楊侗
604-619
隋第4代の皇帝(在位618-619)とされているが、正統の皇帝とはされていない。姓名は楊侗。諡は恭帝。
煬帝の子元徳太子昭の子、母は劉良娣。
恭帝侑の兄と考えられる。618(大業14、唐武徳元)年3月煬帝が江都(江蘇省揚州市)で殺されると、東都(洛陽)において、留守の諸官にたてられて即位し、翌年4月
王世充に迫られて位を譲り、翌月王世充のために殺された。帝が殺されるとき、香をたき仏に礼して「いまより以去、願わくば帝王尊貴の家に生まれざらんことを」といったことは史上に名高い。『隋書』『北史』に伝がある。
年号
皇泰 618-619
后妃
(存否不明)
子女
(存否不明)
宰相
列伝
『隋書』巻五十九 列伝第二十四 煬帝三男伝 子越王侗
『北史』巻七十一 列伝第五十九 隋宗室諸王 元徳太子昭 越王侗
参考文献
『アジア歴史事典』3(平凡社,1960)
外部リンク
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恭帝侗 |
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最終更新:2026年02月26日 01:59