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1スレ目618


――『能力』。
10年程前のあの日、チェンジリングディを境に、地球上の全人類は二つの力を使えるようになった。
一つは夜明けから日没まで間の昼に使えるライトエグザ、もう一つは日没から夜明けの間の夜に使えるダークエグザ。
それは周囲の音を操る、洗濯物を瞬時に乾かす、どんな料理でも美味しくする、などのごく小さな力から、
あらゆる物体を爆破する、物質を別の物質へ変換する、果てや天候を自在に操る、などの奇跡に等しい強力な力まで、
大きい小さいの違いこそあれど、人々は一人の例外も無く力を行使する事が出来る。

……筈なんだが、俺、遠藤 直輝はと言うと、未だに自分の『能力』が何なのか分からないままである。
以前、人の能力を”鑑る”事が出来ると言う鑑定士に高い金を払って、俺の能力を調べてもらった事があるが。
幾ら見ても鑑定士は首を傾げるばかりで結局、『君の能力はまだ分からない』と言う納得の行かない証明を頂く事となった。

尚、その事で『無能バロスw』と爆笑した親友へ、怒りのドロップキックを浴びせる事になったのは、飽くまで余談である。

――そんな無能力である俺はある日、
キメラと呼ばれる変な犬に襲われ、あわや危機一髪の所で一人の少女に救われる。
クロスと名乗る黒ずくめの銀髪の少女は、自分をある『機関』のエージェントだと言った。
更に詳しい事を彼女から聞こうとしたその矢先、ファングと言う名の見るからに粗暴そうな男が現れる。
そして始まる能力バトル……と思いきやファングは挑発に乗せられた挙句、クロスの能力をあっさりと食らい戦闘終了。
結局、クロスの能力により時間が1000倍遅くなったファングは、彼女の手によって前衛的芸術にされたのであった。

そんなこんなで裏路地を後にした俺とクロスは、
『今は安全な場所まで逃げるのが先決』というクロスの提案により、先ずは俺の家に行く事となった………。

「はぁ、やっと家に帰れたよ……」
「着いたか」

そして今、キメラがまた追って来てない事を何度か確かめつつ大回りを繰り返し、
何やかんやの紆余曲折を経て、俺とクロスはようやく俺の住むマンションへと辿りついた。
何時もの店へ買い物へ出かけただけだと言うのに、何日もさ迷ってた様な気がするのは、決して気の所為ではないだろう。

――あ……そう言えばジャ○プ買うの忘れてたな?
ま、良いか。今更買いに戻るにしても、またあのファングって奴に出くわしたらかなり面倒な事になリそうだし。
それに、たまには早売りではなく通常の発売日に買ったってバチは当たらないだろう。

そんな他愛の無い事を考えつつ、俺はマンションの自分の部屋の鍵を開け、クロスと共に入る。
一人暮らし又は小世帯向けのの、敷金礼金不用の何処にでもあるような全室1LDKのウィークリーマンションである。
チェンジリングディのあの日、消息不明となった両親の代わりに俺を育ててくれた母方の叔母夫婦がその家主で、
その為、俺は通常ではあり得ないくらいの格安でこのマンションに住まわせてもらっている。
窓からの見晴らしも良く、更に何時も通っている学校からも近い事もあって、俺は何かとここが気に入っている。

「ここがお前の家か、随分とこじんまりとした部屋だな」
「悪かったな、大体の一人暮らしの部屋はこう言うものなの」

部屋の中を見やりながら漏らすクロスへ憮然と返しつつ、俺は部屋の床に散らかっているゴミやその諸々を片付ける。
いきなり客が、それも女の子がやってくるとは予想だにしていなかったからな、全くもって部屋を片付けていなかった。
ああ、もし俺に予知能力があったらこんなクソ恥かしい事にならずにすんだと言うのに……自分の無能ぶりに腹が立つ。
ってヤバッ! 昨日読んでたエロ本をまだ片付けてなかった! こんな物、彼女に気付かれる前に早く片しておかないと!

「ナオキ」
「ふぇ!? ひゃい! 何でしょうか?」

いきなり声を掛けられ、俺は上擦った声を上げつつもなんとかエロ本を体で隠す。

「色々あって少し汗をかいてしまったのでな、話の前にちょっと身体を清めたい。
だから少しの間シャワーを貸してくれないか?」
「え、ハイ、どうぞどうぞ。お好きなだけ……」
「そうか、ならば有り難く使わせてもらおう」

あ、危なかったぁ……エロ本を隠している所を気付かれたかと思った。
これからこういう危ない事が無いように、この手の物品は厳重に隠しておくべきだな、こりゃ。
そうなれば早速、彼女がシャワーを浴びている隙にやるべき事をやっておかねば……。

「エーと、エロ本の類は普通のマンガ雑誌の間に挟んだ上に厳重に縛って、DVDは押入れの奥へ隠しておいて…っと。
うわ! 中田の奴から借りたまま無くしたと思ってた本がこんな所に……後で謝っておかないと……」

シャワー室から聞こえる水音が響く中、俺は急いで女性に見られては困る類の物品を隠し、あるいは処理していく。
数こそは決して多くはない物の、いざ隠したりするとなるとこれがかなり面倒臭い、特に本の類は隠し場所に困るんだよな。
ベッドの下とかは簡単に見つかるだろうし、かと言ってタンスの裏とかは使う時に取り出すのが面倒臭くなるだろうし……。
そんな愚にも付かない事を考えつつ片付けてをしていた所で、シャワー室からの水音が唐突に止んだ。
そしてシャワー室のドアが開く音。どうやらそろそろクロスが出てくるようだ、早く片付けないと!

「忙しい所悪いが、身体を拭く為のタオルは何処にしまってあるんだ?」
「え、タオルだったらシャワー室前のキャビネッ…ト……に……」

片付けをする手を早めた所で不意に後ろから声を掛けられ、振り向き様に答える俺の言葉が途中ですぼまり、消えて行く。
それも無理もない、何せシャワー室から出てきたクロスは一糸纏わぬ生まれたままの姿だったのだ。
そう、小ぶりな乳房も、細いながらもしっかり腹筋の付いた腰周りも、そして秘密の花園も、何ら隠さずに堂々と出てきたのだ。
ああ、水に濡れた銀髪が掛かった、白く瑞々しい肌が美しい……って、ナニミトレテヤガルンデスカオレハ

「シャワー室前のキャビネットか、諒解した」
「…………」

言って、ペタペタとシャワー室へと戻っていったクロスの後ろ姿を呆然と見送った後、
俺は片付けの最中である事も忘れて、アホみたいに口をポカーンとかっぴらいてその場に立ち尽くすしか出来なかった。
つか普通は硬直するし、呆然ともする。もしこの状況でも冷静で居られる男が居るなら、俺は一生崇め奉っても良い位だ。

「そんな所でボーっと何をしている? ナオキ。シャワー終わったぞ?」
「ふぁ!? え? うわわわわっ!? ……って、裸じゃない……?」

――それからどれくらい経ったのだろうか?
服を着終えたクロスに声を掛けられた事でようやく硬直状態から解放された俺は
慌てて見られて困る物を押し入れへ放り入れ、其処から振り向き様に間の抜けた問いを投げ掛けた。
無論の事、クロスは表情の乏しい顔からでも分かる位に不思議そうな眼差しを俺へ向け、

「裸じゃない? シャワーを終えて服を着れば裸じゃないのは当然だろうが。何を言ってるんだお前は」
「あ。いや、そりゃ当然ですよね、ハイ」
「……?」

少しセリフを噛みながら誤魔化す俺を、彼女はほんの少しだけ怪訝な眼差しで眺めていたが、
その事に関してあまり深入りしようとしなかったらしく、「まあ良い」と一言呟きを漏らした後、
適当な所へ腰を落ちつけて話に入る。

「さて、と。早速だが話に入ろうか、ナオキ。
ファングがつまらん邪魔をしてくる前、お前は私の事について色々と聞こうとしていたな?」
「あ、ああ……結局、家に付くまで聞けずじまいだったけど」
「では、お前はこれから以下の三つの事柄についての話を聞こうとしていると私は見ている。
先ず、何故お前は狙われたか。そして何故、私はお前の名を知っているか。最後に何故、私はお前へ接触をしてきたか。
恐らくはこの三つで正しいと思っているのだが、何か間違っている部分は無いか?」
「い、いや、全然」

あまりの的を射たクロスの言葉に、俺は驚きを隠せぬまま首を横に振る。
彼女は「そうか」と一言返し、更に話を続ける。

「ナオキ。先ず最初に今、この世界に存在している人類は全て、、
10年前のチェンジリングディを境に、ライトエグザとダークエグザの二つの能力を得ている事は知ってるな?」
「ああ、言われるまでもなくな」

この事は小学生の頃に嫌と言うほど習っているので、むしろ知らない人は殆ど居ないだろう。

「では、その能力の中には日常に役立つと言った程度の物から、それこそ世界を変える物まである事も知ってるな?」
「あ、ああ……けど、流石に世界を変えるって程のは物凄く珍しいって聞くけどさ……」
「ナオキ、その認識は間違っている。物凄く珍しいのではない、”普通に珍しい”と言う程度に存在するんだ」
「……え?」

クロスの言った言葉が半ば理解できず、思わず俺の頭の上に浮かぶ疑問符。
それを説明を求めたと取ったのだろう、彼女はテーブルに転がっていたボールペンを手に取り、
同じくテーブルの上にあったレシートへ、流暢な字で何かの計算式を書き込みつつ話す。

「そうだな、確率的に言うと世界を変える程の強力な能力を有する人間は……ざっと約10万分の1位だな。
これは全人類の人口が60億人居るならば、この世界に約6万人程が存在する計算となる。
そして日本国内では1億3千万人だから…約1300人程が居る計算になるな」
「ろ、ろくまん…せんさんびゃく……?」
「とは言え、その殆どが自分の能力を十分に理解して居なかったり、あるいは能力がある事すら気付いていないのだがな」

世界中で約6万、そして日本国内では約1300人。
レシートに書かれている意外に多い恐ろしいその数字に、俺は思わず愕然としてしまう。
もし、それらがある日、一斉に発動したとなったら……俺はうっかりそうなった時の事を想像し、少し背筋を寒くした。

「そんな強力な力を持つ事を知った者の中には、自分の力に溺れて暴走する者が現れるのが世の常だ。
そして同時に、知らず知らずのうちに悪意を持った誰かに、強力な力を利用される者が現れるのも、同じく世の常だ」
「あ、ああ……」
「そんな能力者の暴走、もしくは悪意を持った第三者による能力者の悪用を防ぐ為、
今から8年ほど前、有志達の出資によって私が所属する『機関』が秘密裏に設立された」

そう言えば、数ヶ月前に飛蝗を操る能力を持った奴が、穀倉地帯へのテロを企てていたってニュースを見た事があるな。
話によると、アメリカのFBIが執念の捜査の末にその能力者を逮捕してなければ、かなり大変な事になってたと聞くが……。
まさかと思うけど、この事件の裏には彼女の言う『機関』が関わっているのだろうか?

「『機関』についての詳しい事は殆どが特秘事項に該当する為、
あまり多くは教えられないのだが、とにかくそういう機関があると言う事は知っておいてくれ」
「ああ、わかった。……で、その『機関』のエージェントのあんたがなんで俺に?」

問い掛ける俺にクロスは「ふむ」と小さく呟き、

「さっきも言ったが、私の所属する『機関』は悪意を持った第三者による能力者の悪用を防ぐ、と言う目的がある。
そして、それはナオキ、お前自身にも該当する事なのだ」
「……え?」

彼女の言葉が理解できず、一瞬だけ思考が停止する。
お、おいおい、無能力者の俺を利用する悪意を持った第三者だって? そんな馬鹿な事あり得る筈が……。
そんな思考がどうやら表情にも出ていたらしく、クロスはふぅ、と溜息をついて、

「どうやら、その顔からするとまだ信じられない様だな……。
ナオキ、お前は何ヶ月か前に、鑑定士に自分の能力を調べてもらった事があるだろう?」
「あ、ああ。だけどその時は『君の能力はまだ分からない』って書かれただけだったが?」
「そうか……だが生憎、その時の鑑定士は君の能力をしっかりと”鑑て”いたのだよ。
だがその結果は、本人に伝えるには余りにもショックが大きすぎる内容であると鑑定士は判断したのだろうな。
だからこそ、鑑定士は敢えて『まだ分からない』と書いたのだろう」
「は?……どう言う事だ?」

思わず聞き返す俺に、クロスは「話はまだ終わっていないぞ」と返し、話を続ける。

「お前の能力を”観て”、その強力さと危険性に気付いた鑑定士は
お前へ偽りの鑑定書を出したその直ぐ後、”本来”の鑑定書を私の所属する『機関』へと送った。
そう、お前が自身の能力で暴走してしまうその前に、そしてあるいは悪意を持った第三者に能力を悪用されるその前に」
「……」

あの鑑定士の野郎……んな事隠してやがったのか……。
これだから面の見えない奴は信用できないと言うかなんというか。

「だが、悪い事に鑑定書が『機関』へと送られたその時。
我が『機関』の内部では、あろう事か内通者によって機密情報が外部へ漏れ出す事態が起きていた。
本来、こう言う事態は機密を厳守する『機関』としてはあってはならない事だ。無論、発覚後は直ちに対策が取られた。
……だが、我々が内通者を特定し、処断した時には既に時遅く、事態はもう手遅れだった」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。悪い事は続くものでな。この事件によってお前の鑑定書の内容も外部へ漏洩し、
そして、それは最も渡ってはならない組織の手の内へと渡ってしまったのだ」

其処まで言った所でクロスは気を落ちつかせる為か一旦間を置いて、鋭い眼差しを俺へ向けて話す。

「その組織こそ、我が『機関』が『ドグマ』と呼称し、その全容の解明に全力をあげて捜査している秘密結社だ。
目的、思想は一切不明。多数の強力な能力者を構成員としており、その能力を用いたテロ行為や犯罪行為を主に行う。
そう、先ほどお前を攫おうとしたファングもまた、この『ドグマ』の構成員の内の一員だ。
そして最近、奴らは誘拐や脅迫などの非合法な手段によって各地から有力な能力者を集め、
集めた能力者から何らかの手段によって能力の抽出を行っているらしい。……と、ここまで話せばもう分かるだろうな?」

酷く現実味のない、悪い夢を見ている様だった。喉がカラカラに乾く物を感じる。
もし、彼女の言っている事が正しいのならば……。

「俺は……その、あんたの言う『ドグマ』に狙われてるって事か? クロス」
「認めたくは無いだろうが、その通りだ。
ついでに言えば、『ドグマ』はその筆頭であるだけで、
その他にお前を狙っている組織が幾つあるかは、まだ分かっていないのが現状だ」

……案の定どころか、もっと酷いのかよ。
ある日突然、俺は変な犬に襲われたと思ったら、何処ぞの機関のエージェントの女が現れ、犬を撃退し俺を助ける。
女の話によると実は自分には隠された凄い能力があり、それを知った謎の組織にその身柄を狙われている事を知る。
こんなの、何処の出来の悪い中ニ病小説のシナリオだ? 全然笑えやしねえじゃねえか。
……そう言えば、クロスの口振りからすると俺の能力を知っているみたいだが……すこし聞いてみるか?

「じゃあ、そいつらに狙われる程の俺の能力ってなんだよ? それを教えてくれよ、クロス」
「……残念ながら、その質問に関しては特秘事項に該当する為、答える事は出来ない」
「答える事は出来ないって……」
「私とて、お前の質問に答えてやりたいのも山々なんだが……生憎、あの事件以来『機関』の機密管理は厳しくなっている。
もし、下手に特秘事項を他者へ漏らしたとなれば、その時は……」

言って、横向きにした手刀でシュッ、と自分の首を斬る仕草をして見せるクロス。
なるほど、下手に漏らしたら『機関』に消されるので言えないって事か。……全然納得いかねぇぜ、おい。

「その顔からすると、どうも納得いかないって口だな……かく言う私もお前と同感だ。
幾ら機密を守る為とは言え、当の本人相手にでさえも事実を知らせる事が出来ない。
こんな不条理、本来はあって良い物じゃないんだ……それなのに……」
「…………」

何処か悔しそうに語る彼女の横顔を前に、俺は何も言い返せずにいた。
恐らく、彼女は彼女なりに俺へ事実を知らせたいのが本音なのだろう。
だが、彼女の所属する『機関』はそれを許してはくれない。
そんな今の彼女の心情は如何なる物なのかは、所詮は他人に過ぎない俺には一部しか理解出来ない事だろう。

「――と、私とした事が、どうやら話が逸れてしまっていた様だな」
「いや、気にしないで良いから、話を続けてくれ」
「そうか、済まないな」

その言葉で俺の気遣いを察したのか、彼女はふっと一瞬だけ俺に向けて笑みを浮かべる。
あ、笑うと意外と可愛いじゃないか、とか一瞬思ったのは青少年の悲しいサガか。

「では話を戻すとしよう。
――『機関』関係者による機密の漏洩の発覚、その内通者への処断と言う忌々しき(ゆゆしき)事態の最中。
情報を得た『ドグマ』を筆頭とする組織に何らかの行動に出るだろうと予測した我々『機関』は、直ちにその対策として、
丁度任務を終えたばかりのとあるエージェントへ、その狙いとなるであろうエンドウナオキの護衛の任務を命じた。
そして、その任を受けたとあるエージェントこそ、他ならぬこの私、コードネーム『クロス』だった言う訳だ」
「だから初対面にも関わらず、あんたは俺の名前を知ってた訳か……」
「そう言う事だ。本来ならばもう少しスマートな形で接触と行きたかった所だったのだが、
あのケダモノとクロウが余計な邪魔をしてきた所為で、少々ややこしい第一次接触となってしまったな」

と、少し苦笑する様に語るクロス。
その時の彼女は、何処か冷酷な印象を感じさせた第1印象と比べ、ホンの少しだけだが人間的に思えた。

「さて……これでお前の聞きたかった事は全て答えたつもりだ。他に何か質問は無いか?」
「いや、特に……」

質問する事は無いな、と言いかけた所で――はと、俺はある事に気付く。
そう、彼女は何時、誰かに襲われるかもしれない俺の護衛をする為に来たと言う事は……つまり……。

「な、なあ、もう二つほど聞きたい事が出てきたんだが、良いかな?」
「なんだ? 特秘事項に該当する物以外ならば何でも答えるが?」
「じゃあ聞くけど。クロス、俺の護衛ってのは、ひょっとしてこれから毎日24時間付きっきりでやるのか?」
「……? 何を言いたいのか良く分からんが、身辺警護と言うのは24時間付きっきりでやるのが普通だが?
――って、ナオキ、いきなり如何した? 急にテーブルなんかに突っ伏して、具合でも悪くなったのか?」
「い、いや、なんでも無い……気にしないで」

心配の声を掛けるクロスに対し、俺はよろよろと身を起こしながらも何とか誤魔化した後。
頭にずきずきと感じ始めた精神的な頭痛を堪えつつ、俺は引きつった笑みを浮かべて彼女へ二つ目の質問を投げ掛ける。

「じゃ、じゃあもう一つ聞くけど。その、俺の身辺警護の際……君は何処で寝泊まりするのかな?」
「ん? 何を聞くのかと思えば……それだったら当然、お前の住んでいる部屋で寝泊まりするに決まってるじゃないか。
そう、『ドグマ』は何時動くか分からないのだ。だからこそ、何があっても即座にお前の身柄を守れるように……、
――って、ナオキ、本当に如何したんだ? いきなりその場に倒れるなんて……まさか、敵の『能力』の仕業か!?」
「いや……いや違うから……本当に気にしないで……」

や、やっぱり案の定だったか……薄々こうなる事は予感してたんだよな、俺。
そう、この状況は中ニ病小説に良くある展開なんだよ。ある日突然現れた異性となし崩しに同居生活する事になるって奴。
……と言う事は、これからの俺の人生って、前途多難どころか中ニ病小説真っ青の超展開もあるんだろうな……?

「くそ、一体何処から何時の間に攻撃があったというのだ? こんな能力者、初めてだ……!」
「……はは、なんだか俺、これから気の休まる暇がなさそうだなー……」

何だか勘違いした挙句、ナイフを構えて居る筈の無い敵に警戒するクロスを横目に
床に突っ伏した俺は、より一層激しさを増した精神的な頭痛を感じながら、悲しくもこれからの事を予感するのであった……。

                             ※   ※   ※

その頃、ある街の地下深く。
かつては一大プロジェクトとして計画されていた地下鉄線の計画が資金不足により頓挫し、
残ったのは建造半ばの広大な地下構造物と、ごく少数の資料のみとなって数十年。

最早、指で数える程の数の関係者しか知らぬ、その未完の地下鉄線にて、
既に人が通る筈のない荒れ果てた構内を、草臥れた皮のジャケットに所々破れたジーパンを履いた人影が行く。
照明一つすらない構内は完全に真っ暗闇で、其処に人が居る事を知らせるのは人影の立てる足音のみ。
人影は己の耳と鼻を駆使する事で、完全な闇の内にある構内でも迷う事も躓く事もなく、ある場所へと歩みを進めていた。
もし、構内に照明の一つでもあれば、その人影は人間ではなく黒味掛かった体毛を持つ狼男である事が分かる筈だ。

やがて、狼男が辿りついた場所は、荒れ果てた構内に不釣合いな真新しい金属製のドアの前。
特殊合金製のその扉は、如何なる能力者が能力を駆使しても通り抜けられない様に様々なセキュリティが施されている。
そのドアの前で彼はポケットから取り出したライターに火を付けて、そのか細い光りでドアにある電子式のテンキーを見つけ出し、
毛むくじゃらで肉球の付いた人外の手ながらも、慣れた手つきでテンキーを入力して行く。

「ちっ、相変わらずめんどくせー仕掛けだよな……どうせならスイカかイコカみてーな方式にすりゃー良いのに」

液晶に『認証完了』と表示された後、ぶつくさと文句を漏らす男の前で音も無く静かに開くドア。
その向こうに広がっていたのは、最近建造されたと思しき真新しいコンクリート作りの通路。
蛍光灯によって薄緑に照らし出されたその通路を、彼は何ら躊躇する事無く進み行く。

「ったく、幾らなんでも俺らが地下組織と言ってもさぁ。
文字通り地下深くにアジトを置かなくたっていーじゃねーか。俺達はモグラかっての」

背後で閉まるドアに一瞥する事も無く、誰に向けるでもない文句をぶつくさと漏らしながら彼は通路を行く。
やがて、その先にあった入り口の物と同じタイプの金属製の扉を抜けると、
その向こうには家の一軒か二軒は丸々入りそうな広大な空間が広がっていた。

何かの仕掛けなのだろうか、照明器具は何一つ無いにも関わらず昼間の様に明るい空間の中心辺りには、
様に高級木材製の10人掛けのテーブルと椅子のセットが、まるでぽつんと置かれたかの様に設えて(しつらえて)あり、
その上に並べられた湯気を立てる紅茶と茶菓子を前には、既に数人の男女が席に付いていた。
席に付いてる男女のメンバーは歳は子供から老人まで、格好は整ったスーツから不良風のラフな物までと一貫性は無く、
彼らに共通している点と言うと、その誰もが強力な力を有する能力者である事と同時に、ある組織に属している事であった。

「こちらコード.ファング、ただいま帰還しました……っと」
「戻ったか、ファング」

狼男――ファングのやる気の無い帰還の報告に、
テーブルの1番上座の席に居る黒のスーツ姿の、頭の所々に白い物が混じった初老の男が抑揚の無い声で返す。
一見、その初老の男は駅のホームで電車を待っている姿を見ても、何ら違和感を感じさせない外見ではあるが、
その身に纏う抜き身の日本刀の様な剣呑な雰囲気と鷹を思わせる鋭い眼差しが、彼が只者ではない事を明確に示していた。
と、ここでテーブルの端でクッキーを齧ってた今風の格好の若者がファングの姿に気付き、何処か悪戯っぽい口調で言う。

「あれ? 如何したんですか? ファング。 ワンコの姿で戻って来るなんて……?」
「テメェ、俺がスカーフェイスとやりあってた事をもう既に運命レポートで知ってるだろうに、嫌味で言ってるのか?
それにこの姿はワンコじゃねーっての、狼だ狼。いいかげん憶えろフール
「いやぁ、僕は記憶力は悪い方なんで、どうでも良い事は一日もしない内に忘れちゃうんですよ」

尻尾立てて眉間にシワを寄せて睨みつけるファングへ、若者――『フール』はへらへらと笑って返しつつクッキーを齧る。
彼も一見、何処かの駅前の広場辺りで携帯片手に談笑しているのを見ても、何ら疑問を感じさせない外見ではあるが、
その身に纏うおぞ気を感じさせる冷たい雰囲気とにこやかな瞳の奥に宿る酷薄な色が、彼もまた只者ではない事を示していた。
そんなフールの態度に苛立ちを感じたのか、体毛を逆立てたファングはフールへ詰めより、牙を剥き出して言う

「じゃあぜってーに忘れねーように紙にでも書いて覚えとけ!」
「ええ、ならばチラシの裏にでも書いておきますよ。……捨てちゃうかもしれませんけどね?」
「捨てたら駄目だろ、捨てたら……ったく」

ここでファングは、フールと延々と言い合っても無駄だとようやく悟ったらしく、
フールから視線を外すと、席に付いている他のメンバー達を見回し、訝しげに尻尾を揺らしながら初老の男へ問う。

「所でどーしたんッスか? オヤッさん。今日は嫌に集まってる面子が少ないような……」
「ここに居ない人達デシたら、皆さまそれぞれ事情があって今は出払ってマス」
「んお? ナタネか……って事はリンドウもルローもいね―のかよ?」

オヤッさんと呼ばれた初老の男の代わりに疑問に応えたのは、
この場には不釣合いなくらいに幼い、年の頃は10歳前後のおかっぱ頭の少女。
ナタネと呼ばれた少女は、レポート用紙へ速記の文字で何かを書き連ねながらファングの疑問に答える。

「現在、リンドウさまとルローさまは、フェイヴ・オブ・グールさまと共に仕事に取り掛かっている最中デス。
そして他二名もそれぞれ別件の仕事に取り掛かっている所デス」
「なるほど、皆さん仕事熱心な事で……」

ファングは外見と言葉では呆れつつも、ルローの姿がここに無い事に心の内で安堵した。
何せ昼間にルローと会うと、毎回の様にウルフフォームへの変身を強要された挙句、
彼女の気が済むまで耳と尻尾を弄繰り回されて、最後は身も心もへとへとになってしまう。
それを考えれば、彼が思わず心の内で安堵してしまうのも無理も無いだろう。

と、其処でナタネが何かを思い出したのか、速記をしている手を止めて

「あ…そう言えばクロウさまだけは、皆さまとは違う事情で居ませんデシたね」
「……違う事情?」
「……クロウは現在、我が組織から離反している」
「え? オヤッさん、それはマジッスか!?」

ナタネへオウム返しに聞いた所で、初老の男が言った思わぬ言葉に思わず声を荒げるファング。
しかし初老の男はファングの態度に怒る事も無く、先ほどと同じ抑揚の無い声で話す。

「今から数時間程前、『クロスは俺が殺す』と言う連絡を最後に連絡用の携帯を破棄した。破棄された携帯も確認済みだ。
我が組織に於いて、連絡用の携帯の故意による破棄と言う行為は、反逆行為に該当する事は奴も理解している筈だ」
「彼はこの前、クロスのお嬢さんにこっ酷くやられてますからねぇ。根に持っちゃうのも無理も無いですか」
「加えて、現在そのクロスが関わっているエンドウナオキの件は、上層部の命によって手が出せなくなっている状況デス。
プライド高いクロウさまの性格から考えて、組織から離反してでもクロスを倒そうと行動に出るのは充分に考えられマス」
「ありゃりゃ……って事は最悪、処断食らうな、あいつ……」

フールとナタネの話を聞いて、ファングは今この場に居ない元仲間の暗い将来に呆れ混じりに漏らした。
元々そう関わりの無く、顔を会わせた事すらも数度しかなかった関係である。ぶっちゃけファングにとっては如何でも良かった。
だが、それでも一応元仲間である以上はクロウの処遇が気になリ、初老の男へ問う。

「じゃあ、あいつはこれからどうなるんで? やっぱ慣例に則って処断ッスか? オヤッさん」
「……いや、奴は暫く泳がせておく」
「へ? それは如何言った訳ッスか?」

耳をピンと立てて思わず聞き返すファング。
初老の男は口角を僅かに笑みの形へ歪めて、

「……奴の離反は、私にとって好都合だからだ」
「え、えっと、何が好都合ッスか……?」

初老の男の言葉がいよいよ理解出来なくなったファングが、頭をぽりぽりと掻き始めた所で、
紅茶を飲みながら様子を見ていたフールが、やれやれといった調子で話に加わる。

「察しが悪いですねぇファング。クロウがクロスのお嬢さんへ戦いを挑むって事は、
彼女が護衛しているエンドウナオキも、必然的にその戦いに巻き込まれる事になリますね?
そうなるとその最中、運が良ければエンドウナオキの能力の発現が観測出来るかもしれないって事ですよ。
そう、上層部の命でエンドウナオキに手を出せない今、このクロウの離反行為は実に好都合と言う訳です。
ここまで話せば流石に察しの悪いワンコでも、大体の事情がお分かりになるでしょう」
「はー……なるほど、クロウをていの良い当て馬にするって事か……。
――って、悪かったな察しが悪くて! それにさっきも言っただろ、俺はワンコじゃなくて狼だって!」
「まあ、ファングがワンコか狼かとか如何でも良い事は置いといて」

フールの話にうんうんと頷いた後で牙を剥き出して突っ込みを入れるファング。
しかしそれをフールはさらりと受け流して話を続ける。

「これでクロウがクロスを倒したならば、結果的に邪魔者が消える事になって良し。
万が一、クロウが敗れたとしても、その時はその時の対策も講じているからそれでも良し、って訳ですよ。
それに、クロウには変な所で拘りがあります故、先ず間違い無くエンドウナオキには手を出さないでしょうし」

ここまで話したフールは、やや演技っぽい動きで「そうでしょう?」とナタネと初老の男に同意を求める。
話を肯定したのか、無言で頷いて見せる初老の男。対するナタネは速記に夢中で無反応、マイペースである。

ファングは別の意味で文句有り気にちっ、と舌打ち一つ漏らして適当な席へどっかと座り、初老の男へ聞く。

「じゃあ、オヤッさん。これから如何するんッス?
クロウの奴を当て馬にするにしても、ずっと放ったらかしって訳にも行きませんし。
下手すりゃ、何かの拍子にバ課の連中に捕まるって事も有るかも知れないッスよ?」
「言われるでもなく、クロウには既に監視を向かわせている。万が一の事もあり得るからな」
「流石オヤッさん……抜け目ねーわ」

目の前の上司である初老の男の底の知れなさに、ファングは耳を伏せて呆れ混じりに感服して見せる。

「それより、今日は良い茶葉が入ったのでな。
ファングも折角ここに来たのだ、今はゆっくりと茶の味と香りを楽しんでくれ」

初老の男に言われて、ファングが自分の前のテーブルへ目を移すと、
其処には何時の間にか、紅茶がなみなみと入ったティーカップと茶菓子のクッキーを乗せた皿が置かれていた。
紅茶は今さっき淹れられたばかりの様に湯気を上げており、席に付く前から置かれていた物ではないのは確かだった。
恐らく、これは初老の男の能力による物なのだろう。相変わらず得体の知れねぇ能力だ、とファングは心の中で漏らす。
そのまま紅茶へ手を付けようとした所で、自分のクッキーを食べ終えたフールが、意味もなく声を潜めて聞いてくる。

「……所で、クロウVSクロスの勝負、どっちが勝つと思います?
昔からクロスとは因縁の有るあなたですから、さぞかしこの勝負の行方が気になるかと思いますが」
「別に…興味ね―よ」
「おや? あなたにしては珍しいですね? 如何言った心変わりでしょうか?」

そっぽを向いたファングにつっけんどんに返され、酷く驚いた様子で聞き返すフール。
しかしファングはふぅ、と溜息一つ漏らして、何処か皮肉めいた口調で言う。

「さぁな、それはテメェで考えてみろ。俺より頭が良いんだから考えりゃ分かるだろ?」
「え? 自分で考えろって、それは酷くないですか?」

何やら抗議の声を上げるフールから視線を外し、ファングは独り物思いにふける。
――あいつ……スカーフェイスとは色々な意味で付き合いの長い俺だから分かる。
――クロウの奴が幾ら如何がんばった所で、到底あいつを倒せるとは思えねぇんだ。
と、妙に確信めいた事を考えながら、彼は紅茶をひと呷りで飲み干すのだった。

―――――――――――――――――――ー―続け―――――――――――――――――――――

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最終更新:2010年06月23日 02:10
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