いや、それは別に構わないんだ。
父さんの部署の人たちのためにケーキを焼くのも、ご近所の奥さんたちからリクエストを受けるのも、弟の創汰の部活仲間にたかられるもの嫌いじゃない。前からやってきたことだし、また次もと言われるのはかなり嬉しい褒め言葉だ。
それは、それだけなら、本当によかった。
「それにしても気合いが入ってるなぁ、成汰は」
「やっぱりお友達のためだと違うのねぇ。もう来年はうちに来てもらったらいいんじゃないかしらー」
「いや、それは兄さんが――」
俺は思わず手を止めて、創汰の台詞をぶった切って割り込んだ。
「それはねぇっ! 例え何があろうとも、例えクリスマスにケーキ二十ホール焼くことになったとしても、あいつらには絶対にウチの敷居を跨がせねぇからっ!!」
ピーッ。
キッチンタイマーが鳴る。いかん、ローストチキンが焦げる。
「今年の成汰はまた一段とすごいな」
「そうでしょうー。ますます手際が良くなって、いつでもお嫁に行けるわぁ」
「お婿の間違いじゃないの、母さん。まぁ、兄さんだとリアルにお嫁に行けそうだけど」
後ろからの家族の声に対応している暇すら惜しい。
「やっぱり会社に持っていくケーキを頼んだのはまずかったな。今年も好評だったんだが」
「そうよねぇ、ご近所さんからも『また来年も』って言ってもらっちゃったくらいだもの」
「そろそろ材料費以外にも払ってもらったほうがいいんじゃないの? さすがに」
いや、それは別に構わないんだ。
父さんの部署の人たちのためにケーキを焼くのも、ご近所の奥さんたちからリクエストを受けるのも、弟の創汰の部活仲間にたかられるもの嫌いじゃない。前からやってきたことだし、また次もと言われるのはかなり嬉しい褒め言葉だ。
それは、それだけなら、本当によかった。
「それにしても気合いが入ってるなぁ、成汰は」
「やっぱりお友達のためだと違うのねぇ。もう来年はうちに来てもらったらいいんじゃないかしらー」
「いや、それは兄さんが――」
俺は思わず手を止めて、創汰の台詞をぶった切って割り込んだ。
「それはねぇっ! 例え何があろうとも、例えクリスマスにケーキ二十ホール焼くことになったとしても、あいつらには絶対にウチの敷居を跨がせねぇからっ!!」
ピーッ。
キッチンタイマーが鳴る。いかん、ローストチキンが焦げる。
俺にとっての十二月二十五日は去年からその意味を変えた。
家族や家族に関わる人たちのためにささやかながら腕をふるったクリスマスはもう来ない。
何故なら――
家族や家族に関わる人たちのためにささやかながら腕をふるったクリスマスはもう来ない。
何故なら――
From 染谷
『今年の中家のクリスマスパーティーは去年同様二十六日開催です! さあみんな、ナリリンにリクエストだ! ちなみに染谷はチョコのブッシュドノエルとピザ希望!』
From 海藤
『よっしゃぁ! 今年も来た来たクリスマス! カイトウは苺のタルトが食べたいぜ! それからぁ、唐揚げとポテトとー、あとローストチキン! 丸ごと!!』
From 佐竹
『えー、私はローストビーフのほうがいいなー。あ、でもチキンも捨てがたいかも。ナリリンー、お願い』
From 牧
『やっぱりケーキは苺ショートじゃないのー? クリーム系のパスタとか食べたいかも』
From 北内
『みんな太るよ! ナリリン、サラダも忘れないでねー。チョコフォンデュの道具あるからフルーツとかでやらない?』
From 花沢
『わ、楽しそう。この前作ってくれたミネストローネがまた食べたいんだけど。ナリ君無理はしないでね』
『今年の中家のクリスマスパーティーは去年同様二十六日開催です! さあみんな、ナリリンにリクエストだ! ちなみに染谷はチョコのブッシュドノエルとピザ希望!』
From 海藤
『よっしゃぁ! 今年も来た来たクリスマス! カイトウは苺のタルトが食べたいぜ! それからぁ、唐揚げとポテトとー、あとローストチキン! 丸ごと!!』
From 佐竹
『えー、私はローストビーフのほうがいいなー。あ、でもチキンも捨てがたいかも。ナリリンー、お願い』
From 牧
『やっぱりケーキは苺ショートじゃないのー? クリーム系のパスタとか食べたいかも』
From 北内
『みんな太るよ! ナリリン、サラダも忘れないでねー。チョコフォンデュの道具あるからフルーツとかでやらない?』
From 花沢
『わ、楽しそう。この前作ってくれたミネストローネがまた食べたいんだけど。ナリ君無理はしないでね』
おいちょっと待て。
クリスマスパーティーを開くことも彼氏持ちが多いから翌日の二十六日にやるのもまぁ一応よしとしてやるが、俺へのリクエストってなんだ。さり気なく面倒なメニューが多いし、ローストチキン丸ごととか、明らかチキンもビーフも要求してるお願いだし、食べたいかもとか薄ぼんやりした言い方のわりに作っていかなかったら絶対なんか言うし、忘れないでねってリクエストっていうかすでに確定だし、唯一の気遣いの言葉もリクエストが地味に手間のかかるメニューで台無しじゃねぇかよおい。
ちなみに学科のメーリスに回ったメールの件数はこの五倍では済まない。
なんかもうなんなんだとしか言いようがない。
お前らなんで俺が用意するのが前提なんだとか、普通分担して持ち寄るもんじゃねぇのかとか、食い物担当が俺一人であと酒担当が六人って明らかに割合おかしいだろうがとか、お前ら中学校家庭科だし一応生物学上は女子だろうがとか、ってかほんとに何様だよお前ら!とか、
言えていたら今頃こんな風にキッチンで死闘を繰り広げてはいない。
クリスマスパーティーを開くことも彼氏持ちが多いから翌日の二十六日にやるのもまぁ一応よしとしてやるが、俺へのリクエストってなんだ。さり気なく面倒なメニューが多いし、ローストチキン丸ごととか、明らかチキンもビーフも要求してるお願いだし、食べたいかもとか薄ぼんやりした言い方のわりに作っていかなかったら絶対なんか言うし、忘れないでねってリクエストっていうかすでに確定だし、唯一の気遣いの言葉もリクエストが地味に手間のかかるメニューで台無しじゃねぇかよおい。
ちなみに学科のメーリスに回ったメールの件数はこの五倍では済まない。
なんかもうなんなんだとしか言いようがない。
お前らなんで俺が用意するのが前提なんだとか、普通分担して持ち寄るもんじゃねぇのかとか、食い物担当が俺一人であと酒担当が六人って明らかに割合おかしいだろうがとか、お前ら中学校家庭科だし一応生物学上は女子だろうがとか、ってかほんとに何様だよお前ら!とか、
言えていたら今頃こんな風にキッチンで死闘を繰り広げてはいない。
「兄さん、コーヒー飲む?」
チョコクリームのコーティングが終わったブッシュドノエルを冷蔵庫に仕舞ったところで、創汰がキッチンに顔を出した。手には湯気の立つ珈琲。香りが鼻をくすぐり、
「もらう」
思わず速攻で手を伸ばした。
シンクの縁に寄りかかりながらゆっくりとカップを傾けると、急に空腹を感じた。朝飯もそぞろに昼抜きで夕方となると胃の中は空っぽだったが、終始漂う料理の香りに空腹を忘れていたらしい。
「創汰、もう一区切りつけたら晩飯の用意するから待ってろ」
「わかった」
今日の家でのクリスマスの用意はほぼ終わっている。まぁ、明日のパーティー用の料理はまだ完成には遠いが、メニューの半分以上は今日のものと同じでまとめて作っているからなんとか明日には間に合うだろう。さすがに手持ちで運べる量ではないから父さんに車を借りないといけないのだが、料理に被害が出ないように運転するとなるとそれなりに余裕を持って家を出なければならない。それに、見てるこっちが酔いそうなほどの速度でアルコールを摂取するあいつらのために水や薬なんかも用意して行かないと。
「……兄さん」
「ん?」
創汰に呼ばれ、思考を切って視線を上げる。
キッチンの入口でコーヒーを飲む俺を見ていた創汰はいきなりふっと笑って、
「楽しそうだね」
「!」
驚く俺を置いてリビングへと戻っていった。フローリングを駆ける足音はあっという間に聞こえなくなる。
いつもなら家の中を走るなと一言言うところなのだが、今は手に持ったカップを落とさないように指先に力を込めるので精一杯だった。
(あいつ。我が弟ながら爽やかに爆弾を落としていきやがって)
中学二年の弟の精神年齢の高さを感じつつ、吐いた溜め息の代わりに残りの珈琲を流し込んだ。
(……そんなに楽しそうか?)
そこまで顔に出る性質ではないはずだが、それでもわかるのが家族ということだろうか。
シンクにカップを下げて、働き通しで凝った肩を軽く回す。弟に爽やかな笑顔で図星を突かれたのは痛いが、今はへこんでいる暇はない。
さて、次はタルトを焼くか。
チョコクリームのコーティングが終わったブッシュドノエルを冷蔵庫に仕舞ったところで、創汰がキッチンに顔を出した。手には湯気の立つ珈琲。香りが鼻をくすぐり、
「もらう」
思わず速攻で手を伸ばした。
シンクの縁に寄りかかりながらゆっくりとカップを傾けると、急に空腹を感じた。朝飯もそぞろに昼抜きで夕方となると胃の中は空っぽだったが、終始漂う料理の香りに空腹を忘れていたらしい。
「創汰、もう一区切りつけたら晩飯の用意するから待ってろ」
「わかった」
今日の家でのクリスマスの用意はほぼ終わっている。まぁ、明日のパーティー用の料理はまだ完成には遠いが、メニューの半分以上は今日のものと同じでまとめて作っているからなんとか明日には間に合うだろう。さすがに手持ちで運べる量ではないから父さんに車を借りないといけないのだが、料理に被害が出ないように運転するとなるとそれなりに余裕を持って家を出なければならない。それに、見てるこっちが酔いそうなほどの速度でアルコールを摂取するあいつらのために水や薬なんかも用意して行かないと。
「……兄さん」
「ん?」
創汰に呼ばれ、思考を切って視線を上げる。
キッチンの入口でコーヒーを飲む俺を見ていた創汰はいきなりふっと笑って、
「楽しそうだね」
「!」
驚く俺を置いてリビングへと戻っていった。フローリングを駆ける足音はあっという間に聞こえなくなる。
いつもなら家の中を走るなと一言言うところなのだが、今は手に持ったカップを落とさないように指先に力を込めるので精一杯だった。
(あいつ。我が弟ながら爽やかに爆弾を落としていきやがって)
中学二年の弟の精神年齢の高さを感じつつ、吐いた溜め息の代わりに残りの珈琲を流し込んだ。
(……そんなに楽しそうか?)
そこまで顔に出る性質ではないはずだが、それでもわかるのが家族ということだろうか。
シンクにカップを下げて、働き通しで凝った肩を軽く回す。弟に爽やかな笑顔で図星を突かれたのは痛いが、今はへこんでいる暇はない。
さて、次はタルトを焼くか。
いくら人数の少ない学科で、相手が女子ばかりで邪険にできないからといってわざわざ応えてやる必要はないんじゃないかと言う人もいる。実際に俺自身そう思うこともあるし、むしろそう思うことばかりなのだが、結局応えてやってしまうのだ。
費やされる労力や時間、アレな話だが金すらも、食べた相手の顔や言葉と天秤にかければ、俺の中では負けるのだ。どうしても後者を選んでしまうのだ。
例えその相手があいつらだとしても。
結局俺は、箱を開けた瞬間のあいつらの歓声と顔、『美味しい』というたった一言で、まぁそれなりに満足してしまうのだ。
恥ずかしくて誰にも言えないし、言う気もないが。
費やされる労力や時間、アレな話だが金すらも、食べた相手の顔や言葉と天秤にかければ、俺の中では負けるのだ。どうしても後者を選んでしまうのだ。
例えその相手があいつらだとしても。
結局俺は、箱を開けた瞬間のあいつらの歓声と顔、『美味しい』というたった一言で、まぁそれなりに満足してしまうのだ。
恥ずかしくて誰にも言えないし、言う気もないが。
From 染谷
『今日はありがとう、ナリリン! 次はバレンタインデーですね! 染谷はチョコタルト!』
From 海藤
『フォンダンショコラ!!』
From 佐竹
『シフォンケーキかなー』
From 牧
『やっぱりガトーショコラでしょう』
From 北内
『いやいややっぱり生チョコだって!』
From 花沢
『みんな気が早いよ。チョコレートってオレンジピールと合うんだよね、ナリ君』
『今日はありがとう、ナリリン! 次はバレンタインデーですね! 染谷はチョコタルト!』
From 海藤
『フォンダンショコラ!!』
From 佐竹
『シフォンケーキかなー』
From 牧
『やっぱりガトーショコラでしょう』
From 北内
『いやいややっぱり生チョコだって!』
From 花沢
『みんな気が早いよ。チョコレートってオレンジピールと合うんだよね、ナリ君』
From 崇永
『お前らいい加減にしろよっ!』
『お前らいい加減にしろよっ!』