太陽が沈む。12月24日の太陽が沈む。
途端、雲が広がる。それは太陽がいなくなるのを待っていたかのように、瞬く間に広く、分厚く。
そして雪が降る。底のない穴のように黒く広がる空から降るその雪は、母なる空を忠実に写したような黒、たまに
灰、ごくまれに白。
しんしんと降る。音もなく降り積もる。街に点りはじめた鮮やかな電飾を、人々の幸せを覆い尽くすように。
12月24日、クリスマス・イブ。列島に、モノクロの夜が訪れる。
『
劇場版Changeling・DAY ~
バフ課壊滅! 漆黒が蝕む聖夜(イブ)再生編~』
ヒートパイルバンカーを用いた決死の攻撃により、ブラックスノーゴーレムはただの水分へと成り果てる!
宙に投げ出された
シルスクはワイヤーガンを使ってなんやかんやして無傷で着地! シルスクはシェイドを
称えようとするが、ブラックスノーゴーレムの雪玉の直撃を受けてぎりぎり立っていた状態のシェイドは、
ブラックスノーゴーレム消滅と同時に意識を断ってしまう! もはやこの場で満足に戦えるのはシルスクのみ!
そんな状況の中、ついにこの夜の主役、クリスマス・イブの侵略者Mr.ブラックスノーが満を持してその姿
を現した……!
アルシーブ「初っ端からとか! シェイドさん倒れるとことか絶対感動の嵐のはずでしょうに……」
「お見事! いや、流石だねシルスク君。君にはむしろ簡単すぎる余興だったかな」
倒れたシェイドの脈を取っているシルスクに、乾いた拍手とともにそんな大仰な物言いで語りかける男がいた。
男は続ける。
「さて、こんな日だし、一応こう言っておくとしようか。メリークリスマス、バフ課の諸君。まあ諸君なんて
言うほどの人数でもないけどね」
その佇まいは1年前のこの日、同じように黒い雪景色の中で見たそれと何も違うところはない。黒いコート。両端
に雪だるまがあしらわれたファンシーなマフラー。そしてなぜか装着しているおそらくスノボ用のゴーグル。
Mr.ブラックスノー。クリスマス・イブの侵略者。黒雪だるまがポーンなら、それらを統べるキングと呼ぶべき男。
日が沈んだ今、もはや身を隠す必要などないということなのだろう。能力犯罪専門の戦闘集団たるバフ課の前に、
こうして余裕の態度で姿を現した。
「Mr.ブラックスノー。まあさっき会ったが、一応こう言っておく。久しぶりだな。相変わらずクリスマス・イブは
暇人なのか」
「我の相手をしてる君も相当に暇人だと思うがね。いやしかし、残念だね。結局最後まで立っていられたのは、今年
も君だけだね、シルスク君。面倒な
ラツィームの親父さんは先に片付けてしまったし」
世間話でもするかのように軽いその言葉に、シルスクは大きな衝撃を受けた。
ラツィームを片付けた。間違いなく奴はそう言った。まさかとは思うが、あのラツィームが……死んだ? その最
悪のインスピレーションに達したところで、ブラックスノーが再び口を開く。
「フ、そんな悲壮感溢れる顔をするな。死んではいない。重傷だがね」
思考を突かれて少しひやりとしたシルスクだったが、死んでいないと聞いてひとまず安心する。それが本当かどう
かはわからないのだから安心しきっていいものでもないのだが、確かめようがないのならば信じるしかないとも思った。
一息ついて心を落ち着け、シルスクは胸にある疑問を口にする。
「Mr.ブラックスノー。今年はいつになく派手にやってるように思えるが、一体どうしたっていうんだ? 貴様のクリ
スマス・イブへの執着心が凄まじいことはもう十分知ってるが、今日は少し度が過ぎてるぞ」
問いかけの後、しばらくの無言。答えを探しているのか、答えはあるが声に出すのを躊躇っているのか。シルスク
にそれがわかるはずもなかった。ただ空から降りしきるどす黒い雪が風に舞い、地面に降り積もる微かな自然音だけ
が、二人の男の間に流れていた。
「人は」
長い間の後ようやく口を開いたブラックスノーは、そこで探るように言葉を切り、一拍置いて続けた。
「なんと愚かな生き物なのだ。どこまで愚かになれるのだ。そう思ったのだ」
「わからん。そんな高尚な言い方をされてもな。サルでもわかるように言えないか?」
シルスクの率直な意見に、ブラックスノーはフッと薄く笑みを浮かべる。それは相手を嘲るような意地の悪いもの
ではなく、どこか寂しさを含んだような悲壮な笑顔だった。
「いいんだ、もう。我はもう……忘れたのだ。甘えも、優しさも、愛も慈悲も温もりも。そして、当初の目的さえも」
訥々とそう呟きながら、ブラックスノーはその右手をゆっくりと頭上に掲げる。降り続ける黒い雪が、その掌へと
凝集されていく。
それが合図だった。話し合いの時は終わったと告げ、力による話し合いを始めるための合図だった。
応えて、シルスクは身を低く構える。
「終わりだ。全て終わりだ。何もかも、綺麗な漆黒に染めてやる」
ブラックスノーの手のひらで凝集する黒い雪は細長く鋭く成形され、やがてそれは一振りの剣になる。応じて、シル
スクは腰のダガーを両手に構えた。
「今宵を最後に、クリスマスは滅ぶ! フハハハハッ!! そうだ! この国の記念すべきラスト・クリスマスはぁっ!!」
黒い雪が薄く積った大地に、漆黒の影が走る。人間離れした速度でシルスクとの間合いを詰めると、勢いのまま強く踏み
切り――
「暗黒に蝕まれたこの夜!! 絶望が覆う、悲劇のブラック・クリスマスだぁっ!!」
空へと跳躍したその影からシルスクへと、漆黒の斬撃が振り下ろされた。
【午後5時00分 プランB開始】
ヒートパイルバンカーをシルスクに預けた後、その時点ですでにかなりの手傷を負っていたクエレブレは、戦闘に
参加することなく身を休めていた。だからそれ以後状況がどうなったのか、詳しくはわかっていなかった。
どこからか「プランBで動け」という誰かの叫びが聞こえても、彼にはそれがどういう意味なのかすぐには理解でき
なかったのは、無理もないことだった。
「この声、シルスクか?」
言っている間に、もう一度同じ叫びがどこからか聞こえる。間違いなくシルスクの声だった。雪の中でも声が届く
以上そんなに遠い距離ではないのだろうが、なにぶん降っているのは真っ黒い雪。視界の悪さは白い雪の比ではない。
クエレブレがシルスクの姿を探している間に、同じ声がさらに響いた。プランB。どこからともなく飛んでくる同僚
の声は、確かにそう言っている。
「プランB、だな。ああ、了解したぜシルスク」
きっとシルスクは今まさに戦ってるんだろうな、アイツと。それならば加勢したいという熱い気持ちと、今の傷だら
けの自分が行ったところで役に立たないよなという冷静な気持ちがクエレブレの中でせめぎ合う。結果後者を優先した
クエレブレは、せめてその戦いに少しでも勝機を作れるように全力でサポートする道を選んだ。
「いっつ……くっそ、膝痛てぇな……へっ、情けねぇけど、一人じゃちょっちキツいな」
苦痛に顔を歪めながら吐き捨てて、近くで自分と同じように休んでいる二人の男達に声をかける。
「おいこらシェイド、
ラヴィヨン。いつまでもへばってんじゃねぇ。ちょいと一仕事すんぞ」
二人の頬をベシベシとはたきながら、少々強引に叩き起こす。そもそもこんな寒い中で寝たりしたら普通に死ねるだろ
と、クエレブレは彼らの図太さに軽く呆れた。
「ん、ん~……も~なんですかクエレブレ隊長。僕はもう十分がんばったと思うんですけどー」
「で、でか黒雪だるま!」
寝ぼけてたわ言を口走るラヴィヨンの頭を思いっきりはたき、目を覚まさせる。それから恐ろしく簡潔に状況の説明
をしてやる。
「目ぇ覚めたかラヴィヨン。お前んとこの隊長がMr.ブラックスノーと交戦中だ。たぶん単身でな」
「はぁ、そうッスか……は!? 隊長がMr.ブラックスノーと!? か、加勢しないと――」
勢いこむ若い2班副隊長を、クエレブレはぴしゃりと制する。
「無駄だろ。邪魔になるだけだ。それよりもやることがあるんだ。あいつは「プランBで動け」と言ってきた。意味わかるな?」
一瞬、ラヴィヨンの瞳が揺れ、すぐにクエレブレの瞳へと戻ってくる。力強い目だった。
「プランB……やるんスか?」
「あいつがやれって言ってんだ。俺らにできるのは、サポートしてやることくらいだしな」
言って、クエレブレはよろよろと腰を上げる。つられてラヴィヨンが、最後にシェイドも立ち上がる。誰もが傷だらけ
で。それでいて誰もが力強い表情で。
「あいつらの居所はわからん。だからもう派手にやっちまえ。どうせクリスマス・イブだ。多少のやんちゃは許されるさ」
【漆黒の絶望、紅蓮の光明】
「フハハハハハハッ!」
漆黒の影が次々と繰り出す剣撃の雨を、シルスクは全て間一髪で防ぎきっていた。
頭を左に。体を捻り。時に跳躍し。右手のダガーでいなし。左手のダガーで受け止め。両手で押し返し。そうして作った
一瞬の隙に前蹴りを入れて、一時距離を取る。
少しだけ息が上がっている。だが今のところ致命傷は負っていない。かすり傷をいくつか貰った程度だ。
だがそれは、彼が防戦に集中したからこそだった。攻撃することを意識していたら、おそらくこのくらいの手傷では
済んでいないだろうと、シルスクは軽く焦っていた。
能力者ってのはこれだから嫌だと、シルスクは心底苦々しく思った。どうせこの男も、能力が発現する前は殴り合いの
ケンカなんて一度もしたことのない一般人だったんだろう。そんな凡人が、特殊な訓練を受けて特殊な状況の中で育った
自分と互角に切り結んでいる。ほんとに人間ってのはなんでこうも簡単に狂ってしまうんだ。バフ課に入って以来ずっと
抱き続けるそんな思いが、改めてこみ上げる。
「まったく君には驚かされるよシルスク君。能力を持たない君が、我と互角の戦いができる。君は本当に人間か?」
「フン。言い得て妙だな。それは貴様がすでに人間ではないと言っているようなもんだ」
「フ、フハハハハッ! さあどうだろうな? そこは議論の余地があるとも思うが……まあ今はどうでもいいな。さて、
続きといこうか」
言って、ダンッという音がシルスクの耳にも届くほど力強い踏み込み。狂気じみた笑顔を浮かべた影は、一瞬で
シルスクの正面に到る。
さっきより速いな。あくまで冷静に分析して、勢いが乗った袈裟切りを身を屈めて回避。空いた脇腹への反撃を試み
るが、一瞬早く影の右膝が迫ってくる。
やっぱり攻め手がない。攻撃を断念し、さらに身を低く落とす。ほぼ地面に這うような姿勢になったシルスクは、
積もる黒雪を一つかみし、ブラックスノーの顔面へと投げつけた。
「ぐあっ! く、くそ……」
ゴーグルで目は保護されているとはいえ、ゴーグルに黒い雪が付いてしまえば視界は奪われる。たまらずブラックス
ノーはその場違いなゴーグルを外す。その隙の間にシルスクは体勢を立て直すことができた。
「フハハハッ。我ながら情けないことだ。自らの黒雪に足元をすくわれるとは」
思えばシルスクは、この男の素顔を初めて見たのだった。一昨年と去年と交戦したが、その時はゴーグルを外させる
に至らなかった。
その男の顔は、シルスクに別のある能力犯罪者を想起させた。規格外の能力を持つその男は、裏社会で知らない者
はいないほどの危険人物とされている。その男と同じ狂暴性を帯びた光が、目の前にいる黒い雪の男の目に宿っていた。
「シルスク君。我は素顔をさらしてしまった。よって、君を生かして返すわけにはいかなくなった」
「フン。始めからそんなつもりなかったろうが。物騒なもん振り回しといて」
芝居めいた大きな動作で黒い雪の剣を構え直すブラックスノーに、シルスクは間髪入れずに言い返す。
「冗談ではない。我は……本気だ」
再度の鋭い踏み込み。構え直そうとしたシルスクは、足元に異変を感じる。黒い雪が足の平にまとわりつき、彼の
動きを制限していたのだ。
こりゃマジでまずい。思うより早く、ブラックスノーの剣撃が襲う。身を反らせてギリギリの回避。バフ課の冬仕様
制服がすっぱり切れた。
さらに剣圧。危うく左手で防ぐが、ダガーを弾き飛ばされる。その間にもなんとか足を動かそうと試みるが、黒い雪
は意思を持っているかのようにがっちりとシルスクの足を離さない。さっさとあきらめて、意識をブラックスノーに戻す。
「言ったろ? 我は本気だと」
狂気じみた表情で愉しげに言いながら、力一杯剣を振り下ろしてくる。それを右手で防いだ時、足が動く感覚があった。
わずかに、だがさっきまでより明らかに緩んでいる。
これなら動かせる。そう思って意識を足に向けたのが、シルスクの致命的な失敗だった。
「ぐはっ……!?」
シルスクの左肩を、黒い雪の剣が貫いていた。脚の拘束が緩んだこと自体がブラックスノーの策略だったと、シルスク
は鋭敏な激痛を覚えながらようやく悟った。ずしゅるっと嫌な音を立てて剣が引き抜かれる時、鋭い痛みがさらに増した。
「チッ……しくじったな、俺としたことが」
この夜を覆う冷気が、さらに傷口を刺し続けているような気がした。これほどの手傷を負うのが久しぶりなせいか、
シルスクはその場にうずくまるしかなかった。その鼻先に、赤い液体が滴り落ちる黒い剣が突きつけられる。
「君は本当によく頑張った。だがもう休むがいい。そして君という犠牲が、この忌まわしき夜に捧げる最高の贈り物となるのだ」
終わり、か。シルスクは覚悟を決めた。戦いと人殺しと隣り合わせで生きてきた。今まで生きてこられたのが不思議
なほどに。能力などというものがはびこる世の中になっても、しぶとく生き残ってきた旧人類。でもそんな前時代の遺
物は、そろそろ消えるべきなんだろう。そう思って目を閉じようとした時。その瞳に、ひとつの光が見えた。
「……なんだあれは」
黒い空。降りしきる黒い雪。黒しかないはずの世界の中に、小さく、しかしはっきりと存在する赤。その赤は瞬く間に
広がっていく。それはシルスクの正面だけでなく左右、そして振り向けば背後にも広がっていた。
「な、なんなのだこれは!?」
あまりに予期しないその光景に、ブラックスノーもうろたえる。
彼らを囲むように広がる赤。それは煌煌と明るく燃え上がる炎だった。街が燃えていた。電飾も。ツリーも。リースも。
彼らを囲む街そのものが燃えていた。
やってくれたな。シルスクは思わず苦笑した。その赤い炎の海こそ、彼がコールした『プランB』がつつがなく発動され
た証だった。それを見て、シルスクはもう一度立ち上がる。
まだやれる。やらなきゃならない。決意に満ちたその瞳に、紅蓮の炎が揺らめいていた。
【終局】
「フ、フハハハハッ……炎で囲むとは。これは君の策略か? つくづくよくわからん男だ。たかが一人の人間相手に
街を焼き払う。並の人間には出来ない判断だな」
「嬉しいね。正直なところ、人死にが出ようが俺は別に知ったこっちゃないからな。ただ貴様を野放しにしておくのが
気に入らないだけだ」
言いながらシルスクは、右手の甲に切り札を取りつける。2班のおバカな兵装設計担当者が作ったものだが、こんな
時に意外に役立つものだと思った。同時に左肩に軽い応急処置を施し、ダガーを左手に持ち替えた。
もう、勝負はすぐに決まる。根拠は薄いが、それでもはっきりとシルスクは思った。周囲の温度が明らかに上がっ
ている。ただそれだけの事実が、シルスクのその推論を導き出していた。
「Mr.ブラックスノー。貴様にどんな事情があるのか、貴様のこのはしゃぎっぷりの原因がなんなのか、俺にはわから
ないし、わかってやる気もない。だがな」
体勢を低く取りながら、そう語りかける。意味深な間を一応取っておいて続ける。
「そこにどんなに深く酌むべき事情があろうと、貴様はただの能力犯罪者だ」
「能力……犯罪者……フ、フフ、フハハハッ……ならば君は、我をどうすると言うのだ」
シルスクの言葉に一瞬衝撃を受けたような表情になったブラックスノーは、すぐにまた狂気じみた笑顔に戻って問う。
「決まっている。俺がバフ課の一員である限り、その質問には答えるまでもない」
力を込めて言い切る。それに被せるように、黒い影が迫る。その速度はしかし、先ほどに比べて明らかに遅いとシル
スクは感じた。
「フハハッ! よかろう! ならばその刃で! 拳で! 答えてみせろ! シルスク!」
渾身のはずの剣撃。それすらもやはり、さっきよりも鈍重だった。常人から考えれば十分に早いが、その程度ならも
はやシルスクにとって問題ではない。
余裕を持って回避。そのまま左手のダガーで、今度こそガラ空きの脇腹を切りつける。一瞬うめき声がするが、怯ま
ない。すぐに次の剣撃。身を反転させ、返す刀で横っ面に裏拳を決める。それでも怯まずに剣を振りかぶるブラックス
ノーの鳩尾に渾身の右拳を叩きこみ、最後の追い打ち。
「うぐほっ! んぐ、な、なんだこの感触は……」
腹を押さえてげほげほと激しくむせ返りながら、ブラックスノーはそこに残る奇妙な温感に首を傾げていた。
シルスクが右手に取り付けた腕甲。それは設計担当者が言うには、末端を温めるためのカイロのようなものらしかった。
ただ完全なる失敗作で、つけている本人はまったく温かくならないくせに、外から触ると火傷するほど熱くなるという
まったく意味不明の産業廃棄物だった。だがそれは、「冷感」を武器とする人間にとっては切り札となりうる立派な武器に
早変わりした。
「Mr.ブラックスノー。貴様ももう気付いているだろう? 火の海に囲まれたこの空間の気温は、もう冬とは思えないほど
に上がってる。寒さを力の源とする貴様は、もうほとんどただの人間に等しい。そしてただの人間じゃあ、俺には勝てない」
この時シルスクは少し妙な感覚に襲われていた。周囲の気温が上がっているのは間違いないのだが、自分の体が随分
と冷えているような、そんな感覚だった。だが今は、そんなことは気にしていられなかった。
「フ、フフフ、フハハハハハッ!! 確かに、もはや我にはほとんど力は残っていない。だが、だがな! 我はクリスマス・
イブの侵略者Mr.ブラックスノー! この夜が終わるまで! 我は漆黒の侵略者であり続けねばならんのだ!」
その瞳に宿る狂気の光は、力が弱まった今でも少しも和らぐことはなく。だからシルスクははっきりと決めた。最後
まで、決して手を抜かないことを。
「そうか。ならもういい。Mr.ブラックスノー、観念しろ。貴様が主役のシケたクリスマスパーティは」
最後の瞬間。この勝負で初めて、シルスクから動く。すでに限界が近い脚をフル回転させ、黒い雪の道を疾駆する。
その速さに、もはやブラックスノーは対応できない。苦し紛れに振り下ろされた右腕を、冷静にダガーで刺し貫く。
「今宵で、お終いだ!」
勝利の咆哮とともに、さっきと同じように右拳を鳩尾にめり込ませる。体をくの字に曲げたブラックスノーの、その
ガラ空きの下顎に叩きこむ、全力を込めた追撃の右アッパー。
漆黒の空に、漆黒の男の体が大きく舞いあがり。それは自然の法則に引かれ、どさりと派手な音を立てて地面へと崩れ
落ちる。
立ち上がる気配はない。死んではいないだろうが、ブラックスノーの身体能力はもはや普通の人間並みまで戻っている。
その状態で右腕はダガーで貫かれ、鳩尾と顎にプロの拳を打ち込まれ、挙句派手に体を打ちつけている。立ち上がれるはず
もない。
ゆっくりとその倒れ伏した男に近づき、隣に立って見下ろす。目を合わせても、互いに発する言葉はない。ただ無言
で、にらみ合いとも見つめ合いとも取れない時間が流れた。
それでもその瞳を見て、シルスクはようやく気を抜くことができた。ブラックスノーの瞳からは、窮地に陥っても薄れ
ることのなかった狂気の光が完全に消えていた。
能力犯罪者、クリスマス・イブの侵略者Mr.ブラックスノーはもう消えた。頭の中にそんなフレーズがこだまして、
シルスクの心身の緊張が安堵に緩んだ、そんな時。
ひどい冷感を感じた。何事かと思って見れば、背中が雪に埋まっている。それが自分が地面に仰向けに倒れたからだ
と気付いた時には、シルスクの意識は漆黒の闇の中へと吸い込まれていった。
【エピローグ】
黒い雪がやんだ。
代わりに、と言うべきなのか。空からは白い雪が降りはじめていた。
しかしそれはただの白い雪ではないように、クエレブレには見えた。
純白と言ってなお足りないほどに白く、それはむしろ銀色に光り輝いているようだった。それが実際そうなのか、
単に真っ黒く汚れた雪を散々見せられた後だからそう見えるだけなのかはわからなかったが、とにかくそれは神々しい
ほどに美しいものに思えた。
呆けるほどに綺麗なその光景を、戦い抜いた同僚にも見て欲しかった。自分の腕の中で、力なく瞼を閉じている同僚に。
「なあシルスク、見ろよ。雪だぜ。久しぶりのホワイトクリスマスだ。ほら、見ろって……目……開けろって……ふざけんなよ……」
決して答えない。弛緩しきって垂れた腕も、クエレブレの手に重みを預けた首も、ぴくりとも動かない。ただその表情
だけが、ひどく安らかだった。
「ラヴィヨンのガキがピーピー泣いてうるさいだろうが。あの頭悪そうな兵器担当だってさすがにきっと泣くぞ」
そんな言葉にも、反応する者はいない。その体が生ある者としては明らかに冷え過ぎているという事実を、クエレブレ
はあくまで見ないようにしていた。
人の死に立ち会うのは、あの外国人以来か。気付けばクエレブレは、下くちびるを血が出るほど強く噛みしめていた。
溢れそうな何かを必死で堪えていると、周囲が俄かに騒がしくなった。
「あん……? おい、どうなってんだ?」
プランBによって、ほぼ一面焼け焦げた街。黒い雪ではなく黒いすすでどす黒く汚れていたはずのその一帯が、まる
で何事もなかったの如く復元されていた。きらきらとまばゆい光に包まれて、建物が、ツリーが、電飾が。全てが再生の
光の中にあった。
こういうの、奇跡っていうのかもなと、クエレブレは柄にもなくそう感じた。あまりにもベタでクサい発想だが、そ
れはまさにクリスマスの奇跡だと思った。そしてその再生の奇跡は――
「おい、クエレブレ。気持ち悪いからさっさと離れろ。殺すぞ」
この空の下に存在するあらゆるものに、等しくもたらされたのだろう。
-完-
アルシーブ「ん~ん。そこかしこからやっつけ感がプンプン香ってきます! 無理矢理まとめた感がありありと漂ってます!」
シルスク「まあいいんじゃないか? 俺もちゃんと生きてるし」
アルシーブ「途中の総集編とか! 「なんやかんや」ってしょっちゅう使われてましたよ! 何ですか「なんやかんや」って!」
シルスク「まあいいんじゃないか? 冗長になるより」
アルシーブ「う~……シルスク隊長さんはアレですね! 製作者の回し者ですね! 尻尾を振る犬ですね痛! 痛! 痛い!」
シルスク「茶の恨みでもう一発な」
登場キャラクター
最終更新:2011年01月03日 11:02