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月下の魔剣 > 2


犬の一瞬の隙をついて、僕たちは逃走を開始した。犬はすぐに気付き追いかけてくる。
ただ、犬の足は思ったほど速くはなく、全力で走れば一定距離を保つことができた。これなら家まで逃げ帰ることができるかもしれない。
逃走を開始して数秒、不自然なことに気付く。この周辺は確かに人通りの少ない住宅街だが…

「ねっ、陽太っ、こんなに人いないのっ、ておかしくないっ!?」
「くっ、やはりっ、組織のっ、差し金かっ!!」
「いやいやっ、それはないっ!」

こんな状況でも冴える厨二発言に突っ込みをいれながら走る。ひたすら走る。爪の音は変わらず背後から響いている。
次の角を右に曲がって直進すれば我が家、希望が見えてきた。が、次の瞬間、希望は驚愕に変わる。我が家へと続くその道に待ち構えるもう一匹の犬!

「そんな…嘘でしょ…」
「止まんなこっちだ晶ぁ!! 走れ!!」

陽太に手を引かれ家とは反対方向に走り出す。迫る爪の音は二倍に増えた。

「これからどうすんのっ!?」
「街中まで戻るぞっ! 人多いし交番もあるっ!」
「わかっ…!!! 前っ!!」
「くっ!!? こっちだ!!」

繁華街までの道を走る僕たちの進行方向から迫るさらにもう一匹の犬!!
僕は陽太に続いて狭い脇道に飛び込んだ。

「どうなってる…普通に考えてありえねえ…」
「ねえどうする陽太っ!? 家も街も離れてってる!」
「くっそぉ…今考えてるっ」

三匹の猛犬に追われる最悪な状況の僕たちに、とどめだ、と言わんばかりに最高の不幸が降りかかる。
狭い道のその終端は…無慈悲な壁。もはや言葉も出なかった。すがるように陽太を見ると、壁に手を当て呟いている。

「おかしい…ここは抜ける道だったはず…」
「そんなこと言ってる場合じゃっ!」
「不可解な壁…能力か…?」
「いつまで言ってんだこの馬鹿っ!!」
「…いや…まあここは腹を決めて…」

僕とは対称的に落ち着いた態度で陽太は振り返る。視線の先には少し距離を置いて唸り声をあげる三匹の犬。

「戦うしかないな」

自信に満ちた態度で、陽太は犬たちの前に立つ。
その背中は、いつもの小さな背中より何倍も何十倍も大きなものに見えた。

「もう日は暮れた。そうだろ?」
「…いや、あと一分以内」
「………はあぁっ!!!?」

…さっき大きく見えたのはただの錯覚だったらしい。慌てふためき振り向く陽太は、一瞬でいつもの小市民になり下がるのだった。

「おいどういうことだよっ、もう日の光見えねーじゃんっ!?」
「雲に隠れただけだろうね。まだ"視える"。数秒かかるかな」
「おいおいおいマジかよ…」

僕の昼の能力は動物の心を視る。その能力は日没が近づくと徐々に弱まり、日没と共に消え去る。
それを利用すれば僕は日没のタイミングを完璧に知ることができる。

「数秒、か…わかった、集中する。夜になった瞬間に教えろ」

陽太は犬に向き直り、身体の前に輪を作るように、腕を広げて両手の平を合わせた。
それは、彼と同じように低身長に悩むとある漫画の主人公が、術の発動前に取るポーズと酷似していた。

対峙する陽太と犬。対等に睨み合っているように見えるが、今攻撃されたら対処不可能だ。僕はただひたすら祈る。
じりじりと距離を詰める犬。まだ…頼むからもう少し、もう少し待ってくれ…あと…数秒………



「今っ!!!!」
「出でよっ!!!!」

陽太が手を離す動きと、一匹が地面を蹴るのはほぼ同時だった。



目を開けた僕が見たのは、弾き飛ばされる犬。

見上げる陽太の手には「それ」が握られていた。

腕ほどの太さと長さ。天に向かって真っ直ぐに伸びるそれは、暗闇の中に燦然と、純白に輝く…

「魔剣…レイディッシュ!」

「……………」


「…大根だよね」

「ねえ大根だよね」
「魔剣レイディッシュ」
「大こ」
「レイディッシュ!!」
「………」
「………」

「首領パッチソーd」
「それを言うなあああぁぁぁ!!!!」

すごい剣幕で振り返る陽太。残された二匹の犬はどこか戸惑っているように見える。

「葱じゃねえ!いいか葱じゃねえの!大根!わかったか!!」
「やっぱ大根じゃん」
「ちっげえよ!! 魔剣レイディッシュ!!」
「ああもうわかったから!後ろ後ろ!」

はっと思い出したように、陽太は犬に向き直りレイディッシュを構えた。
弾き飛ばされた最初の犬も体勢を立て直し、再び戦闘体勢をとる。

「それよりお前の能力はどうした!! 夜ならなんとかできるだろ!?」
「とっくにやってるっ! 止まれっ!」

僕の夜の能力は昼とは逆。動物の心が視えなくなるかわりに、こちらの意思を正確に動物に伝える。
僕としてはあまり好きではないけれど、強い意志で命令し従わせることもできる。これは大きい動物や賢い動物ほど難しい。
中型犬数匹程度なら、簡単な命令くらいは従わせられるはずなんだけど…

「止まれって…ああもう! やっぱ駄目だ! こいつらまともじゃないよ…」

さっきから言葉も合わせて強く強く静止を命じているのだが、犬たちは一向に攻撃態勢を緩めない。

「くっそ…! お前の能力もよくよく使えねえ能力だな」
「大根構えてる奴にだけは言われたくない」
「レイディッシュだっての!」

希望はあった。陽太の隠された能力を見るまでは。
いよいよ絶望的な気分になった。低く唸る犬たちを、僕はぼんやりと見つめる。
いつもの日常から、急に現れた非日常、まるで夢のよう。でもこれは紛れもなく現実なわけで。

ああ、お母さん。頼りの綱だった陽太のやばい能力は大根を出す能力でした。
もう無事にあなたの元に帰れないかもしれません。親孝行できなくてごめんなさい。

「ハッ! 何言ってんだか」

突然声がかかる。思っていただけのつもりが、口から漏れていたようだ。

「俺が突破する。お前はそこにいろ。いつでも動けるようにしとけ」

陽太に目を向けてハッとする。なぜだろうか、僕の心に生まれる安心感。
こんな非日常でも、厨二を繰り返す日常とまるで変わらない陽太の自信に満ちた態度。必ず勝つと、その背中は語っていた。

こいつ…こんなに頼りになる奴だったんだ…

「…ふっ、わかりましたよ、っと。よしっ!」

噛まれるでも逃げるでもなく、僕も「勝つ」覚悟を決めて、いつでも動けるように身構えた。

「来いよ、ケルベロス。格の違いを教えてやる」

こんな状況でもなお冴えわたる陽太の厨二発言を合図に、戦闘は始まった。


<続く>

登場キャラクター



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  • 岬陽太
  • 水野晶
最終更新:2010年06月15日 22:07
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