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劇場版 > 侵蝕編


『クリスマス中止のお知らせ』。『クリスマス始末してきたb』。ネットの巨大掲示板のこんな書き込みに、我が胸
を躍らせ笑い転げたのはもはや過去の事。

 我は力を手にした。冗談でも冷やかしでも願望でさえもなく、真に一年で最も忌まわしきこの日に混沌と騒乱を
もたらすこと。それをたった一人で成し遂げられるだけの力を。これはまさしく天がもたらした啓示なのだ。

 忌まわしきクリスマスに裁きの一撃を。クリスマスという日の意味を履き違えて睦み合う愚か者どもに真義の鉄槌を。
そんな固き信念を持って我は過去9年、クリスマス・イブの夜空とその下で煌めく電飾の街並み、その光の中で臆面
もなく乳繰り合う恥知らずどもを、我が黒き灰雪で汚してやった。

 だというのにだ。連中は何も学んでいないのか。10年目となる今年も、相変わらず街は電飾を巻きつけられた哀れな
ツリーを召し、この島国の大半の人間にとって何の関係もないはずの異教の祝日を我が物顔で謳歌しているではないか。

 なんと愚かな連中だ。愚かな奴ほどかわいいなどというが、我には到底そんな風には思えない。『愚者は経験に学ぶ』
はずではないのか。ならば奴らは愚者ですらないというのか。9度もこの日をめちゃくちゃにされてなお、何事もなか
ったかの如くのんきに浮かれている……? 人間とはここまで愚かな種族なのか?

 いずれにせよ、我は成し遂げねばならない。そこにクリスマスという忌まわしき日がある限り。あまつさえクリスマ
スという聖なる日を恋人たちの性なる日と勘違いしている輩がいる限り。そしてまた、我と同じ境遇にいる哀れなる同
胞たちの無念の心が、この空にわだかまっている限り。

 ああ、そうとも。我は必ず成し遂げる。
 だからせいぜい震えて待っていろ、不貞の輩どもよ。我が貴様らに最高の夜をくれてやる。この国の安寧なるクリスマスは――

 ――今宵で、オシマイだ。


 『劇場版Changeling・DAY ~バフ課壊滅! 漆黒が蝕む聖夜(イブ)侵蝕編~』


【午後3時23分 バフ課2班隊長は最強の無能力者】

 部下も同僚たちも大半が出払い、いつにない静けさに包まれたバフ課本部の一室。バフ課2班隊長code:シルスク
は、くたびれた薄汚いソファに体を預け、今や遺物となりつつあるブラウン管テレビの画面をぼんやりと眺めていた。
 街が少しずつ、しかし着実に黒い雪だるまの群れに侵されていく様。テレビから流れるニュースは、その様子を
粛々とレポートし、また新しく入る最新の情報を逐一垂れ流し続けている。

「シルスク隊長さん、お茶が入りましたよ。ほらほら、おせんべも一緒にどぞー」
 ニュースに集中していたシルスクに、そんな能天気そうな声で話しかけながら熱々のお茶を差しだす少女が一人。
前髪をタランチュラのヘアピンで留めたその少女は、海苔巻き醤油せんべいの袋を大事そうに抱えて、やはり能天気
そうににこにこと笑っている。

「ほう、なんだ。お前にしては珍しく気が利いてるなアルシーブ。前はお茶を頼んだら急須とお茶っ葉とお湯を持っ
てきて、「後は自分でやってくださいてへへ」とかほざいてた記憶しかないんだが」
「えぇ? そんなことありましたっけ? それ、たぶん別の人ですよぉ。私、基本「やる」子ですから」

 ふんと鼻息を鳴らしながら、えへんと胸を張る少女、code:アルシーブ。
 ここまでおバカだともう殺意も湧かないなとむしろすがすがしく思いながら、シルスクはテーブルに置かれたお茶
に手を伸ばす。ほこほこと湯気を上げるそれを軽く一口含んだ瞬間、シルスクはかつて感じたことのない圧倒的異物
感に襲われた。

「ぶっふぉ!! 苦っ!! にっがっ!! 何だこれは!? お前は俺にリアクション芸でもやらせたいのか!?」
「あ、やっぱりかぁ。えと、実はですね、お茶っ葉の缶を傾けてもお茶っ葉が出てこなかったので、思い切って真っ
逆さまにひっくり返してみたんです。そしたら何と! お茶っ葉がわっさーっと大量に、というかあるだけ全部急須に
ダイブしてしまったのであります! もう予定調和なんてクソくらえの大波乱の展開に私、しどろもどろにテンパって
しまったのですが、やってしまったことは仕方がないと前向きに考えなおし、もったいないからこのまま淹れてしまお
うということで、熱湯をどぼどぼと注いでそのまま10分ほど放置した結果できあがった銘茶が、たった今シルスク隊長
さんが一口飲んで噴き出したそのお茶だという次第で……えと、つまりその……ごめんなさい。てへ」

 銀河系の遍く星をしらみ潰しに探しても、こいつと張り合えるレベルのアホはなかなかいないだろうなと、シルスク
はもはや呆れも怒りも憎しみも通り越して素直に感心した。

「ったく、まあいい。そのせんべいをよこせ。口直しだ」
「ちっちっち。よこせなんて言い方する人にくれてやるおせんべはありませーん」
 何様だ。何様なんだこいつは。シルスクはもはや自分が軽く恐怖を覚え始めていることを認めざるを得なかった。
あまりにも話が通じない。バフ課の連中はどこかしらマトモじゃない奴ばかりだが、この少女からはそういうのとはもっ
と異質のヤバさが感じられてならない。クエレブレやラツィームに知られれば鼻で笑われそうだが、現在の率直な感想だった。

「あれ? あれれ? し、シルスク隊長さん! テレビテレビ! 私の可愛い顔なんて見なくていいですから、テレビ!」
 可愛い顔なんて見てたっけかと怪訝に思いつつ、言われるがままにすっかり放置していたテレビに目を向ける。
 そこには、さっきまでとはまるで違う映像が映し出されていた。

 足元まで覆う黒いコートに身を包んだ男が、そこにたたずんでいる。なぜか装着している大きなゴーグルは、男の人相
も表情もすっかり包み隠しており、それがその佇まいに不気味さと威圧感を与えている。

 その男の出現に、シルスクは慄然とした。ひとつには、その男こそが一昨年と去年と自らが一戦を交え、そして敗北を
喫した相手。クリスマス・イブの侵略者Mr.ブラックスノーその人であるということ。

 そしてもう一つ。その映像はいわゆる「リポート報告映像」ではないらしいということ。要するにその男は、今まさに
その放送が行われているテレビ局、そのカメラの前に立っているようだということ。

 一瞬戦慄に身が震えたシルスクだったが、その事実に気付いた瞬間、自分の取るべき行動を見出した。
「Mr.ブラックスノー、今年は随分やる気のようだな」
「ほい?」
「アルシーブ。俺は出かけてくる。お前はここで一人残って、せいぜい寂しいクリスマス・イブを過ごせばいい」

 わけがわからなそうな顔で「あはぁ」とだけ答えるアルシーブ。そのどこまでも能天気な表情に、シルスクの心は
少し和んだ。出かける間際、ほとんど手をつけなかったお茶をもう一口、ぐびりと飲み込む。

「し、シルスク隊長さん! そんな豪快に飲み込んじゃって……私の淹れたお茶、やっぱり美味しかったんですね!?」
「ほざくな。外は寒いから、熱いもん飲んで体をあっためとこうと思っただけだ」
 口いっぱいに広がる苦みに耐えながらそう吐き捨てる。アルシーブが「ツンデレさんキタ!」とかわめくのを全力で聞
き流し、シルスクは仕事を果たすために出陣した。


【午後3時19分 バフ課2班の青い副隊長】

「くっそ、黒雪だるまの数が明らかに増えてきてる……! このままじゃ……」
 去年の二の舞だ。バフ課2班副隊長code:ラヴィヨンは焦りを隠せなかった。日没が近づくにつれ、徐々に頭数を
増やしていく黒雪だるま。それらの場当たり的な駆除に追われて消耗していく自分たちバフ課。漆黒に染まる街並み。
混乱を極める人々の群れ。去年の同じ日のそんな出来事が、リアルに思い出された。

「だからって黒雪だるまを放っとくわけにもいかないし……くっそ、どうにかなんないか?」
 黒雪だるまを放っておけば、人々に直接の危害が及ぶ。死に至った例は過去ないが、重傷者くらいはざらに出る。
 すれた思考の持ち主が多いバフ課において、ラヴィヨンはどちらかというと一般人寄りの思考をする青年だった。
自分が守れる力を持っているなら、守りたい。その考えがいかに青く子どもじみているのかは、彼自身よく理解していた。

 本来なら黒雪だるまなんて歩兵の相手はせずに、キングであるMr.ブラックスノーに注力するのが、バフ課の戦士
としては正しい判断だとわかっていた。それでも、だ。
「クリスマスは楽しい日なんだよ。誰と過ごすかってのはその人の自由だけど、恋人でも家族でも、とにかく楽しい
日なんだよ」

 彼の前に立ちはだかるは、一体の黒い雪だるま。物言わぬそれはしかし今、明確な敵意を持ってそこに存在している。
その無言の敵意に、ラヴィヨンは全力の熱意で応戦する。
「そんな特別な一日をぶち壊しにする権利なんて――」

 熱く叫びながら、その背に差していた対黒雪だるま専用兵装、熱血金属バットを振りかぶり
「誰にもねえだろーがぁ!!」
 さらに熱く、某テニスプレイヤーがこの場にいたら暑苦しく称賛してくれそうなくらいに熱く咆哮して、金属バットを
黒雪だるまの頭部に叩きつける。

 グシャリとすいかを割るような音。クリーンヒットの手応え。それでも、黒雪だるまは崩れない。ただの金属バッ
トでは、黒雪だるまに致命傷を与えることはできないのだ。あくまでただの金属バットでは、だが。
「よく耐えたけど、悪いな。こいつは『熱血』金属バットなんだ」

 ニヤリ、という擬音をつけるには爽やか過ぎる笑顔でラヴィヨンが言った刹那、黒雪だるまがしゅうしゅうと音を
たてて蒸気を上げ始める。熱血金属バットが発熱しているのだ。斬撃にも銃撃にも、そして殴打にも耐える黒雪だるま
だが、所詮は雪であり高温には脆い。その弱点を突くべく2班の兵装設計担当者が作り出した武器が、この熱血金属バット
なのだ。ちなみに活用しているのはラヴィヨンただ一人である。

 頭部が消え、胴体も溶け。黒雪だるまがただの透明に澄んだ雪解け水へと還ったことを見届けて、ラヴィヨンは
「ふう」と一息ついた。物言わない雪だるまに年も考えずに大声を上げた自分が少し恥ずかしかった。
「火を操る能力とか持ってればよかったんだけどな。派手だしかっこいいし」
 ラヴィヨンの昼の能力は【オートマタ】。死体でさえ操る強力な能力だが、直接的な攻撃能力ではないし、とりわけ
相手に対してのだまし討ちや威嚇行動として真価を持つ力であり、黒雪だるまに対してはあまり意味のないものなのだ。

 そんな少しネガティブな思案にふけるラヴィヨンの背後で、どしんと重い音が響く。ひとつだけではない。どしん、
どしんどしんと、数えるのも追いつかないほどだ。それが何の音なのかは、ラヴィヨンにわからないはずもない。
「はあ~。これじゃ夜になる前にくたくたになっちゃうな。また隊長に怒られちゃうよ」
 軽い口調だが、決然とした表情で。ゆったりと振り返ったその視界に広がるは、一面の黒い雪景色。

「例えどんだけ数がいようと黒かろうと……雪だるまにビビって逃げたんじゃ、バフ課2班副隊長の名が泣くっての!」
 最後に威勢よくそう大見栄を切って。敵意に満ちた漆黒の集団の、その中央へ――

 青い弾丸となって、突き抜けた。


【午後4時11分 ブラックスノーゴーレム爆誕】

 テレビ局を乗っ取ってニュースに生出演しているブラックスノーの姿を見たシルスクはテレビ局へと急ぐ!
 なんやかんやありながらもたどり着いた場所で、シルスクはついにブラックスノーと対峙する!
 ブラックスノーの戦闘力上昇は夜の能力によるものであり、シルスクは昼の間に仕留めることを目的としていたのだ!
 肉薄するシルスク! だがその時! 地震のような大きな地揺れがシルスクの手を止める!
 それでもあきらめないシルスクに、ブラックスノーは告げる! 「今宵の我はそれなりに本気だ」と!
 その言葉に悪い着想を抱くシルスク! キングをあきらめテレビ局から出た先で彼は、モノクロームの侵蝕が
 最終段階まで達していることを知るのだった……!

アルシーブ「なんと大胆なざっくり! 総集編ですか!? チケット代返せです! 法廷で待ってろレベルです!」


 テレビ局を出るなり己の目に飛び込んできた光景に、シルスクはもう目を丸くする以外の手立てを持たなかった。
「……おいおい、なんだってんだよ。なんだこのどでかい雪だるまは」

 その言葉通り彼の目の前には、ビルの10階ほどの高さに相当する大きさの巨大な黒雪だるまが堂々と鎮座していた。
 相変わらず腕は生えているが脚はなく、それ故移動には小さな黒雪だるまと同じように跳ねるという手段を用いる
ようだ。
 さっきの揺れはこいつの仕業だな。シルスクはすぐにそう直感した。小さく跳ねる移動ならまだしも、この巨体だ。
大ジャンプして着地すれば、その震動は生半可なものではないだろう。そしてさきほどのレベルの震動が何度も起これば、
この首都に無数に立ち並ぶ高層ビル群が耐久限界を迎えて崩れる恐れも出てくる。もしそんなことになれば首都が、
ひいては日本全体があの隕石災害以来の大混乱に陥る危険が現実味を帯びてくる。

「フン、一体どうしたっていうんだブラックスノー。今年は本気で本気じゃないか」
 焦る内心を鎮めるように、声に出す言葉はあくまで余裕。そうでもして自分を奮い立たせなければ、目の前にそびえ立
つ巨大な黒い雪の巨人をどうにかする気力も、どうにかできると思う前向きさも湧いてこない。余裕の態度はシルスク
が持つプライドの現れであり、同時に己を死地に追い込む燃え尽きた吊り橋なのだ。


「いやしかしどうにかしようったって、一体どうすりゃいいんだこんなデカブツ」
 いきなり手詰まりになった。とりあえずシルスクは、巨大黒雪だるまに向けて2、3発銃弾をぶちこんでみる。
「うわ、びくともしないな。まああの巨体が銃弾2、3発で四散したらそれはそれで逆に怖いが」

 大してがっかりしてもいない口調でそう言ってから、早くももうお手上げだという風に肩をすくめる。銃撃が効かな
ければおそらくナイフだって効かない。第一接近すること自体が自殺行為だ。動きを読めなければ車に轢かれたカエル
の如くぺちゃんこにされてしまう。そしてそもそもあれは雪の塊なのだ。刺突斬撃銃撃の類への耐性は相当高い。効果
的にダメージを負わせるには――とここまで考えた時、シルスクは頭上に圧力を感じた。

「うおっとっと! ったくいきなりなんだ?」
 軽快に身を翻らせて難なく回避し、素早く元いた地点に視線を走らせると、ヘドロのようにどす黒い崩れた雪塊が地
面にへばりついていた。

「黒雪だるまがすっ飛んできて崩れたのか……? いや、違うな。こいつは……」
 着地と同時に崩れるという失態をさらした黒雪だるまには出会ったことがないシルスクだった。だいたい周囲に小さ
い黒雪だるまがいなくなっている。ならばこの黒雪を飛ばしてきた元凶はアレしかいない。

 そのアレに目をやる。雪塊のくせして不気味なほど自在に動く腕が、丸っこい頭部をぼりぼりと掻くような動きをし
ているところだった。ひとしきり掻いた後、例のアレはその腕を振りかぶるように掲げ――そこからびよ~んと意外に
もアンダースローで振りぬいた。不意打ちすぎる。振りかぶったんだからそこはオーバースローでいいだろ、などとまっ
たく空気の読めていないツッコミを入れながらも、シルスクは再びさっきと同じ要領で冷静に身を翻した。ワンテンポ
遅れて落ちてくる、大量の黒い雪。間違いなくこれは巨大黒雪だるまの恐るべき攻撃行動だった。

「『僕の顔をお食べ』じゃなくて、『僕の顔で死んで』ってか。フン、我ながら全然面白くないな」
 誰も聞いてなくてよかったなと自虐的な感想を自身に返しつつ、取るべき最善の行動は何かを模索する。とは言って
も、銃撃が通用しなかった時点から腹は決まっていた。最強の無能力者たる彼が、今日まで生き残ってこれた最大の理由。

「ひとまず、退却だな」


【午後3時54分 副隊長ズ】

「くっそ……こいつら、次から次へと……キリがないよ」
 ラヴィヨンは諦めかけていた。もうすっかり息は上がり、体力的にもほぼ限界。熱血金属バットを振り回し続けた掌に
は赤く血が滲み、鈍い痛みが走っていた。そんな疲弊しきったラヴィヨンの前には、まだ無数の黒雪だるま。愛嬌あるフォ
ルムに反して無表情で不気味なそれは、情けも容赦もなく弱ったラヴィヨンを攻撃してくる。

「チッ、少しは休ませろっての……うぐはっ!」
 黒雪だるまがその空洞のような口から吐き出す無数の雪つぶて。雪合戦の雪のようだと言えばかわいいものになるが、
時速120キロほどの速度で毎秒6発ほどを吐きだしてくるのだと言えば、それがどれほどの恐怖かは想像に難くないだろう。
そして今のラヴィヨンにはそんなものを回避するだけの瞬発力も、金属バットで打ち返すだけの反射力も残っていない。

 顔面に。胸に。腹に腕に脚に。無数の雪の塊を叩きつけられる。一瞬だけ走る冷感と、鈍く残る痛み。気力だけで立っ
ていたラヴィヨンのその最後の砦を崩すには、それだけで十分すぎた。
「へへ。雪だるまに負けるなんてさ。男として情けなさすぎるよ……ごめんね、じいちゃん……」

 もはや自分が何を口走っているかさえわからないのだろう。謎の台詞とともに、ラヴィヨンの体がまるでスローモーショ
ンのようにゆっくりと前のめりにくずおれ――ようとした時。横からその体をがっちりと支えた者がいた。
「ちょっとちょっとー! ラヴィラヴィあきらめるの早いってー!」
 それは聞き馴染みのある軽薄そうな男の声だった。ラヴィヨンがそれに反応するより早く、また逆側から体を支えられる。

「そうね。クリスマス・イブはまだ長いのよ。キングも姿を現していない今、一部隊副長のあなたがそんなんじゃ困るわね」
 それもまた聞き馴染んだ女の声。だからラヴィヨンは彼らが誰なのかもちろん理解できた。少しの驚きと大きな喜びを
胸に、思わず高い声になって彼らの名前を叫ぶ。


「し、シェイドさん! マドンナさん! 来てくれたんスね!」
「ま、こんな時くらい真面目に働いとこーかと思ってさ」
「勘違いはしないでね。他班に貸しを作っておけば、今後何かと有利に立ちまわれると思ったの。それだけのことだから」

 ニヤニヤと軽そうな笑顔でうそぶくシェイドと、ツンツンと怜悧な表情で言うマドンナ。班間協力がほぼ皆無でスタ
ンドプレーの多いバフ課で、副隊長格が3人揃うことは非常に稀だ。ラヴィヨンはそういう胸熱な展開に滅法弱い、精神
年齢の若い青年である。この状況でやる気にならないわけがない。

「シェイドさん、マドンナさん。俺嬉しいッス! やっと仲間になれた気がするッス!」
「ウザ。ラヴィラヴィそういうノリ勘弁してよ」
「無駄口は慎みなさい! 来るわ! 下がって!」

 言うが早いか、マドンナが一歩前に躍り出る。複数の黒雪だるまが、さっきと同じように今にも雪塊を吐きださんと
していた。それに対しマドンナは右腕一本のみを、肩の高さに掲げて前に突きだす。黒雪だるまの口から雪塊の初弾が
撃ち出されるのとほぼ同時。マドンナの右手の肘から下、その周囲の空間がぐにゃりと形を歪め、次の瞬間には――
巨大な盾へと姿を変えていた。黒雪だるまが高速で吐きだす無数の雪塊を、その盾が危なげなく防ぎきっている。

「これだけ雪を吐きだしておいて、なんであの子たち小さくなったりしないのかしら」
 自身の右腕で雪塊を完全に遮断しながら、マドンナはそうぼそりと呟く。余裕の独り言。あまりにのんきかつ的確すぎ
て、ラヴィヨンは笑いをこらえるのに必死になってしまった。

 そしてこの後、シェイドもその能力を駆使して活躍する……場面については尺の都合上ざっくりと説明する。

 マドンナの張ったシールドへ雪玉の雨が降り注ぐ中、シェイドは単身黒雪だるまの群れへと突っ込む! 能力【影踏み】
 をフルに活用し、一体の動きを乗っ取りその一体を別の一体にぶつけて共倒れさせる方法で、確実に数を減らしていく!
 ラヴィヨンが「まずい僕何もしてない」と焦り始めた矢先、黒雪だるま達の挙動に変化が! 退却行動であるかのよう
 に見えたそれは、実は生き残った全黒雪だるまの集合、そしてまさかまさかの合体だったのだ! 合体し巨大化した黒
 雪だるまに流石に分の悪さを感じた3人は、シェイド&ラヴィヨンの2人とマドンナ1人の二手に分かれて撤退することに
 するのだった……

アルシーブ「ぐすっ。シェイドさんが不憫過ぎて泣けてきました……」


【午後4時23分 侵蝕に抗う者】

 巨大黒雪だるまの前から一時退却したシルスクは、シェイド&ラヴィヨンと合流した。なんやかんやと話し合った後、
 現在の戦力で巨大黒雪だるまをなんとかすることは不可能だという結論に達する。しかしあれを放っておくわけに
 もいかない。3人を手詰まり感が襲う中、別の場所で戦っていたはずのクエレブレが何やら巨大な筒を持って現れる。
 「2班の変な女の子から託されてきた」というその筒は、2班の兵装設計担当者が作り出した対巨大黒雪だるま専用
 決戦兵器、「携行型ヒートパイルバンカー」だった! これを巨大黒雪だるまにぶち込むことができれば……すでに
 満身創痍のラヴィヨンとクエレブレを除き、シルスクとシェイドという気の合わない二人が今、バフ課史上最大の
 難作戦、「ブラックスノーゴーレム撃退戦」に挑む……

アルシーブ「早っ! 直前にもありましたよ総集編! もうちょっとがんばれ!」

「んで、どうするんですかシルスクたいちょ」
「簡単な話だ。お前の【影踏み】であいつの動きを止める。俺がパイルを打ち込む。それでコンプリートだ」
 自分の身長ほどの長さを持つ巨大な杭打ち機を肩に担ぎながら、シルスクは淡々と説明する。実際、これ以上簡単
な話はないだろう。動きが読めずに踏みつぶされる恐れがあることが最大の不安因子ならば、そもそも動きを止めてし
まえばいい。それを可能にする能力者がここにいるならばなおさらだ。しかしちょっとした問題もある。

「ん~、そんな簡単な話かなー」
 その能力者がひどいひねくれ者だったりすることだ。シルスクはこのひねくれた3班副隊長の物言いに常々イラつかされてきた。
「なんだ。何か問題があるか」
「胴体を貫通するだけだと、あまり効き目がないんじゃないかなーと、ちょっと思いまして」
「ほう。傾聴に値する意見だな、珍しく。ならどうすればいいと思う?」

 大地が微かに震動するのを全身で感じながら、シルスクが問う。その揺れの発信源に目線を向けたシェイドが、
ぽりぽりと頭をかきながら口を開く。
「頭部のてっぺんから胴体まで、正中線をまっすぐ打ち抜く。それが一番確実じゃないかと」
 決してふざけて言っているわけではないことは、シェイドの表情を見ればわかった。しかしそれでいてその提案は、
悪ふざけにしか聞こえないほど高難度なものに思われた。それでもシルスクは、その提案をもう少し聞いてみたい気になった。

「具体的にはどうする」
「なーに、簡単な話です。まず僕の能力であいつの動きを制限します。シルスクたいちょはそこら辺のビルの屋上あたり
から、動きの止まったあいつの頭めがけて飛び降りて……後はわかりますよね」
 まあ結局そうなるのだろう。それ以外には考えられない。確かに簡単な話だと、シルスクはため息とともに納得した。

「んまあ、やるかやらないかはシルスクたいちょにお任せしますけど。他班でも隊長命令絶対だし。でもやるなら早くしましょ」
 そう言ってシェイドは、ピッと空を指さす。一日の仕事を終えて休もうとしている太陽がそこにある。
 なるほど、確かに急がなきゃな。シルスクは即座に意味を理解し、そして判断を下した。

「癪な話だが、シェイド。今はお前が頼りだ。お前を信じよう」
「わお。了解ですよ。僕はいつでもシルスクたいちょを信じてますけどね」


 影が薄い。シェイドは内心で冷や汗をかいていた。ただでさえ影が薄くなりがちな冬の、雲も出始めている日暮れ前だ。
下手をすれば踏んでいる最中に影が消えかねない。そうなれば最悪自分がぷちっとスタンプされてしまうことになるかも
しれない。

「だからってさ、やんないって選択肢はないからね」
 軽薄で不真面目だという自覚がある。それでも、人の信頼や期待を平気でふいにするほどのろくでなしではさすがにない。
シェイドという男の正の一面がこの時、シェイドの全てを支配していた。

「デカブツだし、影を踏むの自体は簡単なんだけどねー……キープできるかなってうわわっ!」
 巨大黒雪だるまの影まで後少しというところで、シェイドは突然の飛来物を間一髪で回避した。見れば黒い雪の塊が
ずしりと地面にへばりついている。
「これか、シルスクたいちょが言ってたやつ。ま、とにかくさっさと影踏んじゃおう」

 言っている最中にも二度三度と黒雪塊の雨が降ってくるのを、シェイドはひらりひらりと軽快にかいくぐる。その余裕
の様を見てか、巨大黒雪だるまの攻撃が激化。その空洞のような口から雪玉を吐きだす体勢に入る。ラヴィヨンがボロボ
ロにやられたあの攻撃だ。
「ちょっ、そのでかさでそれは反則でしょ!」

 さすがにまずい。でも黒雪だるまの影はもうすぐそこだ。避けるより。隠れるより。走りぬけろ。どれだけ薄くなって
いようと、そこに影があるのなら。
 巨大黒雪だるまの口から今にも雪玉が吐きだされようとする瞬間。シェイドは立ち止まることも、横に逸れることもなく。

 静かに目を閉じて、ただ真っ直ぐに走りぬけた。


「動きが止まってる……」
 デパートの屋上に到達したシルスクは、すぐに巨大黒雪だるまの挙動を確認する。小刻みに揺れているようには見える
ものの、ぼよんぼよんと跳ねるような動きをしている様子はない。シェイドの【影踏み】は問題なく効いているように
思われた。

「感謝する、シェイド。さあて、じゃあ俺もしくじらないようにしなきゃな」
 巨大なパイルバンカーを右肩に担ぎ、屋上のふちに足をかける。地上20階建てのその高さでは、巨大黒雪だるまの頭部
までやや距離があり、それがシルスクを不安にさせていた。近くに手頃なビルがなかったのだからしかたがないのだが。

 歴戦の猛者たるシルスクも、さすがにこの高さから命綱なしで、しかも重量感ある武器まで担いでバンジーしたことは
ない。それでも、躊躇して竦んでなどいられない。日没の時はもうすぐそこまで迫っている。この機を逃せば、あのデカブツ
を倒すチャンスはないかもしれないのだ。

 空を飛べる能力でもあればな、などとは、シルスクは微塵も考えたりはしなかった。隕石が落ちてもう十年、シルスク
は能力の発現がない。そんな自分を旧人類あるいはロートルなどと蔑む一方で、シルスクは能力に頼り溺れる人間たちこ
そを軽蔑している。自分もそうなってしまうのなら、能力などいらない。常々そう考えている。

「行くか」
 最後にすぅーっと軽く深呼吸をして。ビルのへりから中空に舞いあがるシルスクの体は、隕石が落ちた後も少しも変わ
らない地球の重力に引かれて落ちていく。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに。巨大な黒い雪塊の、そのど真ん中めがけ。

 身を切るような鋭い冷気に全身をさらしながら、シルスクは担いだパイルバンカーをしっかりと構える。視界に入る黒
い雪塊はどんどん大きさを増し、距離が狭まっていることを知らせる。冷気が目に染み、視界が滲んだ。それでもその瞳
は、標的を確かにロックし続けていた。

 飛び降りって、こんな感じか。シルスクはひどく不適切な感慨を抱いていた。時間の流れが遅く感じた。吹き付ける冷
気も、風を切るような心地よさも、そして確実に近づいてくる地面と、黒い塊も。全てをゆっくりと堪能している、そん
な感覚だった。次の瞬間にはそれが終わってしまうことが、少し残念に思えるほどだった。

「ぐっ……よ、よし、とったぞ、ゼロ距離」
 そして遂にシルスクという天からの砲撃は着弾。内臓がひっくり返るような衝撃とともに、構えたパイルバンカーの先
端が巨大黒雪だるまの頭部を穿孔。自身もしっかりとそこに両足をつけ、
「まだキングが残っちゃいるが、とりあえず……これで、任務完了だ!」

 約束された勝利の言葉とともに、力強く引き金を引く。打ち込まれた杭が発熱を以って標的を蝕み始めるのを感じた時。
 パイルバンカーの衝撃に弾かれたシルスクの体は、為す術もなく宙に投げ出されていた。

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最終更新:2011年01月03日 11:02
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