翠微宮

翠微宮

長安郊外の終南山に位置した夏の離宮。もとは太和宮といい、武徳八年(625)四月、高祖によって造営された。貞観十年(636)廃止された。貞観二十一年(647)太宗の病状が悪化すると、復活を建言され、閻立徳の監督化に再建され、翠微宮と改称された。太宗はこの翠微宮の含風殿で崩じた。正門は北向きで、雲霞門といった。視朝殿を翠微殿といい、寝殿を含風殿とした。皇太子の別宮を併設し、殿名を喜安殿といい、正門は西向きで、金華門といった。

史料

『唐会要』巻三十 太和宮

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最終更新:2024年10月23日 14:04
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