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月下の魔剣 > 4


「しかしこいつら…ほんとに何なんだ?」
「あ、危ないって!」
「問題ねえよ。怖いならそこで見てろ」

沈黙する犬を膝をついて覗き込む陽太を、僕はハラハラしながら見守った。

「し…しんでるの…?」
「いや、息はある。どう見たって生身の犬だよなぁ」
「うん、それは保障する。もしかしたら何かに操られてるのかも…」
「お前と同じ類の能力か」
「ええ!? いや、僕はせいぜいお願いできる程度だよ。こんな強制力ない」
「…絶対か?」

じろり、と陽太の目がこちらを向いて、僕は少したじろいで、答えた。

「う、うん、絶対」
「ふむ…やはり頭のこいつか……」

陽太は犬に向き直ると躊躇なく手を伸ばす。
危ないってば、などと言う間もなく、ヒビの入った額の宝石に手が触れる。

「くっついてる…ってレベルじゃないな。埋め込まれてる…?」
「何それ、気持ちわる…」
「誰かの能力かあるいは…組織の仕業か…」
「いやだからそんな組織なんてないってば」
「同時に三匹だぞ。周到に用意されたものと見るべきだ。組織め…ついに動き出したか…」
「…ふぅ…」

またこいつの厨二が始まった。付き合ってられない。ただ今回は実際に助けられた手前、あまり強くも言えない。
僕は溜息をひとつついて、犬を調べるのに夢中になっている陽太から目線を外した。

そして、目が合った。陽太の向こう、ブロック塀の上。無傷で立つ三匹目の、犬。

「陽太後ろっ!!!!」

反射的に叫んだ。反応して振り向いたときには、走り出した犬は陽太の目前に迫っていた。
瞬時に手を合わせる、が、間に合わない。


「止まれええええぇぇっ!!!!」


瞬間、時が止まった。



犬が、静止していた。今にも陽太に噛みつく体勢で、大口を開けたまま。不自然な体勢の静止。
いや、僅かに動いている。信じられないとでもいうように虚ろだった目が開かれ、ふるふると小刻みに震えている。

「能力が…効いた!?」

これまでになく強く念じたからだろうか。
金縛りにあったように動かない犬。と陽太。

「って陽太ああぁ!! お前は動けえええぇぇ!!」

「…はっ!? つ、貫けブースト・ドリルっ!!」

合わされた両手が離れ、右手に現れたドリル…もとい筍が犬の大口に突っ込まれる。
それと同時に犬も動きだした。最大限開いた口に嵌り込んだ筍が外れないのか、必死で頭を振っている。

「あ、あっぶねー!! こいつどっから来やがった!?」
「最初の奴だよ、塀乗り越えてきた」
「犬がか!? マジで普通じゃねえな…ドリルが一瞬遅れたらヤバかった…」

相変わらず陽太は自信満々だ。なんだか微笑ましい。

「ははは。遅れたどころか止まってたじゃん」
「は? 止まる余裕なんて一瞬もなかっただろ?」
「え? いや僕の能力で犬が止まって…」
「最初に効かないって言ってただろうが。止まってねえじゃん全然」
「え? あれ?」
「んなことより…」

振り向いた先の犬は、口から筍が外れかけている。
宝石にヒビの入った犬は、バタバタと手足を動かし、
壁に叩きつけられた犬は、ゆっくりと立ち上がり始めていた。

「信じらんねえな。どんだけタフなんだこいつら…」
「ど、どうする陽太!?」
「撤退するぞ。いい加減付き合ってられるか」

陽太に手を引かれて、来た道を走り出した。背後からすぐに聞こえ始める爪の音。


「もう来た!?」
「任せろ。足止めする」

陽太は走りながら両手を合わせる。
はああああぁぁ、と気合を込めた後、両手を離して右手を後ろに向けた。

「アクア・ニードル!!」

斜め下に向けた右手から、棘だらけの黒いボールが大量に発生し狭い道路に広がっていく。

「く、栗?」
「ウニだよ馬鹿!」

一通り道路を埋め尽くした後、僕たちは振り向かずに走り出す。
背後で聞こえた、キャン! という悲痛な声は、きっと陽太の足止めが効いたんだろう。


僕たちは家に帰るよりも近かった繁華街まで戻り、人通りに紛れてやっと一息ついた。
あの危険な犬のこと、もう少し歩いた先の交番に報告しておくべきだろう。

「あー怖かったー! 何なんだよもーあの犬はさー!」
「…そうだな」
「交番行くよ、交番。一刻も早くなんとかしてもらわないと!」
「………」
「陽太?」

返事がない。疑問に思って振り向くと、陽太は電灯に手を当て力なく膝をついていた。

「え…陽太!! 大丈夫!? どっか怪我したの!?」
「力を…使いすぎた…反動か…」
「ええっそんなっ!?」

ゼロから一瞬にして何かを生み出す力。普通なら絶対に不可能な、まさに超常的な力。
そういう能力は、使うたびに何かを犠牲にしている場合も多いと聞いたことがある。


「どどどうしよっどうすればいいっ!? 病院…じゃダメかなっ!?」
「医者では無理だ…ぐっ!」
「そんな…陽太ぁ」


そして、その音は陽太の中から聞こえてきた。


ぐぅ~……

「…え?」
「くっ!! バグめっ、俺の身体を食い破るつもりかっ!!」

ぐううぅ~……

「…いやバグて…」
「鎮まれっ!! くそぉぉ…!」

ぐうううぅぅぅ~………

「………」
「………」

「オーケー。把握した」

陽太の能力は食材を生み出す能力。
それをあんなに大量に(主にウニ)生み出せば、それはそれはものすごく…

「お腹が減っちゃうわけね」
「………」

無言の陽太のかわりに、陽太の腹の虫が、ぐぅ、と鳴いた。

「陽太さ、今日は何か持ってきてないの? カロリーメイト食べてたじゃん」
「いつものは…能力で出したもんだ…食っても意味ない」
「はっ!? え、そうだったの!? ハンバーガーもチキンも!? 意味なくない!?」
「意味はある…能力の修行だ」
「修行って…そんな使う場面もないってのに…」
「お前な…俺が一瞬で出せんのは修行の成果なんだぞ…」

ふぅ、と僕は肩を竦める。
あれほど食材を生み出しての空腹。生半可な空腹ではないのだろう。

今日の陽太はすごくすごく頑張った。何もできなかった僕を守って勇敢に戦った。
僕なんかよりずっとずっと立派だった。まあ、能力は変だけど。

でもやっぱり、こいつは手のかかる弟だ。
ふふ、と小さな笑みがこぼれた。


「ほら、おいで」

陽太の足元にしゃがんで背中を叩く。

「姉ちゃんがおんぶしてあげるからさ」

「ばっ、馬鹿っ女になんか!」
「ふらふらで動けないのが何言ってんのさっ、よっ!」
「ちょ、わっ!」

そのまま立ち上がって無理矢理背中に乗せた。小さく軽い陽太は女の僕でも簡単に持ち上がる。
最初はパタパタと抵抗したが、やがて背中の陽太はおとなしくなった。

「昔はよくこうしてたよねー」
「………」

歩く僕と背中の陽太。道行く人には、きっと仲の良い姉弟のように見えているんだろう。
もしかしたら兄弟に見えてるのかもしれないけれど。

「なんか食べて帰ろうか。何でも奢るよ」
「…カロリーメイトがいい」
「…陽太さ、奢るって聞いてそれはないよね普通」
「じゃあファミチキ…」
「…おーけー。ファミマは…あっちか」
「あっ!? やっぱやめ」
「遠回りだけどいいや行け行けー」
「やーめー……」

人々の微笑ましい視線を受けながら少し遠いコンビニまで、陽太を背中に僕は歩いていくのだった。


それは、日常の中に不意に現れた非日常。
僕が陽太のおかしな能力を知って、ちょっぴり陽太を見直した、小さな事件。
これが終われば、いつもの日常が帰ってくるはずだった。そのはずだったのに。
この日を境に、僕たちは数奇な運命に巻き込まれていくことになるんだ。

そうだね。それはまた、別の機会に話そう。


モニターの明かりだけがぼんやりと形を伝える、薄暗い部屋。
白衣の男がひとり、大きなモニターに向かっている。男は口元のマイクに呟く。

「報告を」
「報告を開始します」

スピーカーから流れる女性の声。画面に小さなウインドウが現れ、少年の顔写真とデータが表示される。

「調査ナンバー51。岬陽太。14歳男性」

続いて新たなウインドウが現れ、不鮮明な動画が流れる。
二人の子供。前に立つ少年と、背の高いほうは少女だろうか。

「映像が不鮮明だが」
「申し訳ございません。調査対象に攻撃を受けカメラを破損しました」
「攻撃を受けるのは常、か。仕方ないな。キメラが破壊されなかっただけよしとする」
「はい。では報告を続けます」

映像は少年の手元にズームされる。

「岬陽太。昼。右手より携行栄養食、ハンバーガー、唐揚げ、チキンの発生を確認」
「ふむ」

映像が夜のものへと切り替わる。

「夜。右手より大根、クルミ、筍、栗の発生を確認」
「昼は料理、夜は食材の具現化能力…か」
「そのように推測されます」

男はマイクから顔をそむけ、クス、と小さく笑った。

「奇妙な能力もあるものだな」
「なお、カメラの破損は大根の打撃によるものです」

男の眉がピクリと動く。

「その能力でキメラを破損させたと?」
「はい。大型の大根によるものです。ですが、それに関しては同行者の能力も関わりがあります」
「ふむ。ではそちらの報告を」
「はい。報告を続けます」


新たなウインドウに、少女の顔写真とデータが表示される。

「調査ナンバー52。水野晶。15歳女性。昼。能力の確認無し。
 夜。未確認の能力波を発生。ゆらぎはありますが、キメラ3体の運動能力約30%の低下を確認」
「30%も? 恒常的に?」
「はい。夜に変わった瞬間より確認しています。最大時は52%の能力低下が確認されました」
「なるほど。面白い」
「さらに。キメラ1体の起動、同時に同行者の動きを約5秒間停止させました」
「キメラの起動を停止させたか…しかし同行者については確認できないだろう?」
「それについては映像をご覧ください」

不鮮明な映像に、キメラと少年が映る。小刻みに揺れる映像が停止画ではないことを証明している。
牙をむき不自然な体勢で停止するキメラの目前にして、少年もまたピタリと停止していた。

「…なるほど」
「緊急時の不自然な停止です。直前に少女も、止まれ、と発声しており、能力によるものと推測されます」
「そうだな。能力波の発生能力。昼も含め未確認の部分が多いな」
「はい。少女については以上です」
「では次の報告を」
「はい。調査ナンバー53。~~~」


一通りの報告が終わり、男は一度身体を伸ばして部屋の外へと出ていった。

モニターに残された数十人のリスト。それぞれ名前の横には大文字のアルファベットによる評価がついている。
大多数を占める「C」、ぽつぽつと見かける「B」、片手で数えるほどの「A」。

岬陽太の名前の横には「C」評価がついていた。

水野晶の名前の横には「A」。そして、他にはない「重要調査対象」の一文が添えられていた。


<おわり>

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最終更新:2010年06月18日 20:25
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