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劇場版 > 予兆編


 12月24日、クリスマス・イブ。列島の子どもたちがこの日、期待に心躍らせて待ち焦がれる人物と言えば……
そう、もちろんあの人。血のように赤いコートを着込み、何の罪もないか弱き草食動物に鞭を入れて無理矢理そ
りを引かせ、それでいて何食わぬ顔で人のよさそうな微笑を浮かべてプレゼントを配るあの老人のことだ。少な
くとも10年以上前のこの国であれば、きっと誰もが自信満々に、時にはドヤ顔まで浮かべてそう断言したことだろう。

 翻って現在。この質問を街頭インタビューしてみたとしたら、きっと多くの人は頭を抱えて悩み、逡巡することと思う。
 その懊悩もまた、チェンジリング・デイがもたらしたひとつの破壊なのだ。「クリスマス・イブに子どもたちが
待ち望むサンタクロース」という既存の価値観の破壊なのだ。

 大袈裟? 否、少しの誇張もないつもりだ。自信満々でそう言えるほど、「その人物」は人々の記憶に鮮烈なデ
ビューを果たしていたのだから。彼はすでにサンタクロースに代わり、クリスマス・イブという言葉から連想される
人物の筆頭に躍り出ているのだから。
 歴史と伝統という確たるバックボーンさえ、強烈なインパクトとカリスマ性を前にしては無力なお飾り、形骸
でしかないということを、図らずも彼はその存在を以って証明してしまったのだ。

 ある人は彼をただの迷惑な存在としか思わないだろう。ある人は彼に畏怖の念を抱くだろう。またある人は、
彼を熱狂的に支持するだろう。およそ人々の中で、彼に対する認識の正負が一致していることはまずあり得ないし、
この先その一致が取れるなんてこともまずないと言える。

 だが所詮そんなことは問題ではない。人々の評価や意思など、彼の知ったことではないのだ。誰かが望むと望ま
ざるとに関わらず、好むと好まざるとに関わらず、彼は必ず来る。そこには約束などなく、また予告も布告もあり
はしない。ただ彼一人のみの意思が、強固なる悪意のみが、彼を突き動かす。だからこそ、彼は必ず来る。

 12月24日、クリスマス・イブ。世人がこの日を祝福する限り――その男は、必ず来る。


 『劇場版Changeling・DAY ~バフ課壊滅! 漆黒が蝕む聖夜(イブ)予兆編~』


【午前9時43分 バフ課】

「おはろーございまぁぁぁっす! バフ課2班の皆々様方、アハッピーメリメリークリスマァァァス!」
 陰気に薄汚れた一室の小汚くくたびれた扉が勢いよく開くなり、その勢いそのままにぶっとんだテンションの
男が、湿気たクラッカーを鳴らしながら室内に飛び込んでくる。
 そのまま数秒の間。そこにいる誰一人として声を発さず、身動き一つさえしない。時間が止まってしまったよ
うな時が、その場に流れていた。

 氷結の時を破ったのは、バフ課2班副隊長、code:ラヴィヨンの間の抜けた声だった。
「ちょ、ちょっちょちょちょっとシェイドさん! いきなりなんッスか! なんでそんなテンションなんスか!」
「なんで? ちょっとーラヴィラヴィ冗談きついって! 今日はクリスマス・イブでしょーが! 聖夜よ、せ・
い・や! ちなみにある特定の関係にある男女にとっては性夜ね、せ・い・や! またの名を精夜……ってこれ
やば! さんずい偏つけたらまんまやないかーい!」
「うわウザッ! シェイドさんそのテンションかなりウザいッス! でもってやっぱりそのテンションの上がり
方が理解できないッス。シェイドさん今彼女いないでしょ」

 とラヴィヨンが口走った瞬間、振り切れるほどマキシマムなノリで現れた男、code:シェイドのテンションが、
端から眺めるだけでも丸わかりなほどにしおしおと萎んでいった。その様はまさに夏祭りでゲットした後にすっか
り忘れて放置してしまった水風船さながらのくたびれようである。事実というのは時に残酷なほど無情に的確に、
人の心を容赦なく傷つけ抉るものだという認識が、このまだまだ青い2班副隊長には不足しているようだ。

「フン、毎度のこと貴様はなんでそうのんきなんだろうな。クエレブレもそんな調子か?」
 ラヴィヨンの背後、このしみったれた一室にあるこれまたしみったれたボロいソファに腰掛けたままの男が、
しかめっ面をしながら気だるげにそう言って会話に割り込んでいく。バフ課2班隊長、code:シルスクだ。

「やっだなあもうシルスクたいちょったらそんな怖い顔しないでくださいよー。ちゃーんとわかってますって!
今日は12月24日クリスマス・イブ! 去年と一昨年とシルスク隊長が惨敗を喫したアイツが来る日ですもんね!」
 あっさりテンションを取り戻したのか、屈託ない笑顔を浮かべてさらりとそう言いのけるシェイド。挑発する
かのようなその発言にあたふたと盛大に焦る青い副長と対照的に、当人であるシルスクは落ち着いていた。

「シェイド。他人事のように言ってるが、あれは俺だけの敗北じゃない。バフ課そのものの敗北だ。いや、完敗
だった」

 そこまで言ってシルスクは、テレビのリモコンを手に取った。電源を入れて適当にチャンネルを変えると、やや
興奮した面持ちで臨時ニュースを読み上げるニュースキャスターが映し出される。まったくの余談だがニュースキャ
スターは美人だ。

『……ただいま入ってきたニュースです。「Mr.ブラックスノー」率いる「黒雪だるま軍団」が、いよいよ首都圏
付近まで迫ってきているとのことです。一団は主にカップルに嫌がらせを行いつつさらに南下。東京の中心街に
達するのも時間の問題と見られています。万全の警戒を……』

 シェイドの言う「惨敗を喫した」相手。自身が言う「完敗した」相手。まさにその人物の来襲を知らせる速報。
それを険しい顔でひとしきり眺めた後、シルスクはひとつ「ふう」と息をついてからぽつりとつぶやく。
「今年は……どうなるかな」

 成分の大半が不安で構成されたそのつぶやきをよそに、テレビは未だ、怪人接近の臨時ニュースを垂れ流し続けていた。


【午前11時18分 厨二少年とその保護者】

 12月24日。暦の都合上、この日都内の中学高校の多くが2学期終業式を迎えていた。岬陽太の通う中学校も、そ
んな凡百の中学校のひとつだった。

「ふぃ~、終わった終わった! 明日からはふっゆやっすみっと!」
「嬉しそうだねー陽太。冬休みの宿題はちゃんとやんなよ?」
「ぐはっ! おい晶、まだ冬休み前日だってのに冬休みの宿題の話するなんざフェアじゃねえぞ! 100メートル走
でフライングするようなもんだぞ! そんな話は冬休みに入ってからにしてくれよな」

 ややプチサイズめな岬少年と、その年上幼馴染でかなりトールサイズめの少女、水野晶。終業式後まだ正午にも
ならない街中を歩きながら、いつも通りの他愛ないやりとりを交わす。翌日からは冬休みという気安さもあって、
二人でぶらぶらとイブの街を特に当てもなく散歩している。

 赤。緑。リース。ツリー。夜には電飾。今街はすっかりクリスマス一色に染め上げられていた。どこを見てもク
リスマス気分というその様に、陽太は苦い顔を作りながら吐き捨てるように言う。
「ったくよお。ほんっと日本人って節操ねえよな。クリスマスがどういう日かってことをちゃんと答えられるやつ
が一体どんだけいるんだか」

 それが独り言なのか、隣を歩く晶に向けられた言葉なのか。発言した本人の意識は別として、晶は無言のままだっ
た。ただ微笑を浮かべて、陽太のしかめっ面にチラチラと視線を送っていた。

「クリスマスにしたってバレンタインにしたって、あんなもん商売屋の作り出したまやかしだろうが。乗せられて
扇動されて浮かれちゃってるだけだってことにみんな気付けって話だぜ」

 晶が答えるかどうかに関係なく、陽太の独白は続く。晶はわかっていた。自分が答えを返してもそうでなくても、
遅かれ早かれ陽太は同じ発言をするんだと。
 晶は知っていた。この小さな幼馴染がクリスマスという日を毛嫌いしていることを。

 彼の両親は、ほぼいつでも海の彼方の地に飛んでいる。彼がクリスマスを両親とともに過ごしたのは、確かチェ
ンジリング・デイの起きたあの年が最後のはずだと、晶は記憶していた。
 そんな背景があるから、晶ははじめ、陽太のこういった発言は寂しさの裏返しだと思っていた。隕石落下という
大災害を経ても、子どもを一人置いて海外を飛び回る両親への憤りなのだと思っていた。

 結論から言うとそれは違っていた。陽太の両親は毎年のクリスマス・イブ、彼の元へとクリスマスプレゼントを
送ってくれていたのだ。それを知った時晶は、やっぱり彼の両親はちゃんと一人息子のことをいつでも気にかけて
いるんだと少し感動したのだった。が、実は陽太がクリスマスを毛嫌いする原因はそのプレゼントにこそあったと
いう事実を、晶は割と最近知ることとなった。その詳細については、残念ながら尺の都合上割愛させてもらう。

 去年の陽太のクリスマスプレゼントはなんだったっけ? そんなことを思う晶の隣りで、陽太は相も変わらずク
リスマスへの呪詛を唱え続けている。それを遮って晶は
「うーん、じゃあ陽太。うちは今年も商売屋に乗せられて煽られて浮かれちゃってクリスマスパーティやるんだけ
ど、その様子じゃ陽太は来ないよねー。ざーんねん。お母さん『陽太くんの大好物作らなきゃ!』ってはりきって
たんだけどなー」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。そして誰もが期待する通り、陽太少年はわたわたと焦り出す。
「お、おい待てって! それとこれとは話が別だ! 行く! 行きます!」
 必死である。予想と期待をまるで裏切らないその反応に内心満足して、晶は助け舟を出してやることにする。
「はーいはいわかったわかった。じゃあこれから食材買い出しに行くから、陽太手伝ってね。早いうちにすませ
ちゃいたいしさ」

 そう言って晶は、何気なく空を見上げた。冬の空らしい、少し薄めの空色が広がっている。今日はホワイトクリ
スマスにはなりそうにないな。そう結論付けて、晶は陽太と二人、クリスマスに浮かれる街を歩いて行く。

 街はまだ、穏やかだった。


【午後12時51分 不純なピーターパンの歓喜】

「ムフ、ムフフ、ムホホホホホホホ……」
 12月24日、加藤陸を包むもの。狂喜、歓喜、興奮、狂乱、愉悦、ひとまわりして再度狂喜。

「ムフ、ミニスカサンタ……なんと甘美なる響き。ミニスカなのにサンタ。サンタのくせにミニスカ。寒空の下
太腿とヘソを露出させるという風邪引きルートまっしぐらな格好で鳥肌を立たせながらも気丈に微笑むあの健気な
姿よ……ムフッ、ムフフフフゥ」

 都内某所。列島のオタクたちが集結する、オタクのホームグラウンド的街。その只中で、ミニスカサンタご出
演のイベントが行われるようになったのは、もう何年前の話だろうか。特別オタクの気はない陸だが、イベント
草創期から欠かさず通っている筋金入りのミニスカサンタフェチである。

「しっかし今年のサンタたちはみんなレベルが高いな。あ、こいつパス、って娘が一人もいないじゃないか……って
おいこら邪魔だどけこのピザが! ったくこの姿じゃああんまよく見えないんだよな」
 視界を塞いでくるでっぷりした観客に手加減一切なしのローキックをオラオラとお見舞いしながら、いらだちを
隠さない口調で呟く。

 加藤陸は昼間、自身の能力を使って少年の容姿を取っている。それは単なる偽装でもあり、また子どもに対して
はどんな人間だって甘いものだという計算によるものでもあるのだが、この時ばかりはそれが裏目に出てしまった。
黒山の人だかり、しかもその9.5割が野郎ということになれば、体の小さな陸はもうそれに飲まれて揉まれるしかない。
 それでも、陸の胸には確固とした確信と希望があった。

「へっ、まあいいよ。遠くから眺めるなんてのは前戯ですらないさ。本番はこの後、『プレゼント手渡し会』なんだからな」
 そう独りごちて、にやりとほくそ笑む。それはあまりにも外見年齢に不相応な、欲望を包み隠さずフルバースト
したような陰湿な笑顔だった。

 プレゼント手渡し会。一連のミニスカサンタイベントにおいて一番盛り上がる、ハイライト的催しである。さてど
んなイベントなのかと言えば……なんと、こともあろうにミニスカサンタがプレゼントを手渡ししてくれるのである!
そんな催しだと予想できた方が果たしているだろうか。いや、きっといないだろう。
 そんな夢幻のようなイベントにおいて、陸は虎視眈々と機会をうかがっていた。規律正しく順番待ちをしていたとも言う。

 陸は辛抱強く待った。自分の番が来るのをおとなしく待った。待っていれば必ず順番が来るのだから当然と言えば
当然だが、高まる欲望を抑えるのはなかなかに困難を極めた。
 そうしてそろそろ陸の番、というところまで来て、陸は何かがおかしいと感じた。それは完全に直感、ただの勘でしか
なかったが、こういう時の自分の勘はたいてい正しいこともまた、陸は知っていた。

 陸の全意識は今、彼の前でプレゼントを受け取ろうとしている男に向けられていた。頭のてっぺんから足の先まで、
その後ろ姿を穴だらけになるほど凝視する。
 そうして、陸は見つけた。自身が抱いた違和感の正体を。その男のつま先に光る何かを。

 瞬間、陸は決めた。この男は処刑だ。社会的に消さなければならない。婦女子のスカートの中を盗撮するなど、紳士
としてあるまじきこと。陸の中で錆びつきかけていた道徳の歯車が、俄かに稼働を始めた。過去に自分が似たようなこ
とをしたことなどは、すっかり意識からこぼれていた。

「ねーねーおじちゃん。おじちゃんの靴のつま先、なんで光ってるの?」
 不審な男の背後に詰め寄って、あくまでも純真な子どもを装いながら、処刑執行の言葉を唱える。それだけで男はみる
みる青ざめ、
「おぎょおおぉぉぉううぅうぅおおぉおおぉぉぉうぅおおおぉんっ!」
 と世にも不気味な叫び声を上げながら、小さな陸を突き飛ばし、何事かとざわめく人並みへと勇敢に特攻をかまして
いった。突き飛ばされて派手に倒れた陸にはそこから先確認はできなかったが、遅かれ早かれ確保されるだろうと思っ
ておくことにした。

「はあ~あ。なーんかシラケちまったな」
 起き上がりながらの呟きは、今の正直な気持ちだった。無理もない。この催しへの熱意に、セコい犯罪ひとつで水を
差されたのだ。まして目の前にいるのは盗撮されかけたミニスカサンタ。さらなる悪戯と辱めを加える気には、今の陸
はなれなかった。

「ねえ僕……? 次、君の番だよ。こっちおいで。プレゼントあげる」
 少しセンチになっていた陸に、呼びかける声が聞こえた。言うまでもないがミニスカサンタである。盗撮されてたって
のに気丈な子だなと、陸は素直に感心した。せっかく呼ばれたんだからと、陸はとことこと近づいて行く。

「僕、お名前は?」
「え? あ、り、陸だよ」
「陸くん、いい名前だね。じゃあ陸くん、メリークリスマス!」
 真冬でもこんな綺麗な花が咲くんだな。そんな鳥肌が立つほど寒い表現を陸がしたくなるような華やかな笑顔で、ミニ
スカサンタは陸にプレゼントを渡してくれた。やや間があって、彼女は少し頬を赤くして言う。

「陸くん、ありがとう助けてくれて」
「へ? い、いや、何のこと?」
「あはは、わかんないか。でも嬉しかったよ。陸くんがもう少し大人だったら、好きになっちゃったかも」

 この年の12月24日。加藤陸は能力によって少年の姿になっていたことを久しぶりに本気で後悔した。

 街はまだ、穏やかだった。



【午後2時04分 薄幸のハーフ少女と猫耳男】

アルシーブ「前スレ432あたりを読むといいです! 本作者さんのかわいらしくて幸薄いアイリンちゃんがそこにいる
です!」


【午後2時24分 ツインテールと三つ編みと】

 クリスマス仕様の装飾が施されて、普段よりも華やいだカフェの店内。八地月野はさわやかな男性店員が届け
てくれたホットキャラメルラテをかき混ぜながら、向かいに座る友人の愚痴に耳を傾けていた。

「かはあぁぁあぁあぁぁぁ……もうほんとやんなるねぇ……右を向いても左を見てもカップルカップルまたカッ
プル。男同士かと思わせといてやっぱりカップル。はあぁあぁぁやっちいぃぃぃ」
 恨めし気な声で呪詛めいた言葉を吐いているその友人の名は、吉野小春。2学期の終業式を終えた後、月野は
彼女に誘われてクリスマスの街をぶらぶらしていたのだが、あまりのカップルの多さに小春が「人酔い」ならぬ
「カップル酔い」状態になってしまい、じゃあちょっと休憩しようかということになって、今に至る。

「別に私はさ、カップルで過ごせてうらやましいなーとか、私も彼氏と一緒に過ごせたらなーとかそういうつも
りで言ってるんじゃないんだよ? でもさ、まわりはそう見てくれないじゃんきっと。「あ、こいつ彼氏いない
んだなかわいそププッ」とか思われてそうだもん。それがいやなだけなんだよ。別にいないならいないで楽しく
過ごせるっつーの」

 忌々しそうな表情で小春は一気にそうまくしたてて、注文したホットロイヤルミルクティーをぐびりとあおる。
なるほど、これが「やけロイヤルミルクティー」、飲まなきゃやってられっか! ってやつだねと、月野はその
様子を自身の記憶の「微笑ましいものアルバム」に加えることに決めた。

「ん~ん、なんか私が一人で愚痴ちゃってるけどさ。やっちーはなんとも思わないの?」
「ん? 何がかな?」
 ミルクティーをぐびり終えた小春が、唐突に月野に話役を振ってきた。とりあえず、月野はすっとぼけておく
ことにする。別段意味があるわけではない。むしろこれは月野と小春の間で交わされる定番のやりとりのひとつ
だ。会話のキャッチボールではなく、ピッチャーとバッターの関係である。

「かはあぁぁあぁぁぁ……八地月野さんや。わたくしめの話を聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「うん、聞いてた聞いてた」
「うむ。じゃあそれについてやっちーの意見を述べたまへ」

 眉間にしわを寄せ腕組みをして、頑固親父のような雰囲気を作ってそう言う小春。女子高生としてはかなり小
柄に分類される小春がそんなことをしても威厳も迫力もまるで現れてこず、小学生が大人ぶっているくらいにし
か見えないのだが、本人的には結構様になっていると思っているらしい。そういう少し子どもっぽくておバカっ
ぽいところがハルの可愛いところなんだけどねと、月野は眼前の頑固親父を眺めながら思う。

「う~ん、まあハルの話にはだいたい賛成するよ。えーと、なんていうのかな……恋人って「作る」ものじゃな
いと思うし……そんなに急ぐこともないんじゃないかなーと」
 人当たりがよく誰とでもすぐに仲良くなれ、その上容姿にも恵まれた月野は、男子から告白されるという経験
をそれなりにしてきている。そしてまたそれらをことごとくブレイクしてきていた。その有象無象の中にはサッ
カー部のイケメンキャプテンやら金持ちのイケメン御曹司やらも含まれていて、その度に月野は友人たちから「もっ
たいない」だの「理解不能」だのと小言を言われてきた。

 月野からすれば「もったいない」というだけで好きでもない、そもそもよく知りもしない男子と付き合うほうが
「理解不能」だった。そんな調子だったから彼女自身、恋人なんて当分はパスかなー、なんて思ったりしている。

「ハルと一緒のクリスマス、楽しいもん。楽しければそれが正義だよ。ジャスティスなんだよ」
「……やっちー、そんな眩しい笑顔しないでよ。クラッときちゃうよ」
「えー、ハルにクラッとこられても困るなー」

 女の子二人、そんな他愛ないことをだべりながら、カフェでの時間を過ごす。注文した飲み物のカップが空になっ
た後も、二人はしばらくの間そこで取り留めなく語り、一緒に笑い合った。


「んー、だいぶ長居しちゃったねー。ハルも元気になってめでたしめでたし……ん?」
 さんざんだべった二人がようやくカフェを出たちょうどその頃。街には微かに、しかし確実に異変の足音が響いていた。
 その異変の元凶を、二人はすぐに知ることとなった。

「黒雪だるまだあぁぁぁ! 黒雪だるまが出たぞおぉぉぉ!」
 まあどこぞからこんな叫び声が聞こえてきたのだから、そりゃ嫌でもわかるという話だ。

「……ハル、聞いた? 黒雪だるまだって」
「うん、聞いた。黒雪だるまらしいね」
「さて、どうしようか?」
「やっちー、ヤボだねあんた」

 小春はそう言うと同時に、その小さな体を低く構える。その姿勢こそが、月野の問いに対する答えになっていた。
好奇心の塊吉野小春が、こんな珍事に対するスルースキルなど養っているはずもないのだ。

「いっくよーやっちー! 黒雪だるま目指してレッツ&ゴーってぎゃぽっ!」
 クラウチングから勢いよくスタートした小春の進路を、堂々と遮る黒い何者か。小春は真っ向からそれに激突、
小さな体は見事な弧を描いて弾き飛ばされた。ふてぶてしくもどこか可愛らしいフォルム。真っ黒い雪だるまが一体、
そこに鎮座していた。

「ハルっ、だいじょぶ!? く、黒雪だるま……こいつ今空から降ってきたよ雪だるまなのに!」
「や、やっちー……黒雪だるまを、馬鹿にしちゃ……ダメ……がくっ」
「ちょ、ちょっとハル! 「がくっ」って発音しない! ふざけてないで起きてよ! 黒雪だるまが……あれ? 嘘、何これ?」

 その時、月野は思わず目をごしごしとこすっていた。そんな行動は漫画やアニメの世界でしかしないと思っていた
のにだ。それぐらい、彼女の瞳に映った光景は不可解だった。
「ふ、増えてるうぅぅ! 黒雪だるまが細胞分裂しちゃってるうぅぅ!」

 目の前に一体しかいなかったはずの黒雪だるまが、いつの間にやらその数を増やしていたのだ。総勢ざっと20体。
そのどれもが表情のない丸い顔を、月野と小春に向けている。ちなみに一応解説しておくが、決して細胞分裂では
ない。単に最初の一体が仲間を呼んだだけである。

「こ、これはさすがにまずそうなよかーん。ちゅーわけでハル起きろ! 逃げるよ!」
「ああんやっちー待ってよー!」
 必死さがにじむその声を聞き流しつつ、月野は背中側、黒雪だるまがいない側に向けてかけ出す……が、しかし。

 ぼよよ~ん。そんな間延びした擬音がしっくりくる動作で、数体の黒雪だるまが一斉に跳躍。5メートル近い高さ
まで飛びあがり、どすんと重量感ある音を立てて華麗に着地。着地点はもちろん、月野たちの進行方向を断ち切る
位置だ。

「ちょっと、こいつら私たちを敵性認定しちゃってる感じ!?」
「あー……やっちーが「雪だるまなのに」とか言ったからじゃない?」
「ハルが体当たりかましたからかもしんないでしょ!」
「やっちーったらあー言えばこう言う。ま、今はじゃれ合ってる場合でもないよね。正直身の危険を感じるよ。まずは突破だね」

 そこまで言うと小春はごそごそと鞄を漁り始める。小春が何をしようとしているかが月野にはすぐにわかったから、
月野は小春の背後へそそくさと移動する。

「お。あったあった。さって、んじゃ黒雪だるまくん達、大人しくしててね。とびきり派手なの一発、お見舞いするから」
 その言葉を理解しているのだろうか、黒雪だるまたちはみんな行儀よく大人しくしていた。しかし無表情なのは相
変わらずで、月野にはそれが気味悪く感じられた。
 そんな思いの月野をよそに、小春は鞄から細長い物体を「じゃきん」と小学生のようなSE付きで取り出す。そしてそ
れをおもむろに――自身の鼻の穴へと突き刺した。

「へっへっへ。いっくよー黒雪だるまくん達。これが私からの、クリスマスプレゼントだよ……ふっ、ふぇっ、へっ……」
 どうやら「来た」ようだ。小春の能力によるこの一撃で、たぶん道は開く。月野は少し安堵していた。
 結論から言ってそれは甘かった。その一撃が繰り出されるまで、黒雪だるま達全員がいい子にしていてくれる保証
などどこにもなかったのである。

 それでも一体の黒雪だるまが大きく跳躍するのが目に入った時、月野の体は自然と動いていた。黒雪だるまがそ
れなりに知能を持っていることを、月野は知っていた。ならこの状況で狙われるのは小春しかいない。
「ハルっ危ないっ」
 叫ぶと同時に小春の小さな体をどんと前に突き飛ばし、自身はすぐに後方に飛びのく。その直後。どしんと重い
音を立てて、黒い雪の塊が月野の目の前に落ちてくる。

 黒くても、所詮は雪。そう念じながら、月野は意識を込めた右手で黒い雪だるまを一撫でする。苦悶に顔を歪め
ることも、断末魔の叫びを上げることもなく。ただ微かに涼やかな音だけを残して、黒雪だるまはあっという間に
溶けてその姿を消した。

 よかった、ちゃんと効いて。一瞬だけそう気を緩めたが、すぐに意識を前方に戻す。全てを決める小春の一撃。
今まさに、それが放たれようという瞬間だった。

「ぶふああぁあぁっくしょおぉぉんっ!!」
 小春のじゅうぶんにチャージの効いたくしゃみが開放されると同時に、その前方に強烈な衝撃波が発生。10トント
ラックでも吹き飛ばせそうなその威力は、重量感ある雪だるまの群れさえものともせずなぎ倒し、黒雪だるまが形成
した包囲網に見事な風穴を穿った。

「よしっハルお手柄! 超かっこいいっす! さあさっさと逃げよう!」
「うう、待ってやっちー。鼻水が……」

 青っぱなを垂らした小春の腕を引いて、月野は走り出す。黒雪だるまは、思っていたほど可愛い存在ではなかった。
この年のクリスマス・イブ。月野はそのあまり知りたくなかった事実をしっかりと胸に焼き付けた。

 侵蝕の足音が、鳴り響いていた。

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最終更新:2011年01月03日 11:01
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